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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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52.服従の提案

 王がゆらりと椅子から立ち上がる。

 その両脇にいる側近二人が、王を守るように剣をベアトリスたちに向けた。

 騎士二名が、今にも飛び掛かってきそうな顔でこちらを睨みつけ、剣を構える。


「バレてしまったようだね」


 蝋燭の灯りが不気味に王の顔を照らし出した。そこには焦りも罪悪感も見られない。

 ベアトリスは総毛立つのを感じた。

 ラースの横に立ち、剣先を王に向ける。


「この国を売ったの?」

「私の国を、私が好きにして何が悪い?すでに二国とは話がついているし、少し領土は狭くなるが、私の地位は保証されている」

「敵国を信じているの?自分が王権を振りかざせると、本気で思っているわけ?」


 ベアトリスが侮蔑と憤りが混じった声で問い詰めた。


「今よりはいい。いいか?私に相応しいのは実権を持った本物の王の立場だ!お飾りの王の立場などいらん!」


 言い切ると同時に、どん、と乱暴にテーブルを叩く。反動でグラスが振動した。


「あなたには、それすら行き過ぎた厚遇だわ!まさか王自らが国を裏切るなんて」

「うるさい!」

「オーウェンは国の為に前線で戦っているのよ?」

「だから何だ!」

「何だって…。唯一の跡取り息子でしょ!」


 王が冷笑する。


「和平後にサイファ国の末娘を貰い受けることになっている。彼女に産ませるさ」


 事も無げにいう王に、ベアトリスの剣を持つ手が震えそうになった。


「オーウェンは血が繋がった実の息子でしょうが!」

「何が息子だ!余計なことばかりしおって!あんな奴は息子でも何でもない!」


 吐き捨てるように顔を歪めた。

 ベアトリスは怒りが胸まで込み上がってくるのを感じ、吐き出すように深呼吸する。

 側近の二人が、にやつき顔でベアトリスに声を掛けた。


「ベアトリス嬢、今の状況を理解できているのか?」


 五十代くらいの口髭を蓄えた男が、蛇のような目を弓なりにする。王の側近、ワヒドだ。


「状況?」

「そうだ。そもそも二対一の戦争で勝てるとお思いか?」


 もう一人の側近であるディードが頷きながら笑う。鹿のようなつぶらな瞳が、さらに小さくなった。


「もし戦争に負ければ陛下のご判断は正しかったことになります。国の崩壊を免れたのですから」

「何ですって?」


 ベアトリスはぴくっと眉を震わせ、側近たちを睨みつけた。

 側近たちは楽しむように尚も続ける。


「負け戦の為に命を落とすなんて愚かですよ」

「そうだ。陛下は秘密裏に敵国と繋がることで、最小限の被害で戦争を終わらせることができたのだ。これも一つの戦略と言えよう」

「馬鹿馬鹿しい!」


「そうですか?そもそも国民は自分たちがボロボロになってまで戦争での勝利を望んでいるのでしょうか?大勢が死に、飢え、残されるのは荒れ野原。復興に必死になる間にもまた死者が増えていく。それならば早めに負けを認めた方が賢いではないですか」

「その通り。国民を思えばこその陛下のご決断である」


 交互にワヒドとディードが話す。

 都合の良い論理に反吐が出そうだ。


「何が国民の為よ!王の立場に固執しているだけでしょう!それに、こちらが勝利した場合、そんな言い訳は通じないわよ!」

「フフフ。勝利?勝利なんて無理に決まっているでしょう。四家はまだ統一すらされていないのに」

「若い女性は夢ばかり見られて羨ましい限りだ」


 嘲るように二人が笑う。


「夢ですって?」

「夢物語以外の何物でもない。力の差は歴然だ。それに」


 ワヒドが一旦言葉を区切り、爬虫類のような目で試すようにベアトリスを見た後、続ける。


「ここからが本題だが、もし陛下が裏切っているという事実が明るみに出れば、オーウェン殿下はどうなるとお思いか?」

「どうって…」

「陛下が反逆者ならば、その子息であるオーウェン殿下も死刑は免れないであろう」


 死刑という言葉が、ベアトリスの胸を突き刺した。目の前が真っ暗になる。


 死刑…?

 オーウェンが?

 やってもいない罪で?


 ワヒドが青ざめたベアトリスに、さらに追い打ちをかける。


「王太子妃であるあなただって生涯、幽閉生活だ。もうお分かりかな?あなたは陛下の判断を受け入れるしかないのだ。我々の味方について、他国と密談を重ねたのは国の為であったと、国民に納得させる必要がある。お手伝いいただけますかな?」


 ニィと歯を見せた。この絡みついてくる不快感。蛇のように長い舌が見えそうだ。

 ディードが剣を仕舞いながら丁寧な言葉で話しかける。


「もう考える必要はありませんよ、ベアトリス嬢。そろそろ我々の部下が城の門を開けている頃でしょう」

「何ですって!」

「少し来るのが遅かったですね。この国の負けがこれで決定的になりました」

「そんな…」


 持っていた剣が手から滑り落ちた。カツンッと金属の音が虚しく響く。

 力なく床に手をついた。


 負ける…?


