56.反撃の狼煙
軍事会議室のドアを開けると、マットが足を組んで座っていた。ベアトリスに気づくなり、待ちくたびれたように首を回しながら立ち上がる。
「やーっと来た。どこで何をしていたんです?」
マットの視線はベアトリスについた血へと注がれている。
「ちょっとね。それより、状況は?」
「城内から門を開けようとしていた奴らを捕まえました。今は牢で尋問中です」
「よくやったわ」
マットは椅子に腰かけるイザベラに視線を移した。隠し部屋に避難していたはずだが。
「どうしてイザベラ様まで?」
「襲われたのよ」
「え!」
「でもフューイ様が助けてくださったの」
イザベラが上げた意外な人物の名に、マットが目を丸くした。
ラースがマットに近寄り耳打ちする。王の裏切りを知っても顔に出さないのは、さすがというべきか。
そこへ、ノックの音とともにカミラが顔を出した。
「あら、あなたたち」
ぎゅうぎゅうの室内を見て、カミラの言葉が止まる。しかもよく見ると一部は血塗れだ。
「何があったの?」
フューイが掻い摘んで事情を話した。王の死と遺体の安置場所を伝える。
「そんなことが…」
「陛下の死は痛ましいけれど、今は勝つことだけを考えましょう!大丈夫、勝てるわ!」
ベアトリスが全員を見まわした。ラース、マット、イザベラ、フューイ、カミラと頼もしい顔が揃っている。
「行きましょう!」
☆
オーウェンたちの乱闘は激しさを増していた。怒号と悲鳴と蹄の音が反響し、砂塵で二メートル先も見えない。
両軍ともに陣形が崩れ、敵味方が入り乱れている。もう何時間、こうしているのか。
「殿下。味方の数が足りません。このままでは」
「ああ、分かっている!」
入り乱れすぎて、キャンベル軍が応戦できないでいる。五千人程、相手の数が多い。
味方の騎士たちにも疲労と危機感が滲んでいる。
本当に勝てるのか?
もし負けたら…。
いつまで戦えば終わるんだ?
声にならない感情が顔から溢れ、聞こえてくるようだ。
このままでは…!
オーウェンは歯を食いしばって、剣を振り下ろした。倒しても、倒しても目の前に新たな敵が現れキリがない。
神経が研ぎ澄まされ、もはや太鼓やラッパの音色など聞こえなくなっていた。
相手の動きがスローモーションのように見える。キン、と相手の剣を振り払う。呆然とする相手に止めを刺した。
また新しい敵がオーウェンの首を狙い、剣を振り下ろす。オーウェンはそれを剣で受け止めた。
「くそっ!」
まだか!
苛立ち任せにオーウェンが剣を振ったその時、後方から今までにない荒々しい叫び声が聞こえた。
「うおおおおおぉぉぉ」という雄叫びの大合唱で、体が振動する。全員の意識が一斉に彼らに向いた。
見た事のない緑色の旗をはためかせる集団に、両軍の騎士が混乱し始める。
「誰だ?」
「敵か?味方か?」
戸惑う彼らを他所に、「ひゃははっ!」と戦場に似つかわしくない明るい声が聞こえた。楽しそうに敵を薙ぎ倒していく男の首には、巻きつくような蛇のタトゥーが入っている。
やっと来たか。
オーウェンが息を腹いっぱいに吸い込み、叫んだ。
「味方の応援部隊が来たぞっ!あとひと踏ん張りだ!ここを乗り切れば帰れるぞ!」
力強い声が戦場に轟くと、「おお!」と疲労困憊だった騎士たちに生気が戻った。
帰れる。
家族に会える。
濁りかけた瞳が生き生きと蘇り、見違えるほど動きが良くなった。
「応援部隊なんていましたっけ?」
呆気にとられるダクトに、オーウェンが口角を上げた。
「ああ。極秘でな」
一方、キャンベル軍の急襲部隊は、城から上がった白い狼煙に、戸惑いを隠せずにいた。
彼らは川向こうの山を越えた、国境ギリギリの場所でずっと待機していたのだ。その数、およそ三千人。
「攻撃の指示だと?作戦と違うじゃないか」
「予定では川を一気に氾濫させて、敵が命からがら山に逃げて来たところを、俺らが山頂から仕留める手筈だったのに」
気高き女王様の命令は絶対なので、ぶつぶつ言いながらも準備は素早い。山の移動も慣れたもので、あっという間に城下を見下ろす位置までやって来た。
「乱闘になっているな。ほぼ互角か」
「俺らがいけば余裕だな」
そのまま一気に駆け下りた。勢いよく揺れる黄色の旗に、下で戦っていた仲間が歓喜する。これで情勢は一挙にこちらに傾いた。
城壁の上ではミリアが直々に攻撃指示を出している。
「敵の馬を狙え!できるだけ味方は殺すなよ」
ミリアの指示通り、騎士たちが矢を飛ばしていく。
その様子を後ろから見ていたジョゼが、ミリアの横に立った。手には弓矢を持っている。
「良いのか?急襲部隊は奥の手だ。敵の応援部隊が来たら、こちらにはもう手はないぞ」
「別に良い。もし応援部隊が来たらその時は躊躇なく川を氾濫させる。その前に急襲部隊を山頂に戻し、我々はここから敵の背に矢を射ればよい」
人数が少ない時は混乱に乗じるしかない。この作戦ならば少人数でも勝てる見込みはある。そういう策を練っていたのに。
まさか、正面衝突する馬鹿がいるとはな。
オーウェンの黒い旗を視界に入れ、ミリアがさっぱりと笑った。
☆
満天の星夜。月の光が海を照らしている。すっきりしない天気が続いていたが、久々に星が出た。
王城から約二百キロ離れた海上では、ベアトリスの父ジャックが海軍を率いて敵船に砲弾を浴びせていた。
敵の食料、水、武器が秘密裏に運ばれようとしていたのだ。全部で七隻。
「全て撃ち落とせ!」
ジャックが甲板に立ち、指示を出す。風が強い。マントが靡いた。優位な風上である。
こちらは五隻しかないとはいえ、元海賊で腕を買われて海軍になった彼らの戦いは見事だった。
敵の船に横付けして、砲弾を放つ。炎と煙と爆発音が同時に発生し、船は粉々になって沈んでいった。
横付けが難しい船には、近づいてそのまま乗り込む。至近距離での相手の制圧も手際が良い。瞬く間に縛り上げてしまった。
「どうします?」
「捕虜にする」
彼らはそのまま、静かに船を走らせる。星だけが頼りだ。海賊船のような大きな帆船が、五隻。向かう先は海で繋がるエラルド国である。敵兵に見つかる前に速度を上げた。
海上には複数の舟艇が陸と繋がれている。
ジャックが上げた右手をゆっくりと下ろした。それを合図に、幾つもの大砲が撃ち込まれる。船は勿論、港もただでは済まないだろう。
進路を変え、自国へと急ぎ向かう。気づいた敵の銃弾は海へと落ちて行った。
「読み通りでしたね」
船長のリダが操縦を部下に任せ、甲板にいるジャックに声を掛けた。
「ああ。密かに物資を運ぶなら夜しかないが、星がなくては航海はできん。久々の晴れ間だった今日を逃す訳がないからな」
リダからワインボトルを一つ受け取り、乾杯とばかりに彼の持つボトルにぶつける。そのままボトルごとワインをあおった。
良い月夜だ。
船は闇へと溶けて行った。




