54.再会
「おい、あったぞ!隠し部屋の入り口だ!」
天井の上から興奮した声が聞こえて、イザベラは息を呑んだ。
隠し部屋の中では騎士たちが階段を取り外し、開けられないよう天井の入り口とベッドを紐で結びつけている。しかしそれも時間の問題だろう。
もう駄目だわ!
イザベラが諦めて目を瞑った時、お腹の中から蹴られるような感覚があった。
ハッとして大きくなり始めたお腹に手をやる。
私が諦めたらこの子も死んでしまうわ!悲観している場合じゃない。考えないと!
その時、イザベラの髪を風が揺らした。
風…?
右手にあるレンガの壁を見る。前にお腹が痛くなって座り込んだ時も、同じように風を感じた。
それにあの軽い音…!
そうよ、ずっと不思議だったの。だってこの隠れ場所は上に物を置かれて出口を塞がれたらそれで終わり。そんな危険な隠し部屋を作る訳がないわ!
イザベラは急いでレンガの壁まで行き、上から叩いて行く。ドンという鈍い音に紛れ、コンと一部だけ明らかに音の軽い場所を見つけた。
「ここだわ!」
「イザベラ様?」
侍女たちが戸惑ったような声を上げたが気にしている場合じゃない。
急いでその部分を押すがビクともしない。
「ここに何かあるの!手伝って」
騎士が場所を代わり調べる。レンガの一つを引っ張ると、周りにあったレンガともども前に出てきた。完全に引き抜くと、四十センチ四方の穴が現れる。
「やった!」
「私が先に」
騎士が先導し、順番に四つん這いで穴を通っていく。最後にくぐった騎士がレンガの後ろについた紐を引っ張り、中から壁を完全に閉じた。
ちょうどその時、天井が開く。間一髪だった。
「逃げたぞ!探せ!」
壁越しに敵の怒号が響く。
イザベラたちは急いで前を向いた。二列になるには窮屈で、自然と一列になる。立って歩けるほどの空間があり、そこを駆け足で抜けた。
二十メートルほど走ったところで騎士が立ち止まる。
「行き止まりです」
騎士が目の前の壁を押すがビクともしない。
「そんな…」
「いや、何かあるはず。探しましょう」
全員で手分けして壁を探る。ボタンやレバーのようなものは確認できなかった。
遠くで壁を叩く音が聞こえてくる。早くしないと彼らに見つかってしまう。
レンガの壁は全部調べた。押しても引いても、持ち上げても駄目。一体どうしたら…。
イザベラの後ろで壁を探っていた侍女が、立ち眩みを起こす。そのまま壁に右手をついて座り込んだ。
「アンナ!」
イザベラがすぐに彼女の背をさする。
「平気です。こんな時に…申し訳ございません」
「いいのよ」
気丈に振る舞うも、侍女がそのまま前に倒れそうになった。
「アンナ!」
イザベラがすぐに肩を支える。
「イザベラ様!」
侍女の後ろにいた騎士が叫び、イザベラに壁の隙間を示した。灯りが漏れている。
「出口だわ!」
侍女が凭れかかった場所が、運よく出口だったのだ。騎士が侍女を抱きかかえ、もう一人がその扉を完全に開ける。
「押してから横にずらすタイプのドアだったのですね」
騎士が感心していると、後ろから小さな灯りが見えた。
「敵です!急いで!」
狭い出口を通り抜けると、両辺が五メートルほどの部屋だった。暖炉とテーブルと三脚の椅子がある。しかし。
「出口がない」
「またかよ」
騎士がつい荒い言葉になる。とりあえず扉に剣を斜めに立てかけて開かないようにし、その間に出口を探す。
どんっ、どんっ、どんっ、どんっと扉が叩かれる音と振動が響いた。敵の足音の数が増えている。
応援を呼んだのね。こちらの戦力は騎士二人。早く探さないと。
イザベラが机に手を掛けた時、真横にあった暖炉がひとりでに前に開いた。
「きゃあ!」
突然のことに侍女のアンナが悲鳴を上げる。
暖炉がドアのように開き、にょきと手が生えたかと思うと、中から現れたのはフューイだった。
騎士たちがイザベラを守るように前に出て剣を構える。
フューイも腰の剣に手を掛け、睨み合う。その間にフューイの従者も暖炉から出てきた。
