50.隠し部屋の攻略
手元の灯り以外、暗くて何も見えない。ベアトリスは灯りを上にかざした。その瞬間、大きな瞳と目が合って後ろに仰け反る。
「キャア……うっ」
叫び掛けたところで後ろからラースに口を塞がれた。
「静かに」
コクコクと頷くと、すぐに手は離された。
「絵画です」
ラースが壁の絵画に光を当て、冷静に告げる。入って左側の壁にずらりと絵が並べられていた。
絵画…。なんだ。良かったぁ。
ひゅうと力が抜け、床に座りこむ。バックバクの心臓を手で押さえた。
「どうやら絵画を保管する部屋のようですね」
ラースが部屋の四方にある蝋燭に火をつけると、飾られた絵がぼんやりと照らされて恐さが増した。
全部で十ほどの絵は大きさも違い、描かれた人物も子どもから大人まで幅広いが、全員女性だ。
皆、こちらを向いている気がする。
ベアトリスは急いで立ち上がった。
「ラース!早く出ましょう」
「ええ。ですが出口を探さないと」
「またなの?一体何なのよ!」
王と合流したいだけなのに!と段々と苛ついてくるが、そのおかげで恐怖心が薄らぐ。
絵画は額縁についた紐を、壁のフックにかけてあるだけだ。やけくそのように絵画を取り外しては、壁を手で探る。
「何もないわ」
「壁ではないのかもしれません」
ラースが今度はフックを確認していく。一番奥の絵を掛けたフックを押すと、カコンと後ろの壁の裏で音がした。振り返っても何も起こらない。
「はいはい、二段階でしょ!分かっているわよ!」
あー、面倒くさい!
音がしたのは絵がある壁とは反対側の壁だ。押してみるがビクともしない。横にもずれないし、持ち上げることもできない。
「もお!」と声を上げたベアトリスの隣でラースが顎に手を当てて言う。
「今までは仕掛けの音など一度も鳴りませんでした。もしかしたら関係がないのかも」
「引っかけってこと?」
だとすれば根性が悪い。しかし、あり得る気もした。
「やっぱり絵が気になるのよね。全部外すとか?」
「いいえ。今まで仕掛けは別部屋から元に戻せていました。取り外した絵を掛けるなんて無理です」
「じゃあ、絵は関係ないのかしら。一旦、床や天井を探りましょう」
時間をかけて探るが何も出てこない。段々と疲労も溜まってきた。
「もお!大体、何なのよ、この不気味な絵!」
八つ当たりするように振り返り、灯りをかざすと、金髪に金色の瞳の女性が座ったままこちらを見ている。優しそうなこの女性は…。
ベアトリスは目を見張り、他の絵も一枚一枚確認していく。どの顔にも薄っすらと見覚えがあるような気がした。
「ラース!分かったわ。絵を並べ替えるのよ」
「並べ替える?どのように?」
「この絵はね、初代から十代目までの王妃の絵だわ。だから初代から順番に並べ替えるの」
描かれているのはまだ王家が力を持っていた時代の王妃たち。オーウェンと結婚が決まった時に王家の年表を勉強し、その時に同じ絵を見た。
そう。見たわ。確かに見た。だって金色の瞳なんて珍しいもの。
ベアトリスの手が、壁にある絵を持ったまま止まる。
ラースが横目でそれを確認し、すぐに正面を向いた。
「覚えていないのですね。適当に並べましょう」
ラースが全ての絵画を床に並べ、そのうちの一つを適当に手に取る。
「間違えたら槍が降ってくるなんてことはない?」
「祈りましょう」
ラースが適当にフックに掛けようとするのを、寸でのところで手で制した。
「待って!やっぱり分かるわ!」
ベアトリスは床に置いた十点の絵を見比べ、そのうちの三点を手前に置いた。
「これらの絵に使われている青い塗料。この塗料が輸入されたのは最近よ。今では貴族の肖像画には必ず使われているほど人気なの。つまりこの塗料が使われている三つは新しい。ドレスの流行の型を考えると、一番シンプルな白のドレスが最新で、次が肩口の膨らんでいるドレスね」
