59.晩餐会
勝利から二週間後。
王城ではオーウェンの戴冠式と勝利のパレードが行われた。
城内の広場に集まった人々が、今か今かとオーウェンの登場を待ちわびている。熱気がすごい。
オーウェンが王城のバルコニーに顔を出すと、会場中が沸いた。
「オーウェン陛下!」
空まで届きそうなほどの拍手と歓声が巻き起こった。真っ赤なマントに身を包み、王冠を被ったオーウェンの神々しさに、皆が見惚れため息を吐く。
「何て尊いのかしら」
オーウェンとベアトリスが一歩前に進み出て、手を振った。皆の顔が輝いて見えるのは気のせいではないだろう。
「諸君!よく集まってくれた!」
横に並ぶベアトリスが、挨拶をするオーウェンを見つめる。隠し部屋で見た絵画の王と重なった。
最初はあんなに頼りなかったのにね。こんなに威風堂々とした姿、想像もつかなかった。今では国民の前で立派に演説するまでになって。
胸がいっぱいになって、思わず手で押さえる。
万雷の拍手を浴びながら、オーウェンが国民の前で勝利宣言を行った。
「諸君!よく厳しい時を耐え抜いてくれた。勝利することができたのも諸君らのおかげである!この国をより良い国にしていくことを、ここに約束しよう!」
オーウェンは一人一人を記憶するように、広場を見渡す。
集まった人々が手に持った黒い国旗を高々と振っている。圧巻の景色だ。
ベアトリスがオーウェンを見上げる。王となったオーウェンは威厳すら感じさせた。
「とても素敵よ、オーウェン」
「ありがとう、ベアトリス。君のおかげだ」
オーウェンがベアトリスの頬にキスをすると、今日一番の拍手喝采が起こった。
「無事に終わったわね」
部屋へと引き返しても、まだ外からは拍手が聞こえてくる。ソファに座り、一息ついた。
「君が隣にいてくれて心強かったよ」
「私がいなくても、今のあなたなら平気よ」
「分かっていないね」
オーウェンがおでこを合わせて、ベアトリスを見る。そのままキスをしようとしたところ、咳払いに邪魔された。
オーウェンがステンを睨む。
「陛下。そろそろ会議のお時間です。ベアトリス王妃殿下も」
「あなたにそう呼ばれるのは変な感じね。ステン」
「任務中ですので」
すっかり傷の塞がったステンが、恭しく敬礼してみせた。
夜には晩餐会がある。今日のスケジュールは分刻みだ。
オーウェンとベアトリスが会議室に着くと、既に全員が着席していた。視線が二人に集中する。勝利したというのにどこかピリついた雰囲気だ。
出席者は右から時計回りにジャック、キャンベル伯爵、ミリア、ジョゼ、ポール公爵、ユーゴである。
二人はジャックとユーゴの間に座った。
見たことない方々がいるわ。あれがカミラの姉ミリア様とその夫ジョゼ様ね。
ベアトリスが向かいに座る男装姿のミリアと、ジョゼを目に入れた。背が高い迫力の美男美女だ。
「お集まりご苦労。本日の会議は、先の戦後処理についてだ。建物の被害状況、死傷者数等は資料の通りだが、その前に…。先の戦争での反省点を各自述べよ!」
オーウェンが唸るような声を発しながら、全員に刺すような視線を送る。ベアトリス以外全員、シラッと目を背けた。
「特にキャンベル伯爵家の諸君、一体どういうつもりだ?」
笑顔で青筋を作るオーウェンに、ミリアが頬杖をついて流し目で答えた。
「どういうとは?」
「お前たちのふざけた作戦についてだ!」
「ふざけたとは失礼な。一番確実な方法だ」
「お前たちが余計なことをしなければ、応援を待って挟み撃ちできたんだ!」
「だから何だ?それで絶対に勝てたと断言できるのか?机上の空論に付き合っていられるか」
「なんだとっ!」
「まあまあ。二人とも落ち着いて」
ジョゼが笑いながら割って入ると、ミリアがフンとそっぽを向いた。
この女…!
