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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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46.鼠

 北西へと向かうオーウェンの軍は山に囲まれた集落の中に入ろうとしていた。昨日の雨で足場が悪い。水たまりが各所にできており、仕方なく馬をゆっくりと歩かせる。


 集落に足を踏み入れると、すぐに手綱を引いて馬を止めた。屋台や家が倒壊し、木片がそこらじゅうに散乱している。とてもじゃないが馬を歩かせることなどできない。


「何だ、この惨状は」


 オーウェンが顔を顰める。


 怯えた村人たちが半壊した建物に集まり、身を寄せ合っていた。震えながら、じっとこちらを伺っている。泣き出した子どもの口を、母親らしき女性が塞ぐのが見えた。


「ルビア国の者だ。危害を加える気はない!安心しろ!」


 ステンが叫ぶも、目を合わそうとする者はいない。息を潜めて騎士たちが立ち去るのを待っている。

 ここはポール公爵領だ。見慣れない王家の旗では安心できないのだろう。


 気まずさに視線を彷徨わすと、数名が瓦礫に紛れて横たわっていた。うつ伏せで全く動かない男に縋りついて、子どもが泣いている。


「酷いことしやがる」

「先を急ごう」


 村を復興するのは敵を倒してからだ。オーウェンは木片が散らばった道を避け、集落を迂回するように道なき道を進んでいく。腰までありそうな草や岩を避け、狭い道をひたすら進んだ。

 しばらく走らせると、低い土手と川が現れた。川幅は五メートルほどで、濁った水が行く手を塞ぐように流れている。


「橋がない」


 本来あったはずの橋が向こう岸から落とされていた。二本の丸太にぶら下がった橋も途中で崩れている。

 昨日の雨の影響で流れが速く、水深もありそうだ。これでは渡れない。


「川幅が狭く、浅くなっているところを探せ!」


 うねるような濁った水を見下ろしながらオーウェンが叫ぶ。この川を渡らないと先へ行けない。


「なさそうです。水が引くのを待ちましょう」


 ステンが目を閉じて首を横に振る。


 こんなところで足止めを食らっている場合じゃないのに!


 オーウェンは歯がゆさに顔を歪めた。

 しかも場所が悪い。もし敵の応援軍に攻め込まれたら、川が背にあり逃げ場がない。この水が明日までに引けばいいが。


 ステンは濁流を眺めるのを止め、集落の方へ視線を変えた。落ち着かせるようにゆっくりと話す。


「オーウェン様。今日のところは諦めましょう。大丈夫ですよ。キャンベル城は難攻不落ですから」

「ああ。そうだな」


 確かキャンベル伯爵も同様のことを言っていた。


『我がキャンベル城は決して負けない城ですから。何万の兵に攻められても問題ありません』


 それでも食料が尽きれば負けてしまう。意味がないではないか。

 オーウェンは八つ当たり気味に罵った。


 灰色の空と流れの早い川の音が余計に気を急かす。


 …ベアトリス。今すぐ金糸の髪に触れたい。彼女さえ腕の中に入れば不安など何もないのに!


 



「戦争で大事なのは天候とタイミングを読むことだ」


 ロベールは晴れ間がのぞく空に鳥の群れを見つけ、不敵に口元を上げた。高い門には赤い国旗が悠々とはためいている。牛と月桂樹が描かれた勇ましい旗だ。


 エラルド国は平和ですぐそこで戦争が行われている気配すら感じなかった。

 他人が阿鼻叫喚に陥っている時に高みの見物ができるのは気分が良い。


 ノックもなく応接室の扉が開いた。


「待たせたな、ライアン」


 エラルド国の王ジャイルがゆったりとソファに歩みより、座った。足首まである真っ白の衣服を頭から被り、紐で腰の部分を留めている。

 長い黒髪をゆったりと胸元で一つ括りにしたジャイルは、足を組んでソファの肘掛けに半身を凭れさせた。


 ライアンこと、ロベールは机を挟んでジャイルの前に腰かけた。その手の親指にはプラチナの指輪が嵌っている。


「戦況はいかがです?」


 年の割に張りのある声でロベールが尋ねた。


「ああ。順調だ。騎士たちは皆、サイファ軍が引き受けてくれているからな。我がエラルド軍はそれほど苦労せずに済みそうだ」


 エラルド国とサイファ国の軍で、ルビア国を挟み撃ちにしている。二対一ではルビア国が籠城を止めて降参するのも時間の問題だろう。


 ロベールが二人分のグラスにワインを注ぐ。


「あの国は四分割されていて、とても一致団結できる状態ではない。今が好機です」

「そうだな。それに、鼠を仕込んでいるとか?」


 ジャイルの目が愉快そうに光る。

 ロベールがグラスの一つを差し出しながら、ほくそ笑んだ。


「ええ。上手く動いてくれるはずですよ。必ずや勝利をジャイル陛下にもたらしてみせましょう」

「それは楽しみだ」


 ロベールとジャイルはグラスを傾け乾杯した。

 ロベールはグラスを回し、中に入った血のように赤い液体を眺める。


 オーウェンを殺し、より強大な国を手中に収めてみせる。この世にいる全員が私の駒だ!





