表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/60

58.告白

医療所として使っている教会にはベッドが二十床ほど。どれも埋まってしまっている。

その窓際のベッドで、ステンが静かに目を開けた。


「起きたか?」


 オーウェンがステンのベッドの脇に腰かけて、足を組んだ。


「オーウェン様…?」


 え?


 ステンが飛び起きた。途端に痛みに襲われ、わき腹を押さえる。


「いてて」

「まだ起き上がるな」


オーウェンがステンの肩を押し、寝るように促す。

ステンが首だけをオーウェンに向けた。端正な顔がこちらを見下ろしている。


「戦況は?」

「安心しろ。勝利した」


 勝利…。


 ステンが噛み締めるように目を閉じて、手で隠した。何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

 まさか怪我で離脱する羽目になるとは。待っているだけの戦争がこんなに堪えるとは知らなかった。


 窓の外では静かに雨が降っている。


「オーウェン様。よくご無事で」

「ああ。お前こそ、よく生き延びてくれた。ステンが死んでいたらイザベラに合わす顔がない」


 苦笑したオーウェンは、心底ホッとして見えた。


「血の気が多いもので」


 ステンがジョークを飛ばすと、オーウェンも笑った。




 戦いを終え王城へと戻る騎士たちに、両脇を彩るように人々が詰めかけ、花の雨を降らす。鳴りやまない歓声に包まれ、騎士たちが応じるように手を振った。その長い行列に、人々が押し合いながら手を振り返す。


