44.敵襲
ベアトリスとイザベラは王城にて、心穏やかではない時間を過ごしていた。陽が落ちて外は薄暗い。
イザベラはようやく悪阻が落ち着いてきて、お腹も大きくなり始めている。
父ジャックはオーウェンの城を守り、母アイリスはスノー家を守っている。二人からは食料が豊富で警備の層が厚い王城に留まるよう指示を受けた。
「お姉様。きっと大丈夫よ。ステンやオーウェンを信じましょう」
居ても立ってもいられずウロウロと部屋をうろつくベアトリスを落ち着かせるように、イザベラが微笑む。その手は大事そうにお腹を撫でている。
イザベラの方が心細いに決まっているのに…。
「そうね。こういう時こそ、どっしりとしていないとね」
ベアトリスが据わろうとソファの背に手を掛けた瞬間、怒号が鳴り響いた。
「敵襲だー!」
ブワッと血が湧き上がり、急いでイザベラを移動させ、窓の端から下を確認する。
「囲まれている…!」
松明の灯りが、弓を構える兵を映し出した。一体どれくらいの人数がいるのか見当もつかない。
「こっちへ!」
イザベラの手を引いて廊下に出ると、ラースたち騎士が数名駆け寄ってくるところだった。
「ベアトリス様!奇襲です」
「ええ。イザベラを早く安全なところへ!防具と武器を貸してちょうだい」
「お姉様!」
「イザベラ、あなたのお腹の子は我が家の後継ぎになるかもしれない子なのよ。しっかり守りなさい」
「は?何を言うの!それはお姉様の子でしょ!」
「早くイザベラを移動させて!」
言うなり、イザベラに背を向ける。ラースが指示を出し、騎士二人がイザベラの両側から腕を取った。
「お姉様!待って!」
「大丈夫よ、イザベラ。あなたは自分と子どもが生きる事だけを考えるの!」
「お姉様!」
イザベラは騎士に挟まれ無理やり歩かされながら、振り返って何度も叫んだ。その声を聞きながら廊下を走る。
ごめんなさいね、イザベラ。次期領主として私には戦う義務があるのよ。
その為に厳しい騎士訓練だって受けてきた。
防具を着込み弓を持つベアトリスを、ラースが王のいる部屋へと案内する。騎士や使用人たちが慌ただしく廊下を行き来しているのを横目に、ラースが低い声で耳打ちした。
「奴らが掲げている旗ですが、サイファ軍のものではなく我が国の東に位置するエラルド国のものです」
「エラルド国ですって?密偵からはそんな話なかったじゃない!」
「ええ。かなり不利な戦況です」
つまり北と東の隣国から同時に攻められたことになる。
劣勢なのは王の部屋にいる者の顔からも伝わってきた。王とその側近二名、ユーゴの弟であり騎士団の一員でもあるフューイ、キャンベル伯爵とカミラが既に顔を揃えている。彼らは城周辺の地図を広げ、顔を突き合わせていた。
ベアトリスが入るなり、一斉に視線が集中する。その視線を受け止め、輪の中に入った。
「エラルド国が攻めてきたとか」
「そうです。エラルド国と我がルビア国は海上でも行き来ができる。そちらからも攻めてくるか、もしくは食料や武器の供給も考えられます」
そう答えたのはフューイだ。落ち着きはらい無表情で、何を考えているのか分からないところはユーゴにそっくりだ。ウェーブしたチョコレート色の髪が目元を少し隠しているのもそう感じる要因かもしれない。
カミラが机に両手をつき、ベアトリスを一瞥した。
「ここからは籠城戦よ。既に弓兵が応戦しているし、投石機の準備も整っているわ」
「籠城戦なら守るこちらに分があるわ」
少なくとも半年分の食料と水、武器類の確保はできている。この堅牢な城を突破するのは容易ではない。
「ああ、そうだな。我々の使命はここを守り抜くことだ。陛下は隠し部屋にて待機を」
キャンベル伯爵が王に指示を出す。王を取られれば負けだ。他の者たちは一斉に武器を手に持ち、ドアへと歩を進める。
「私は弓で加勢するわ。カミラ、あなたは?」
「私は城にいる女たちを集めて上から敵に熱々の油を浴びせてやるわ」
「いいわね」
フッと笑い、それぞれ持ち場へ走った。
ベアトリスが向かったのは城壁についた四つの見張り台の内の一つ。城壁よりも高い場所に造られており、指示も出しやすい。
敵兵は何本もの梯子を城壁にかけ集団で駆けあがってくる。ベアトリスは城壁の隙間から矢を放った。敵兵の一人が梯子から落ちていく。
「梯子を落として!」
城壁の上にいる騎士たちが一斉に梯子を前に倒すと、乗っている兵士もろとも地面へと落下した。しかし敵兵は梯子を立て直し、同じように次々と上ってくる。援護射撃が飛び、城壁の上にいる騎士たちが次々と矢を受けて倒れた。
ビュンという弓矢の音と悲鳴、怒号、太鼓やラッパの音が入り混じって耳も頭もおかしくなりそうだ。
それでもひたすら矢を放ち続ける。
敵兵が引き始めた頃にはベアトリスの全身を汗が伝った。
真っ暗な夜空に浮かんだ満月が城へと戻るベアトリスの後ろ姿を映し出した。