反省の色の見えないミリアにオーウェンの苛つきが増す。
「でも僕たちの存在を無視して川を氾濫させるっていうのは、あんまりじゃないの?折角助けに行ったのに」
ユーゴが珍しくオーウェンに加勢した。
「助けに来ても勝てなければ意味がないだろう」
馬鹿か、と言わんばかりのミリアに、ユーゴも密かに青筋を立てた。
「お前もお前だ!ダリア国に応援要請しているのなら、そう言っておけ!」
オーウェンがユーゴに噛みつく。
「次の矛先、僕にくる感じ?しょうがないでしょ。実際にダリア国がどう出るかは賭けだったんだから。そっちこそ傭兵軍を用意しているなら先に言っておいて欲しかったね」
「誰がお前などに」
「は?」
……よく勝てたわね。
ベアトリスが呆れる。
トントン、と小さく机を叩く音がした。ジャックだ。
全員身を正し、ジャックに向き直る。黒いジャケット姿のジャックはいつにも増して存在感がある。
「聞くに堪えん」
全員が視線を逸らした。
「今回は運よく勝てたが次回はそうはいかない。責任の所在をはっきりとさせ、違反者には処罰をする制度を新たに作る必要がある。またサイファ国、エラルド国への賠償金請求、復興支援等、やるべきことは山ほどあるのだ」
「賠償金請求は私が担当しよう」
手を挙げたのはポール公爵だ。適任だろう。
「それでは復興担当は私が」
こちらはキャンベル伯爵が担当となった。両者、まだまだ若造に全てを譲る気はないようだ。
ジャックの一喝が効いたのか、存外、さくさくと担当が割り振られていく。
「前王の葬儀はどうします?国葬にしますか?」
キャンベル伯爵がオーウェンに尋ねた。オーウェンが首を振る。
「いや、復興を優先する。葬儀の予算は削ってくれて構わない。国の為に死んだ立派な父なら、きっとそう言うだろう」
フッ、とオーウェンが口元だけで笑った。
予算や人員の割り振り、騎士団の再編成、税額の変更などが決まったところで休憩となった。
ベアトリスは全員を目に入れ、微笑む。
皆、自分の意見をはっきり言うタイプなので衝突はあるが、多様な視点が得られる。何より、頭の回転が速く無駄がない。
頼もしいわ。この四家が揃えば、きっと素晴らしい国になる。今日の会議を見る限り、一つにまとまる日もそう遠くない
「お飲み物は何になさいますか?」
「ワインを」「リキュールをくれ」「ウイスキー」「俺はビール」「紅茶を頼む」「俺はコーヒーね」
…………わよね?