「カッコいい…」


 目を輝かせる少年に、泣き出す老婆、踊り出す若者たち。降り出した雨などお構いなしに勝利を満喫している。

 一部崩壊した街並みに出店が溢れ、商魂の逞しさに笑ってしまう。人々の歓迎は王城の門まで続いた。


 王城に着くと突然、ラッパの音が響く。こんなに明るいラッパの音を聞くのは、どれくらいぶりだろう。灰色の雨を吹き飛ばすような音色だ。

城門が前に開くと、一気に実感が沸いた。


 生きて戻って来られた。

 門をくぐる騎士たちの胸が熱くなる。



「オーウェン」


 城の玄関前で待っていたベアトリスが、ドレスをたくしあげてオーウェンの元まで駆け寄る。すぐさまオーウェンが馬から降りて彼女を抱き止めた。


「ベアトリスっ!」


 ギュッと目を瞑り、腕に力を込める。


「オーウェン、無事で良かった」


 ベアトリスの手が震えている。

 愛おしさがこみ上げた。

オーウェンがベアトリスの頬に手を当てる。


「ベアトリス、顔を見せて」


 ヘーゼルの瞳がオーウェンを映した。彼女の目に滲んだ涙を、指で拭う。そのまま口づけた。ずっと夢見ていた瞬間だった。

名残惜しそうに唇を離す。


「ああ、ベアトリスだ。会いたかった」


 美しい金の髪も、凛とした横顔も、細い指も、すらっとした肢体も全てが手の中にある。


「オーウェン、ちょっと苦しいわ」


 無意識に締め付けていたらしい。慌てて手を緩める。


「あ、ごめんね」

「ふふ。いいわ。お帰りなさい、オーウェン」

「ただいま、ベアトリス」


 今度は優しく抱きしめた。しばらく抱き合っていると、前から焦燥感を含んだ声が耳に届く。


「オーウェン!ステンがいないの!ステンはどこ?」


 大きくなったお腹を抱えるように、イザベラがこちらにやってくる。


「イザベラ、無理をしないで」


 ベアトリスがオーウェンから離れ、イザベラの背に手を当てた。


「ステンは?ステンはどこっ!」


 今にも泣き出しそうなイザベラにオーウェンが身を屈める。


「大丈夫。怪我をしたから馬車で王城に向かっているんだ」

「生きているのねっ!」


 イザベラがオーウェンの両肩を掴んだ。


「ああ。生きているよ。イザベラに会いたがっていた」

「…ああ、良かった。良かったぁ!」


 体の力が抜けるイザベラを二人で両脇から抱える。頬が涙で濡れている。


「俺を庇って怪我をしたんだ。すまない」


 イザベラが大きく首を振る。


「良いの!それが騎士の仕事だもの。生きているのなら良いの」

「傷も塞がってきているし、あと二日ぐらいあれば着くよ」

「二日。分かったわ。取り乱してごめんなさい。邪魔をしたわね」

「何を言うの!ほら一緒に城に入りましょう。雨に濡れて風邪を引いたら大変」

「そうだよ。馬車の情報が入ったらすぐに教えるよ」

「ありがとう、二人とも」


イザベラを侍女に預けドレスの替えを命じる。


そこへ城の外から一際、大きな声が飛んできた。玄関の中にいたベアトリスとオーウェンが振り返る。

「陛下が崩御されたって?」その一言で騎士たちがざわつき始める。


 ベアトリスは伏し目がちにオーウェンの方を向いた。


「オーウェン、その」

「聞いたよ。側近の一人に殺されたって」

「ええ。もう一足早く気づいていれば…」

「ベアトリスが気にすることじゃないよ。国の為に死んだのだから本望だろう」


 オーウェンの目は優しい。


「それより、着替えて温かいお茶でも飲もう」

「ええ。そうね。そうしましょう」


 オーウェンの気遣いに甘えるように、ベアトリスは微笑んだ。





 その夜、大地に流れた血を洗い流すような、土砂降りの雨となった。

 ベアトリスは窓越しにそれを眺める。昼間の熱狂が嘘のように、城の外は叩きつける雨の音しか聞こえない。ぼんやりとした灯りも雨にかき消されそうだ。


「ベアトリス」


 オーウェンが後ろから彼女を抱きしめる。ベアトリスはカーテンを閉め切り、オーウェンと抱き合った。

 懐かしい感覚だ。この甘さにずっと浸っていたい。

 だけど。


「オーウェン。あなたに話さなければならないことがあるわ」

「どうしたの。そんな真剣な顔をして」


 ベアトリスがオーウェンから半歩距離を取った。オーウェンがその手をすぐに掴む。


「ベアトリス?今日は君から離れたくない。逃げないで」


 もう一度、ベアトリスを抱きしめる。

 ベアトリスは目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。


「オーウェン、私ね、あなたの父親を殺したの」


 オーウェンはベアトリスを抱きしめたまま、目を見開いた。


ベアトリスからはその表情は見えない。ただ、ぴくっと一瞬、手が震えるのを、背に感じた。


「国を裏切っていたのは、あなたの父親だった。だから私が殺したの。本当は言わないでおこうと思っていたんだけど、やっぱり伝えておくわ」


 ああ、ベアトリス。


 オーウェンがギュッと瞼を閉じた。


 俺は頭がおかしい。

普通の男なら、愛する女性にそんなことをさせるなんて、後悔で圧し潰されてもおかしくない場面なのに。


 嬉しくて仕方がない。


 ベアトリスの髪に、自分の頬を擦り合わせる。彼女の香りがした。


「知っていたよ」

「え?」


 驚いてベアトリスが身を引くのを、オーウェンが許さなかった。彼は相変わらず髪に顔を埋めている。今、オーウェンがどんな顔をしているのか全く想像がつかない。


「知っていたって?」

「安置所で遺体の状態を確認したし、もう一人の側近からも話を聞いたから」


 ディードが喋った?ベアトリスの眉が寄る。


オーウェンがベアトリスの髪を撫でた。


「彼は、『ワヒドという側近が裏切り、それに気づいた王が止めようとして殺された。立派な最期だった』と証言していたけれど、それはおかしい。王の腹には正面から刺された傷があった。息子の俺が言うのも何だけど、剣を見た時点であいつならすぐに逃げ出したはずだ。刺し傷は背中側にないと辻褄が合わない。揉み合いの傷もなかったしね。側近の証言は偽証だ」


外では雷の唸るような音が轟いている。窓がガタッと音を立てて振動した。

オーウェンの拘束は弱まる気配がない。


「証言した彼が殺した可能性もあるけれど、そこまで大それたことが出来るタイプではない。それに君たちが彼を疑っていないのも不自然だ。それなら答えは一つ。その場にいたのは、残るは君とラースだけだから」


 オーウェンはやっと力を緩め、ベアトリスと目を合わせた。彼女は真意を測りかねたような顔をしている。

 その瞳に小さくキスを落とした。


「俺はね、ベアトリス。君がそれを話してくれたことが嬉しいんだよ。黙っていることもできたのに」


 オーウェンの頬は緩んでいる。


 確かにそうだ。伝えれば、今後の処刑理由にされる可能性だってあるのに。それでも、言わずにはいられなかった。


「信頼してくれたんだね。それに、殺してくれたのも俺の為じゃないかな?父親が裏切り者なら、俺も処刑対象だから。それともこれは自惚れかな?」


 オーウェンの瞳は熱を帯びている。ベアトリスが首を振った。


「自惚れなんかじゃないわ。でもあなたの為だけでもない。私にもリスクのあることだったからよ」

「ふふ。君は優しいね。わざわざ向こう傷にしてくれたのも、俺の父親の名誉を守る為でしょう。立派な最期だったなんて、笑いそうになったよ」

「お腹の方が刺しやすかっただけ。たまたまよ」


 そっぽを向いたベアトリスの頬に手を当て、こちらを向かせた。おでこをくっつける。


「俺以外を見ないで。ごめんね。君にそんなことをさせて嬉しいだなんて。頭おかしいよね。もう二度とそんなことさせないから」


 頬にキスをした。


 嬉しい。

 俺の為に手を汚してくれたことも、打ち明けてくれたことも。それは俺から離れる意思がないということ。秘密で繋がれる関係は絆を深めてくれる。


「一生、大切にする。ベアトリス、愛している」

「私もよ。私も愛している。私があなたを支えるわ。だってあなたは私の家族だもの」


 オーウェンが泣きそうな顔をした。


『あんな奴は息子でも何でもない!』

 王の言葉が脳で喚く。


 そうね。あんたなんて最初からオーウェンの家族でも何でもなかったのよ。私が彼の家族になるわ。私だけじゃない。オーウェンには今、沢山の家族がいる。彼らに支えられて彼はこの国を統べる王になるの。


「幸せ過ぎて泣きそうだ」

「良いことね」


 ベアトリスが肩口に顔を埋めたオーウェンの頭を撫でた。


「キスしてもいい?」


 そう尋ねるオーウェンの瞳が少し潤んでいる。ベアトリスはゆっくりと目を閉じた。

 唇が触れあう。何度もキスを交わすうちに、徐々に深くなっていく。オーウェンの首に両手を回した。どちらからともなく絡み合う舌が熱い。


「行こうか」


 オーウェンがベアトリスを抱き上げた。そのままベッドへと向かう。ゆっくりと寝かされた。


「オーウェン。キスして」


 ベアトリスが右手をオーウェンの頬に当てる。オーウェンが両手をベアトリスの顔の横についた。そのまま唇にキスをする。


「ベアトリス。ずっとこうしたかった」



 雨の音など、とうに聞こえなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