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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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48.不穏な動き

 イザベラは嫌な予感に、うたた寝から目を覚ました。全身に汗がにじんでいる。どうしようもない切迫感に心が押しつぶされそうになり、無意識にお腹をさすった。


「イザベラ様。ハーブティーをどうぞ」

「ありがとう」


 侍女が置いたカップを手に取り、喉を潤す。ペパーミントが気分を落ち着かせてくれた。


 今いる場所は、誰も使っていない客間にある隠し部屋だ。オーウェンが母に教えられた、王すら知らないという秘密の隠れ場所。


 絨毯を捲ると白黒交互に並べられた大理石の床があり、その一か所が隠し部屋の入り口となっている。

 手すり付きの簡易な階段を降りると、中には十名程が入れる空間がある。奥にベッドが一台、それに小さな机と椅子があるだけの、レンガでできたシンプルな部屋だ。


 イザベラは気を紛らわすために持ち込んだ本たちを何度も読み返す。侍女一名と騎士二名は椅子に座って体を休めている。

 外の景色が見えないと時間の感覚もなくなり、もう何日経ったのか分からない。定期的に水と食料が運ばれてくるだけの生活。外の音すら聞こえてこないのが余計に不安を煽った。


 こん、と五回、天井をノックする音があった。不審者ではないことを知らせる合図だ。

 一人分が通れるだけの穴から、ベアトリスが梯子を下りて入ってきた。


 イザベラがベアトリスに抱きつく。


「お姉様!」

「イザベラ、体調はどう?」

「ええ。元気よ。この子もね。私とステンの子だもの」

「そうね。この状況を乗り切って生まれてくる子ならきっと強い子になるわ」


 お腹を撫でるイザベラの肩を抱き、椅子に座らせた。


「お姉様、何かあったの?」


 ベアトリスの表情がいつもより硬いことを察知し、イザベラが不安そうに腕を掴む。


「実は…」


 ポール公爵家が裏切っている可能性があることを告げると、緊張感に包まれた。幾ら守りが固い城でも中から開けられると簡単に突破されてしまう。


「まだ分からないけれど否定できない。いい?誰のことも信じちゃ駄目よ。念には念を入れて」


 イザベラが神妙な面持ちで頷く。

 ベアトリスは騎士に釘を刺した。


「あなたたちは、イザベラをここから出さないで。必ず守るのよ!いいわね?」

「はい!」 


 ベアトリスがいなくなると、また胸騒ぎに襲われた。

 急にお腹が痛くなり、イザベラは出入り口に近いところで壁に凭れたまま、ずるずると座り込む。


「イザベラ様!」

「大丈夫よ。ちょっと一瞬、傷みを感じただけ。大したことないわ」


 駆け寄って来た侍女がイザベラの背を撫でる。壁に頭をつけると、コッと軽い音がした。レンガ造りの壁はひんやりと気持ちいい。


 このまま不安な気持ちも冷ましてくれればいいのに。



 ☆



 蝋燭の灯りが男たちの影を曖昧に映し出した。外の喧噪など嘘のように静かだ。


「スノー家の娘は殺さねばならない」


 潜めた声は近くにいる者にぎりぎり聞こえるものだった。


「二名ともですか?」

「そうだ。後継ぎがいなくなれば幾らスノー公爵が有能でも滅ぶ」


 従者らしき男たち二人が頷く。


「確かに。しかも一人は身重でしたね。簡単に殺せるでしょう」

「隠れているようだが、探し出して隙を見て殺せ」

「はっ。もう一人は」

「そちらは騎士団の精鋭がついている。上手くおびき寄せてから殺せ。他の人間に見られるなよ」


 それだけ言うと男は手紙を取り出し、読み返す。これからから起こる未来に想いを馳せ笑みが零れる。


 我が家こそ、この国を統べるに相応しい。誰にも邪魔などさせるものか!



 ☆



 ベアトリスが部屋から出ると騎士を連れたカミラが廊下で待っていた。

 見られたか、と焦ったものの平静を装う。


「カミラ?何をしているのよ」

「あなたこそ、こんな何もない部屋で何をしているの?」


 訝し気に横目で部屋を見るカミラに、気だるげに言う。


「仮眠を取っていたのよ。十分だけでも寝れば頭が冴えるから」

「自分の部屋があるでしょう?」

「私は王太子妃よ?万が一を考えて場所を変えているの。それより何か用?」

「フューイの言葉が気になって」


 外では睨み合いが続いているが、戦況が変わる程の攻撃はまだない。奇襲も初回の一度きりだ。それが不気味だった。


「フューイを見張らせているのだけど、巻かれてしまうのよ」

「こちらも同じよ。軍の指揮を部下に任せて、度々どこかへ行っているのも怪しいわ」


 二人はフューイがいる可能性が高い軍事会議室へと向かった。ラースたち騎士は静かに後ろに従う。

 中ではフューイが横長の紙を真剣に眺めていた。その後ろからフューイの側近二名が同じ紙を覗いている。蝋燭の灯りが心許なげに揺れる。随分と暗い。


 もう少し灯りをつければいいのに、とベアトリスはフューイの向かいの椅子に座り、その顔を凝視した。

 チョコレート色の髪が耳に掛けられ、形の良い切れ長の瞳が露わになっている。チャラさはないが顔立ちはユーゴに似ているかもしれない。


「フューイ様は何を見ていらっしゃるの?」

「お二人は随分と仲が良いのですね」

「まさか!」


 二人の声が重なり、フューイが「ほら」と短く笑った。ベアトリスの質問に答える気はないようだ。無駄のない動作で紙を服に仕舞い、三人で部屋を出ようとする。


「待って。どこへ行くの?」


 ベアトリスが呼び留めると、フューイは振り返って低音の声を響かせた。


「城壁からの攻撃に参加してきます」

「待って!それなら私が行くわ。あなた、いつも途中でどこかへ消えてしまうでしょう?」


 カミラがフューイを止めた。

 フューイは顔色一つ変えず、淡々と返す。


「騎士たちに紛れて確認できていないだけでは?」

「とぼけても無駄よ。だから私が行く」

「それなら一緒に行きますか?」


 フューイがドアに手をかけながら尋ねると、カミラが首を振った。


「いいえ。現場にはキャンベル家の騎士も大勢いるから私一人で十分よ。フューイ様は少しお休みなったら?」

「カミラの言う通りだわ。休める時に休まないと」


 ベアトリスが援護すると、フューイは「そうですか」とすっと切れ長の目を細めた。


「では、私は城内の見回りをしてきます」


 休む気はないようだ。

 フューイが部屋を出て行くと、カミラもドアに手を掛ける。


「じゃあね、ベアトリス」


 さっと出て行ったので、どんな表情をしているのかベアトリスには見えなかった。

 気にせず、ベアトリスも立ち上がる。


「ラース。フューイの後を追うわよ!」


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