ベアトリスは三点の絵画をフックに掛けていく。残るは七点。
ラースが腕を組んで、顎に手を置く。
「顔の向きが違いますね」
「そうね。斜め顔が定番になる前は、肖像画といえば横顔だったの。だから横顔の四つは古いはずよ」
四点の横顔の絵はどれも上半身のみで違いが分かりにくい。
「木板の古さで言えば、この二つは古そうです」
ラースが二つを手前に並べた。表面に傷がつき塗料も変色している。
「そうね。そう言えば最初の王妃はダイス国出身だったはず。こちらが初代王妃ね!髪飾りにダイス国の紋章であるポピーの花が使われているもの」
初代と二代目を順に壁に掛け、残る二点は記憶を頼りに決めた。
「最初の方に赤毛の人がいたの。だから赤毛の女性が三番目だと思うわ」
これで壁には七点の絵が掛かった。残るは三つ。
子どもの絵と、複雑に書き込まれた絵が二点だ。
「まずこの子どもの絵が悲劇の王妃である五番目ね。病気で早くに亡くなってしまったの。彼女だけははっきりと覚えているわ」
「問題は残りの二つ。かなり似ていますね」
椅子に彫られた鷲に、花瓶に挿した薔薇、鏡に映る木々、窓の外には鳩が飛んでいる。気が遠くなりそうに細かい背景だ。
二点は構図が同じ。でもドレスの色が違う。
「同じ画家が描いたのね。でもこれは簡単よ。赤いドレスと黒いドレス。先に流行ったのは赤色だから。きっとこうね!」
ベアトリスは絵を全部並べ替え、自信満々に腕を腰に当てた。忌々しいことに額縁の新旧はフェイクだ。
すぐに一番端の絵が掛かった部分の壁だけが奥へとずれ、右側の壁の中へと自動で仕舞われていく。一人分が入れるだけの隙間ができ、目の前に通路ができた。
「やった!」
その後、四つの仕掛け部屋をクリアして、漸く王たちの姿を目に入れた時には不覚にも泣きそうになった。
「陛下!ご無事で安心しました」
「ベアトリス嬢?」
不審そうな声で王が呟く。それはそうだろう。壁から急に人が出てくれば誰だってそうなる。
ラースがギリギリ立てるくらいの低い天井で、ぶら下がったシャンデリアはベアトリスの頭に当たりそうだ。しかし縦横三十名ほど立てる幅があるのでそれほど窮屈さはない。
暗さのせいではっきりとは見えないが、石造りの壁にはローテーブルが横づけされ、その上には絵画が飾られている。向かいの壁は木製の本棚で占領されており、大量の本が並んであった。
王は部屋の中央で側近二名と丸テーブルを囲んで椅子に座っていたが、ベアトリスが現れるなり険しい顔をして立ち上がった。騎士二名が王たちを守るよう剣を構え、ベアトリスたちを威嚇している。
ベアトリスは両手を前にかざし武器を持っていないことをアピールした。
「落ち着いてください。ポール公爵家のご子息が隠し部屋に入っていくのを確認し、陛下に何かあってはと急いで後を追ったのです」
「ポール公爵家が?奴らは隠し部屋を知らないはずだが」
王の側近が眉を顰め、腕を組んだ。
「以前、王城を占拠された時に調べられたのでは?万が一に備え、私もここで陛下をお守りさせてください」
「しかし失礼だが、貴方の話が本当だという確証がない」
側近の一人が王を守るように前に出る。この状況では疑心暗鬼になるのも無理はない。
ベアトリスは胸に手を当て、声を張り上げた。
「私は王太子妃で、義理とはいえ陛下の娘です。それで十分では?」
真っすぐな目に、王が諦めたように嘆息する。
「まあ良い」
「しかし、陛下」
「オーウェンの相手だ。信用しても良いだろう」
王が椅子に座りひじ掛けに手を置いた。側近たちも渋々席に着く。どうやら居ても良いことになったらしい。
騎士たちも剣から手を離し、警戒を解いた。
あとはフューイを待つだけだ!




