49.仕掛け
キャンベル城ではカミラの姉ミリアと、その夫ジョゼが対面で座り煙草をふかしている。青臭く焦げたような香りが漂う。
女戦士のような衣装に身を包んだミリアが、煙に目を細めた。その眼前には槍、小刀、弓、矢、鉄砲といった武器が机の上に並べられている。
「本当にあれを実行するのか?」
ジョゼが煙草を吸いながら問うと、ミリアは不敵な表情で頷き、口をすぼめて煙を吹いた。
「勿論だ。サイファ国とエラルド国が手を組んだ以上、ルビア国に勝ち目はないだろう。どうすべきかなど一目瞭然だ」
凛とした声は低く話し方も男性のようだが、独特の色気がある。
ジョゼはミリアが吐き出した煙を目で追い、口の端を吊り上げた。紫水晶のような瞳が窓の外に向けられる。真っ暗な空には月もない。これから暫くは見えないだろう。
ジョゼはガラス瓶に入ったワインを直接仰ぎ、口の端を手で拭った。
「奴ら、慌てふためくんだろうな。今から楽しみだ」
「そう言ってくれるなら、お前と結婚して正解だったな」
「俺は派手なことが好きだ。この作戦は実に君らしい」
ジョゼは愛おしそうにミリアを見つめる。芯の強い瞳と目が合った後、ふと尋ねた。
「しかし、君の妹は大丈夫か?」
「カミラか?問題ない。家の決定は絶対だ。父も私もそう育ててきたからな」
「なら良かった。心配だったんだ。彼女はああ見えて情に厚いところがあるから」
「ふっ。あれも領主のスペアとして教育を受けてきている。覚悟くらいあるさ」
「ならいいんだ」
ジョゼは美味しそうに煙草を口腔いっぱいに吸い込み、味を楽しむ。部屋が白い靄に包まれた。
天井をぼんやりと眺め、煙を吐きながら呟く。
「この国はどうなるだろうな?」
「知ったことか。何が四家の統一だ。馬鹿馬鹿しい。全員殺してやる」
辛辣さにジョゼが噴き出す。
煙草の煙が揺れた。
☆
タッ、タッというカーペットの上を歩く複数の鈍い足音に、イザベラは目を覚ました。
騎士たちはすでに剣を抜いている。侍女を起こし、寄り添うように息を潜めた。
「ここに隠し部屋があるのは間違いない。探せ!」
天井から野太い声が聞こえ、それに複数人が反応する。全部で五人くらいか。ドタドタ歩き回る不規則な音が頭上で響く。
まずい!
見つかったら逃げ場がない。隠れられる場所もない。
緊張で息もまともにできなくなる。
ゴォン、ダッ、コン。家具を移動させたり、壁を叩く音が下まで聞こえてくる。探し当てられるのも時間の問題だ。
身を強張らせて侍女と抱き合う。ギュッと目を瞑って声が去るのをひたすら待った。
「おい、ベッドをどけるぞ」
ギィイと軋む音がする。心拍数が上がっていく。
「スノー家の娘が隠れているはずだ!殺せ!」
ドクンッと胸が鳴った。
私が死んだらお腹の子まで…。
どうしよう!誰か助けて!
ステン!
両手を重ね合わせて祈る。神経が研ぎ澄まされ、冷たい空気を感じた。
天井から響く音が徐々に近づいてくる。
「あったぞ、ここだ!」
興奮した声が近くで聞こえ、天井が開いた。
☆
ベアトリスとラースは会議室を出て、こっそりフューイたちの跡をつけている。万が一に備え、防具は身につけたままだ。剣を腰に、弓矢を背に負っている。
フューイたちは廊下を曲がり、突き当りにある木製の小幅な階段を下りていく。忍び寄り廊下の上から聞き耳を立てた。
くの字型の階段は古いせいか歩くたびに軋む。下に降りた彼らは階段付近で何かをしているようだ。ギィィという木の音が聞こえ、どかっと床に何かを置く音がした。
何をしているのかしら?
ベアトリスが身を乗り出しそうになるのを、ラースが手で制する。
やめろと言うように首を横に振られ、仕方なく耳を澄ました。
ギィッという音と足音が聞こえる。ズルルッ、タッタッ、カンというがし、ズウーッという音を最後に何の音も聞こえなくなった。
ラースが音を立てずに近づき、下を覗く。誰もいないと首を振って伝えた。念の為、少し時間を置いて階段を下りる。
「消えた?」
赤いカーペットが廊下に敷かれ、案内するかのように別室へと誘っているが、そこを通る足音は聞こえてこなかった。
隠し部屋…?
