60.光
合同訓練が終わり食堂は騎士たちでごった返している。
「ここいい?」
「ああ」
ロジャーは食事のトレーをテーブルに置く。前屈みになると三つ編みが垂れた。
横に座るラースはすでに食べ始めている。野菜スープをスプーンですくい、口に入れた。塩気の強いスープだが、今はちょうど良い。
「他の隊に誘われているそうじゃないか」
「ああ、ユーゴね。一緒のチームになった時はストレスでどうにかなりそうだった」
パンを千切りながら、ロジャーが心底嫌そうな顔をする。あの男のしつこいこと。
「他の隊に入るのも勉強になる」
「嫌だよ」
バターをつけたパンを口に放り込んで、ラースを睨む。相変わらずラースの短髪は綺麗に切りそろえられている。自分には真似できないマメさだ。
二つ前のテーブルではエイジたちが和気あいあいと話し合っている。赤毛はやっぱり目立つ。
エイジの周りはいつもそうだ。兄貴肌と子分肌の男たちが集まり、輪を作る。
どうもロジャーには肌に合わない。
ステンも駄目だ。彼は突進タイプで、敵将を自ら討ちに行ってしまう。
マットみたいに情報部隊は絶対に嫌。かといって指揮を執るのも向いていない。
「ラースの下じゃないなら抜けるから」
ロジャーの肉の切り方が荒々しい。どうやら機嫌を損ねたらしい。
「俺としても、お前がいないと困る」
ラースが横を向くと、ロジャーはご満悦で、マスタードをたっぷり付けた肉を口に入れた。
遠くでマットが盛大にくしゃみをした。
ぶうぇっくし!
「きったねえな!」
たまたま向かいに座っていたサスランがキレる。オレンジの髪を括ったことで、首にある蛇のタトゥーが露わになっている。サスランの隣にいたガルゴが手を叩いて爆笑した。
「悪い、悪い」
全く思ってなさそうなマットが、固いパンをそのまま齧る。
何か悪口を言われた気がする。気のせいか。
☆
「オーウェン様。良かったのですか?ガルゴたち山賊をそのまま王立騎士団に引き入れて」
窓の外で剣術に励むガルゴたちを、部屋から見下ろす。鶸色の髪が陽の光で透けている。ガルゴの剣を受け止めたサスランも動きが良い。オレンジの髪色は集団の中でもひときわ目立っている。
「ああ。戦力としては頼もしい限りだろう?」
「確かに。戦場でも大活躍だったとか。事前に牢に入れておいた甲斐がありましたね」
ガタイの良いステンが机の前に立ったせいで、オーウェンの顔に影ができる。
長い睫毛で瞳がゆっくりと隠れた。
「期待以上の働きだった。やはり戦場では統率された兵が物をいう。傭兵ではこうはいかなかった」
処刑を取りやめる代わりに国の役に立つこと。その条件を、彼らは予想通りのんだ。
国中で盗みを繰り返していた山賊組織の人数はなんと三千名。それを百名ずつ三十の組織に割り振り、統括していたのがガルゴとサスランである。
ならず者たちをまとめ上げる手腕は見事としか言いようがなく、使わない手はなかった。
それもこれも戦争を終わらせる為。
「ステン。俺はこの国を平和にする。戦争はこれで終わりだ。ベアトリスを二度と危険な目に合わせたりしない。その為には国力と外交の強化がいる」
オーウェンの瞳は先を見据えている。その視線の先にはいつもベアトリスがいる。
もし彼女がいなければ、違う決断を下していたかもしれないな。
ふとそんなことをステンは考えた。
「微力ながら隣で協力させてください」
「期待している」
満足気なオーウェンに、ステンが白い封筒を差し出した。
「これは?」
差出人の名がない。ナイフで封を開けると、入っていたのはプラチナの指輪だ。
取り出して、天井に向け、かざす。
プラチナが鈍く光っている。
オーウェンが口の端を上げた。
「ご苦労」
イザベラが男児を出産し、ステンが暫く休暇を取った。
久しぶりに一人になったオーウェンは北棟へと続く回廊を歩く。向かった先は、もう何年も寄りついていなかった、かつての自室。
陽の光は届いているのに、室内はなぜだが陰鬱に感じた。まるで幼少期の自分がそのまま閉じ込められているようだ。
そのままソファに座る。
なぜここに来ようと思い立ったのかは分からない。自然と足が向いた。
こんなに狭かったか?