晩餐会なんて久々で胸が躍る。籠城していた時は目に入らなかった一流の調度品たちが、ここぞとばかりに輝きを増している。
吹き抜けの天井についたシャンデリアの灯りが眩しい。三メートルを超すガラス窓には月が浮かんでいた。
堅苦しい挨拶も、乾杯の合図も終わり、自由に楽しむ時間だ。
「皆、嬉しそうね」
「ああ。この日を待ちわびていたんだろう」
表情が物語っている。暫く出番のなかったドレスたち。お化粧にも気合が入る。色鮮やかな女性陣を、男性陣が完璧にエスコートし、弦楽器の演奏がそれを盛り立てる。
曲が切り替わると同時に、人々が入れ替わっていく。
「踊ろうか」
「ええ」
オーウェンが差し出した手を取った。体を密着させ、左周りにステップを踏んでいく。
目の前にいる正装姿のオーウェンがいつにも増してカッコよく見えて、なぜか照れてしまった。
「どうして目を逸らすの?」
「別に逸らしていないわ」
「じゃあ俺を見て」
見上げたオーウェンの瞳の美しさに呑み込まれそうだ。
「綺麗だ、ベアトリス」
「ありがとう。あなたもとっても素敵よ」
三分半のワルツは夢のように甘く流れ、あっという間に終わってしまった。
オーウェンとシャンパンを飲んでいると、チェロのような低音の美しい声がした。
「オーウェン陛下。ベアトリス妃殿下」
振り返るとフューイが女性連れで立っている。鬱陶しかった前髪を耳にかけ、形の良い目が露わになっている。
「フューイ様」
「お招きありがとうございます。とても素敵な会ですね」
「ありがとう」
フューイは隣に立つ女性を引き寄せ、愛おし気に彼女を見た。
「紹介させてください。こちらはフリッツ伯爵令嬢、ミアです」
銀糸の髪を横に纏め金の髪飾りで留めた彼女は、物静かだが聡明そうで、フューイととてもお似合いに見えた。
互いに挨拶をして、軽い会話をする。
ベアトリスの懸念を他所に、フューイは王の死の不審さについて進言しなかった。その理由はまさに彼女にある。
万が一ベアトリスの罪を暴いた場合、ポール公爵が王に名乗り出るだろう。王族になれば自国の伯爵令嬢との結婚など認められなくなる。だから明らかに怪しいはずのベアトリスを糾弾しなかったのだ。
自分の欲望に忠実なところに血筋を感じるわ。
「ミア様、是非お茶会にもいらしてね」
「まあ宜しいのですか?」
「勿論よ!」
何と言ってもあなたは私の命の恩人なのだから。
「実は彼女と結婚することになりまして」
「あら、そうなの!おめでとう!」
「やっと父の許可がおりたのです。兄に女性の影が見えないので、せめて私だけでもと焦り始めたのですかね」
フューイが意味ありげにベアトリスに視線を送り、「では」と去って行った。オーウェンが片眉を上げてその背を追う。
ベアトリスはフューイの兄であるユーゴに視線を送った。女性に囲まれていたのに、バチッと目が合って驚く。
ユーゴはベアトリスだけに分かるように、軽くウインクをした。慌てて目を逸らせたベアトリスに、ユーゴが顔を隠して苦笑する。
相変わらず可愛いな。
僕が初恋をこじらせているなんて、思いもしないんだろうな。
懐かしいベアトリスの泣き顔が浮かんでくる。
貴族は感情を隠すもの。今だってこんなに大勢いるのに本音で話している人間なんて殆どいない。
だけど君はあの日、僕の目の前で大泣きした。あんなインパクトは他にない。
長子同士だからって色々手を打っている間に、横から掻っ攫われたけど。
オーウェンと好戦的な視線が絡んだ。
女性たちに断りを入れ、優雅に二人に近づく。
ベアトリスは金色の絹のドレスに、金のネックレスとイヤリングをつけて煌めいている。そこだけ光が降り注いでいるようだ。
「良い月夜ですね。まるで月の精のようなあなたと一曲踊れる栄誉を私にも」
ベアトリスの手を取り、手の甲にキスをする。
「おい!」
オーウェンがベアトリスを背に隠した。
「おおっと」
わざとらしくユーゴが上半身を仰け反らせる。
「王妃殿下が社交で貴族と踊るのはおかしなことでも何でもないですよ。美しい妃を籠に閉じ込めたい気持ちはわからなくもないですが」
言外に「小さい」と伝えてくるユーゴに、殴りたい気持ちを抑え笑顔を作る。
「ポール公爵令息が踊りたいそうだ!どなたか是非、彼のお相手を!」
オーウェンが声を張り上げると、何十人もの女性がなだれ込んできた。
「私が!」「私こそ!」「私に!」「私を!」
「ちょっと…!」
ユーゴが囲まれている間に、ベアトリスを連れ出す。
「さあ、行こうか」
ベアトリスは気の毒なユーゴに苦笑いしつつ、オーウェンに腰を抱かれその場を後にした。
ユーゴはその後、会が終わるまで踊り続けたという。