「こちらはポール公爵家次男、フューイだ。失礼だが」
フューイが騎士の後ろにいるイザベラに気づく。
「これは、これは。ベアトリス嬢の妹君か?」
「…ええ。イザベラと申します。フューイ様はどうして」
ドンッと一際大きな音がして壁が開き、敵がなだれ込んできた。
両者は睨み合うのを止め、そちらに剣を向け直す。
「あれは?」
フューイが後ろに立つイザベラに確認した。
「分かりません!急に現れて、私を殺すと」
「なるほど」
それだけ聞くと敵に向かって切り込んでいった。次々と敵が倒れていく。出入口の狭さのせいで、数の優位を活かせないのだ。あっけないほど簡単に終わった。
フューイがイザベラに声を掛ける。
「一緒に行きますか?と言っても、我々も出口を知りませんが」
「イザベラ様。元来た道を引き返すこともできますが、出口で待ち構えていたら厄介です。ご一緒させていただきましょう」
「そうね。宜しくお願いします」
騎士の助言で、イザベラはフューイたちと隠し部屋を攻略することになった。
フューイたちに続いて、階段を下りてきたのはイザベラだった。ベアトリスが目を見開く。
「イザベラ?」
思わずフューイに向けていた剣先を下げた。
全員が階段を下りると、階段は自動で天井へと変化していく。シャンデリアも頭上に戻った。
「イザベラ!無事だったのね!」
「お姉様!」
姉妹で抱き合う。
良かった、生きている。安堵で目の端に涙が滲んだ。
「刺客を送ったって聞いて…。心臓が破裂するかと思ったわ」
「実は隠し部屋を特定されてしまったのだけど」
イザベラが愛おしそうにお腹を撫でた。
あの時、この子がお腹を蹴ってくれたおかげで諦めずにいられた。生きるぞ!って言われたみたいだったわ。喝を入れてくれてありがとう。
「逃げている最中にその方々が助けてくださったの」
「え?」
ベアトリスが驚いてフューイたちを振り返った。
「別に、大した事はしていません」
フューイはしゃがみ込んで、部屋の惨劇を冷静に観察している。部屋は血の海で死体が三つ転がっている。
従者の一人が王の首に二本の指を当て、脈を確認した。手遅れであることを、首を横に振って伝える。
一通り観察し終えたフューイが立ち上がり、ベアトリスに視線を送った。
「何があったのです?」
「陛下の側近の一人が国を裏切っていたの。私が来た時には手遅れだったわ」
ベアトリスが死んだワヒドに視線を送る。
フューイの従者が死体の横に屈みこんで、衣服を調べ始めた。
「フューイ様!服の内ポケットにこんなものが!」
事前にそれらしく衣服に忍ばせておいた密書だ。
従者がそれを高々と掲げ、フューイに渡す。
フューイは慎重にそれに目を通していく。内容は確認済みで王についての記載はなかった。問題はないはずだ。
「陛下はそれを見てしまったのかもしれないわね。だからこんなことに…。一歩遅かったわ」
「本当ですか?」
フューイはベアトリスではなく、床に座り込んだままのディードに尋ねた。
ディードは練習通り、努めて冷静に答える。
「え、ええ。ベアトリス嬢が駆けつけてくれた時には、陛下はもう虫の息でした。騎士二人も彼の手下だったようで、私一人ではとても守り切れず…。私が殺されそうになったところをベアトリス嬢たちが助けてくださったのです。…恐怖で腰が抜けてしまって、こんな格好でお恥ずかしい」
「へえ」
どうとでも取れる短い返答に、ベアトリスの背に冷たいものが流れた。相変わらず読めない男だ。
もし私が殺したことがバレたら、その時は――。
手の中の剣が重みを増した。
しかし、フューイは納得したように話を切り上げる。
「なるほど。ではこの男の家族を反逆罪で処刑しましょう。それからそこの騎士二人も」
フューイがワヒドの後ろから襟ぐりを掴み、引きずる。従者が騎士を引っ掴んだ。
どうやら剣の出番はないようだ。気づかれずに息を漏らした。