 カミラが床の穴に熱々の油を流すと、登ってこようとしていた敵兵の悲鳴が聞こえた。


 カミラがいる場所は城から張り出した廊下の一部だ。長方形のそこには女性陣が二十名ほど揃い、壁や床の穴から熱した油を敵にかけ続けている。

 相変わらず怒号と楽器の騒音が鳴り響いているが、以前ほど気にならなかった。


 夜になり敵陣の攻撃が止むと、漸くカミラは部屋を出た。廊下では防具を着た男たちや、油や食料を運ぶメイドたちが忙しなく行き来している。

 その中にベアトリスを見つけ、声を掛けた。


「ベアトリス!」

「カミラ」


 振り向いたベアトリスの顔には疲れが見えるが、誰も同じだ。籠城戦は精神を削られる。ラースがすぐにベアトリスと距離を取り、気配を消した。

 カミラはベアトリスの背を叩き、溌溂とした声で言う。


「何て顔してんのよ。オーウェンにこちらの状況が伝わっている頃だわ。彼ならすぐこちらに」

「来ないわ」 


 カミラの言葉を遮ってベアトリスが断言した。そのまま歩き出す。

 カミラもそれに合わせ歩を進めた。


「来ない?まさか、あの男に限って、あんたの窮地に来ないなんてこと」

「来ないわよ。オーウェンならキャンベル領に向かったわ」


 サイファ軍がキャンベル領に向かっているという知らせは王城にも入っている。オーウェンはそちらの軍を追っているはずだ。

 納得できないカミラが眉根を寄せる。


「進路を変えているかもしれないじゃない」

「それはないの。オーウェンはここには絶対に来ない」


 なぜならロベールが仕掛けた戦争で一番に狙われるのはオーウェンだから。オーウェンもそれを理解している。だから王城に戻り、巻き込むような真似はしない。

 カミラが首を傾げる。


「変ね…。我が家から援軍が着いたという報告はまだないわよ?」

「雨で遅れているだけよ。オーウェンなら大丈夫だわ。きっとあなたの城を守って帰って来るわ」


 そうは言いつつも、気が気でない心境は十分伝わった。

 カミラがそんな彼女を鼓舞するように言う。


「今、私たちが考えないといけないのは勝つことだけよ!」

「カミラ…。そうね、その通りだわ!実は敵の出方が気になっているの」

「私もよ。敵が攻め急ぐ気がないのは分かるけど、それにしても静かすぎる。どこか遠くから穴でも掘っているのかと思っていたけど、違うようだし」

「援軍を待っているのか…もしくは」



 ベアトリスとカミラの視線が絡み合う。ぴりっとした空気が流れた。



 そこへ、カツッと後ろから足音がして、チェロのような低音の声が耳に届いた。


「おや、お揃いで」

「フューイ様」


 二人は同時にフューイの方を振り返った。


 フューイは若い従者二名を連れ、人を避けるように絨毯がない廊下の端を歩いてくる。

 歩く度にユーゴと同じチョコレート色の髪が揺れ、フューイの目元が見え隠れした。相変わらず何を考えているか分からない独特の雰囲気の持ち主だ。表情を変えることなく、その薄い唇が開いた。


「お二人で何をしているのです?」


 ベアトリスとカミラは、世間話でもするように答えた。


「戦況を確認していたのよ」

「フューイ様は?」

「私は城内の確認を」


 フューイは目だけで左右を見まわす仕草をした。騎士らしく疲れなど全く感じさせない。

 それでもベアトリスは労うように声を掛けた。


「そう。この戦いは長引きそうだわ。あなたもちゃんと休んだ方がいいわよ」

「そうですか?私は案外に早くカタがつくと思っていますが」


 意味ありげなフューイの視線を、ベアトリスは真正面から受け止める。


「どういう意味かしら?」

「そんな気がするだけですよ。昔から勘が良いので。では」


 ほとんど表情は変わっていないが、微かに口元が緩んでいる気がした。


 早めにカタがつくですって?


 ベアトリスとカミラは腰に手を当て、去って行くフューイの後ろ姿を睨みつける。嫌な予感がした。



 籠城戦において一番怖いのは敵の攻撃ではない。味方の裏切りだ!


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