 ガハハと王が下品に笑った。勝利を確信し、玉座のような立派な椅子に腰かける。

 ワヒドの卑しむような視線が、肩を落とすベアトリスに絡みついた。


「ようやっと理解できたか。これだから女は!いいか、他に選択肢はない。本来は君を殺そうと思っていたのだ。陛下の寛大なお心遣いに感謝するのだな」


 下を向いたままのベアトリスに、ディードが優しく諭す。


「あなたは幸運ですよ。こちら側につけたのですから。何も悩むことはないのです。これでオーウェン殿下の死刑もなくなりましたし、あなたにとっても望ましいことでしょう。さ、どうぞ、お顔を上げてください」


 ベアトリスの憔悴しきった顔を、王が愉快そうに見た。


 オーウェン…。

 生きて戻って、父である王の裏切りを知ったら、どんな気持ちになるかしら。


 床についた手をギュッと握った。


「ベアトリス様」


 ラースが騎士に背を向けてベアトリスに手を差し出す。ラースの腕に掴まり緩慢な動作で立ち上がった。


「勝手に動くな!剣を置け」


 騎士に言われ、ラースが全ての剣を足元に置いた。騎士二名に両側から肩を押さえつけられ、片膝をつく。

 ベアトリスは虚ろな瞳でそれを捉え、背に負っていた弓矢を下ろした。腰の短剣も床に置き、身一つで王に近づく。王の一メートルほど手前で、片膝をついて頭を下げた。


 玉座にふんぞり返った王が、上機嫌で頬杖をついた。


「ベアトリス嬢。君は可愛い私の娘だ。今までのことは水に流してやろう」

「……感謝致します」


 王の後ろに立ったワヒドが口髭を触りながら、ベアトリスを侮蔑の目で見下ろす。


「やはり女は男にかしづいているのが一番であるな。非力で愚鈍なくせに、口喧しいなど先程の振る舞いは目に余るものがあった。これを機に精々、可愛げを身につけるとよい」

「心配ないでしょう。ベアトリス嬢も十分にご自分の立場を理解されたものと存じます。今後の働きに期待しましょう。さあ、ベアトリス嬢。陛下に永遠の忠誠を!」


 ディードが両手を広げると、後ろの机からポチャッとワインが一滴、床に落ちた。いつから零れていたのか。こらから起こる悲劇を予感させるように、床のそれは黒い血だまりのように見えた。

 ポチャッ、ポチャッと規則正しい音が、まるでカウントダウンのように脳に響く。


 ベアトリスが重い口を開いた。


「…陛下。数々のご無礼、お許しください」


 にやにやと王たちがベアトリスを上から眺める。小賢しい女を屈服させるのは気持ちが良い。


 ああ、ロベール。お前はやはり有能だな。失敗して逃げ出した時は(はらわた)が煮えくり返ったが、再度信じた甲斐があった。これでスノー家を潰せる。使うだけ使って貴族の権利を剥奪してやる!


 王がひじ掛けに両手を置いて、鼻で笑った。


「いいだろう。許してやろう。だが、タダでという訳にはいかん。お前の言動は王家への侮辱にあたる。新しく契約書を作るからそれにサインするとよい。そうすれば善処してやろう」


 言葉で嬲るようにゆっくりと話した。契約書の内容が不当に不利なものであることが伝わってくる。

 ベアトリスは爪が食い込むまで手を握りしめた。


「…感謝します」


 ワハハハ、とベアトリスを馬鹿にする下品な笑い声が響く。

 肩を押さえつけられたままのラースが下を向いた。


 ディードがベアトリスと目線を合わせるように、膝に手をついて屈んだ。


「さあ、ベアトリス嬢。陛下の手に服従のキスを」


 おぞましさに吐きそうになりながら、ゆっくりと立ち上がった。


 一歩、一歩、フラフラと歩を進め、王のすぐ前で立ち止まる。ギラついた王の目と、ベアトリスの空虚な目が交わった。


 満足気に王が手の甲を差し出す。ごつごつした手に趣味の悪い指輪が幾つも嵌っている。


「…陛下に永遠の忠誠を」


 ベアトリスが自身の両手を重ね合わせ、片膝をついたまま一歩前に出て、深い礼をした。


 時が止まったかのように一瞬、静かになった。


 王の手は宙ぶらりんのままだ。いつまで経っても手にキスをしないベアトリスに、ワヒドが急かす。


「早くしろ!陛下がお待ちになっているのが見えないのか。全く、愚図な女め!」


 王の斜め後ろで、苛ついた声で怒鳴る。 


 その瞬間、王の腹からビュシャァァと大量の血が噴き出した。

 床や壁に血が飛び散る。


 ワヒドとディードは一瞬遅れて、「え」と言うのが精いっぱいだった。


 ベアトリスの顔にも生温かい血がべっとりと付いている。


 嫌そうにそれを拭うベアトリスの右手には、血塗れのナイフが握られていた。


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