あの頃は、トロイがいて、兄がいて、父がいて。時折、ロベールがいた。
それが世界の全てだった。
ベアトリスが現れるまでは。
オーウェンは感触を確かめるように、自身の右手を握りしめた。彼女が差し出した掌の温もりを、未だに覚えている。
何もなくなった俺に、彼女の光だけがただ眩しくて泣きたくなった。
今となっては遠い昔のことのようだ。
「幸せになったよ」
オーウェンはかつての自分に呟いて、部屋を出た。
「オーウェン!どこへ行っていたの。探したのよ」
「ベアトリス。どうしたの?」
書斎に向かおうと南棟の廊下を歩いていると、後ろから興奮したベアトリスに腕を掴まれた。
ピンクの薔薇のようなドレスを着た彼女は、愛らしくて抱きしめたくなる。
「できたのよ!」
「できた?何が?」
「赤ちゃんが!」
「え」
オーウェンは口元を押さえて、黙り込んだ。ベアトリスがオーウェンに抱きつく。
「あなたと私の子どもができたの!信じられない。お腹にいるんですって」
弾んだ声が脳の奥で響いた。
子ども…?
「オーウェン?嬉しくない?」
目が熱くなったことに気づかれたくなくて、ベアトリスを抱きしめた。
「嬉しくない訳、ないよ」
指で目頭を押さえる。
ベアトリスがいて、彼女の家族がいて、騎士団のメンバーがいて、国民がいて。ベアトリスと一緒になってから、どんどん家族が増えていった。
十分、幸せだったのに。
また一人。
「…ありがとう」
声が掠れた。
「男の子ですって」
誕生したばかりの赤ん坊を見て、オーウェンが泣き崩れた。ベッドに寝るベアトリスが、その背を撫でる。
「しっかりしなさいよ。あなた父親になるんだから」
「うん。うん」
涙を拭うも、溢れてくる。ベアトリスは苦笑しながら、指先で涙をすくう。
「血が繋がった、あなたと私の家族よ。オーウェン」
オーウェンは何度も頷いて、ベアトリスを抱きしめた。
子どもは「ルカ」と名付けられた。
王太子誕生のビッグニュースに国中が沸き立ち、お祭り騒ぎとなっている。街中の至る所に国旗が飾られ、祝福の意を示している。
「こんなお目出たいことはないよ!」
「オーウェン陛下に似て、立派な王になってくれるだろう」
街では王太子に乗っかった商品が次々と売り出され、どれも飛ぶように売れたという。
「わぁ!」
玄関に新たに飾られた家族の肖像画に、ベアトリスが感嘆の声を漏らした。三メートルを超す大作だ。
「すごいね」
「とても気に入ったわ!」
家族の肖像画には、ソファに腰かけるオーウェンとベアトリス。そしてベアトリスに抱かれ、あらぬ方向に顔を向けるルカが描かれていた。
「何を見ているのかしら?」
「さあ」
オーウェンがベアトリスの腕の中でぐっすりと眠るルカを眺める。
見当もつかないけど、光だといいな。
ルカの頬にそっと触れた。
この子が希望を見られるように、そんな国を作る。その自信がある。
オーウェンが目を向けると、ベアトリスが輝くばかりの笑顔を見せてくれた。
さあ、ここからが始まりだ。
ちなみに…。
カミラはダイス国の王太子と結婚し、式では十メートルのウエディングドレスの裾を見せつけ、ベアトリスを悔しがらせた。
完結しました。ありがとうございました!