「大変!陛下のところに向かったんだわ!」
ベアトリスは慌てて階段を調べていく。
階段の軋む音からしてフューイたちは完全に階段を下りきっていた。階下から手の届く範囲に何かがあるはずだ。何かをずらすような「ぎぃぃ」という音を頼りに、階段を上り下りする時に足を載せる部分を確認するが一向に動かない。
「おかしいわね」
「こちらかもしれません」
踏板ではなく、それを支える蹴込板の方をラースが示した。普段は触れることのない部分だ。下から順に触っていき、三段目にある板が横にずれた。
ラースがそれを取り外し、手探りで中の感触を確かめる。突起物が手に触れた。
「ボタンがあります」
ぐっと押し込み、板を元に戻した。
「何も起こらないわ」
「まだ他に何かあるのです。音は二か所で聞こえましたから」
ラースはそう言うなり、階段下のデッドスペースに手を当てた。空洞のはずのそこは、同じ木の板で覆われている。
「音はこの辺りから聞こえてきました」
「何もないけど」
階段下にある板を押しても、うんともすんとも言わない。横にもずれない。
うーんと唸るベアトリスを見学していたラースが、板と床の接地面に手を掛け、押し上げた。ズルルという音とともに、板が上にずれる。
膝をついた状態で一人だけ潜れるくらいの四方形の穴が出現した。
「やるじゃない、ラース!」
「危ないので私が先に」
フューイたちがいないことを確認し、ベアトリスも入る。中から隠し扉を閉めた。
一列にしか歩けない狭い空間を、前方に見える薄っすらとした灯りを頼りに進む。狭さのせいか少し息苦しさを感じた。
「仕掛けがあると困るので何も触らないでください」
「ええ」
壁に手をついて歩けないのは心許ない。ラースの足音を確認しながら歩く。五メートルほど歩き、灯りに辿り着いた。
「階段ですね」
ラースが灯りを手に取り足元を照らすと、下へと続く狭い階段が見えた。先の方は全く見えない。
「お手を」
ラースに差し出された右手を取り、一歩ずつ慎重に降りていく。
階段を下りきると平らな細い道が現れ、また階段だ。階段は何度も折れ曲がり、その度に不安になる。
歩みが遅かったせいか、下までたどり着いた時には地下深くに潜っている気分になった。
「やっと着いたわ。フューイは一体どこ?それに、ここはどの辺りかしら?」
見回しても、暗くて何も見えない。
「地下であることは間違いないですね。急ぎましょう」
ベアトリスも壁にあった灯りを手に取り、左右を照らしてみるがレンガの壁しかない。五歩進んだところでラースの肩に頭をぶつけた。
「びっくりしたぁ。ラース、急に止まらないで」
「行き止まりです」
「何ですって?」
体を斜めにしてラースと場所を入れ替わり、目の前のレンガの壁を確認する。念の為押してみるが動く気配はない。横にずらそうとしても、上に持ち上げても駄目だった。
「嘘でしょ!ここまで来たのに!」
一体どれだけ階段を下りたと思っているのか。今から引き返す気力などない。
「どこかに隠し扉のようなものがあるはずです。探しましょう」
急に怖くなった。ラースの冷静さのおかげで何とか取り乱さずにいられるが、出られなくなったらどうしよう。
「大丈夫です。ワインと食料を持って来たので、少なくとも五日は生きられます」
「全然、大丈夫に聞こえないけど」
「万が一の場合は壁ごと壊しましょう」
ふう、と気合を入れる。大丈夫。もしもの時は根性でこの階段を上ればいいだけよ。
「仕掛けで死んだりしないかしら?」
「どうも仕掛けはなさそうですよ。逃走用の非常ルートという気がします」
「ならいいんだけど」
「勿論、ゼロとは言い切れませんが」
「…………」
レンガの壁を上から下まで次々と触る。どこかに何かがあるはずだ。レンガを一つずつ押したり、上下左右に動かしてみても全く動く気配がない。
「やっぱり仕掛けは階段の方かしら?」
うんざりと真っ暗な上階を見上げる。
ラースがワインを取り出した。
「一度、休みましょう」
「そうね。疲れたわ」
灯りを床に置く。ワインボトルを受け取り、足を投げ出して座り込んだ。
ごく、ごくとワインが喉を通っていく。最高に美味しかった。
時間の感覚が全くない。こうしている間にもフューイたちが王を捕らえているかもしれない。
「再開しましょう」
休憩もそこそこに立ち上がる。
ベアトリスが床に置いた灯りを手に取った時、下から二番目にある一つのレンガに目が留まった。灯りを近づけないと分からないが、レンガの周りの糊の役目をしている部分に隙間があるのだ。
「ラース!」
ラースも灯りを近づけ確認する。二人で頷き合った。
押すでも上下左右への移動でもないなら、後は一つ。
引くだけだ。
レンガの右上の部分が少し欠けて引きやすくなっており、案外に軽く前に引き出せた。
中にあったレバーを下ろす。が、何も起こらない。
「どうやらまた二段階の仕掛けのようですね」
「…そのようね」
いい加減にして欲しい。
うんざりとしながらレンガを戻して、手探りで辺りを調べる。
「ありました」
ラースが探し当てたのは行き止まりだったはずの壁だ。力を込めて押すと壁が後方に動き、右側に部屋が現れた。
「ああ、良かった」
案外に早く見つかった仕掛けに安堵し、中へと入る。壁のレバーを下ろすと先程押した壁が元に戻り、出口が塞がれた。




