43.進軍
「ついに来たか」
サイファ国の軍勢が国境を越え、南下しながら王都へ進軍しているという連絡を受け、すぐに二万の兵を進ませた。
漆黒の騎士服に身を包んだオーウェンはステンを連れ、馬を走らせる。従者の持つ黒い旗には王家の紋章であるライオンとオリーブの葉が描かれ、オーウェンの存在を示した。
情報通りならば、ポール公爵領でぶつかるはずだ。複雑な地形をきっとロベールも把握しているに違いない。ここで食い止められなければ王都まで進軍されてしまう。
兵を率いるオーウェンが騎士たちを鼓舞するように叫んだ。
「王都までは攻め込ませるな!急げば三日で着けるはずだ」
「おう!」という勇ましい声が鳴り響く。馬が地面を力強く蹴り、土埃が風で舞い上がる。山を抜け、細い川を一つ渡ったところで野営地を探した。
「ここで夜を明かそう」
木々に覆われたその場所は、川に近く大きな岩が点在している。焚火を付け、ようやく腰を下ろす。暗くなるとともに急激に冷え込み、テントのない下っ端の騎士たちは身を寄せてそれに耐えた。
月が高くなり始めた頃、軍事会議をしていたオーウェン達の元へ伝令が駆けこんできた。
「報告します!サイファ軍は大きく西へと向きを変え、キャンベル伯爵領へと向かっています」
「何だと?」
報告内容に周囲の騎士たちがざわつく。キャンベル伯爵領は国の北西に位置する辺境領だ。南東にある王都からは一番遠い。
「それじゃあ、王都から遠ざかっちまうぞ」
「それにキャンベル城は難攻不落とまで言われているのに」
「囮じゃないのか?」
ステンに睨まれ、伝令係が震える。
「し、しかし囮にしては数が多すぎるかと…総勢一万五千は超えています」
「こちらの動きが読まれている可能性もあるか」
ステンが顎をさすり、ちらりとユーゴを横目で確認すると、ユーゴはいつも通りの澄ました表情で近寄ってきた。チョコレート色の髪が、今は闇に溶けている。
「キャンベル伯爵領は陸の貿易の要所でもあるし、狙われたとしてもそんなに不自然じゃないよ」
ユーゴの言う事にも一理ある。
けれど嫌な予感がオーウェンの全身を駆け巡った。
もし敵の目的が王都からできるだけ遠くへ騎兵を引き離すことだったら?
確認できていない敵兵が王都へ向かっていたら?
震えそうになる手を握りしめ、頭を横に振った。ベアトリスのことはラースに任せてある。あの男ならばきっと命がけで彼女を守るだろう。
オーウェンは団長たちを集めて作戦を伝えた。
「二手に分かれて王都への道を塞ぎつつ、キャンベル伯爵領へと向かう。城内にいる軍と三手で挟め。敵将は生け捕りが好ましいが、最悪殺しても構わん」
地図を囲んで立つ騎士団長の顔をぐるりと見まわす。その中にはユーゴ、ステン、ロジャー、エイジが混じっている。死がすぐそこにあるのに、戦い慣れた猛者たちからは生気が立ち込めていた。
「団長は俺とポール伯爵が務める」
オーウェンに指名され、ユーゴが少し驚いたように眉を上げた。
「僕?」
「ああ。何か不服でも?」
「とんでもない!光栄です。ご期待に添えるよう尽力いたします」
全員の視線が集まる中、ユーゴは右手を胸に当て笑顔を見せた。手を下ろすと鎧の胸には蜘蛛とポピーの花というポール家の紋章が刻まれている。
明日はこの紋章が入ったオレンジの旗が高々と掲げられるのだ。
ユーゴに付くことになったスノー騎士団の面々は、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
翌朝、日が昇ると同時に慌ただしく準備をし、それぞれ馬に飛び乗った。
「お気をつけて」
ユーゴの軍に入ったロジャーとエイジが、オーウェンに頭を下げ出立した。彼らは下からキャンベル領に向かう。
一方のオーウェンたちは、敵軍の後を追うようにキャンベル領の右側から進軍することになった。
ステンがオレンジの旗を見送りながら、オーウェンの耳元で囁く。
「ユーゴが何か企んでいるようでしたが」
「ああ。だからロジャーとエイジをつけた。あの二人ならば何かあっても大丈夫だ。それより先を急ぐぞ!」
目の前の森を抜け、五日も進めばキャンベル領へ着く。
頼むから、杞憂であってくれ!
胸騒ぎを振り払いながら、前へとひたすらに駆けた。




