42.神への祈り
教会に入るなり、ハーブのような独特の香りがした。目の前には五メートルを超す壮大なステンドグラスの窓が縦に三つ並び、幻想的に騎士を照らす。
戦争が本格的になるのを前に、王と騎士たちが祈りを捧げに来たのだ。
マットはスノー騎士団の面々と横並びに座り、隠れるように欠伸をした。刈り上げた後ろ髪を掻くリズムに合わせ、カールした金髪が揺れる。
静まり返った礼拝堂に聖職者たちのゆったりとした靴音が響いた。その中にはオーウェンの領地にいたフランクリンも含まれている。
『変な正義感や信仰心を持った者より金で動くフランクリンの方が余程いい』とオーウェンが言っていたことを思い出し、確かになと小さく笑った。
マットは教会を出てその足でウノがいる死刑囚がいる塔へと向かう。便宜を図ってくれた王国騎士団の一人に金を渡し、王家の紋章入りの騎士服を受け取った。合同訓練はこういう時に便利だ。
「おい、起きろ」
「最悪。やっと眠れたとこだったのに」
ウノはしかめっ面で上半身を起こし、胡坐をかいた。
「何か用?そんな服着ちゃって。オーウェンにチクるよ」
「別にいい。報告に行くのが面倒だっただけだ」
本来なら死刑囚への面会は許可がいる。
「これを持ってきてやった」
マットが手をグーの形に握りしめて鉄格子の中へと入れると、訝しそうな顔で立ち上がりウノが近づいてくる。
「何だよ」と手のひらを開いて受け取ると、中は教会で買えるネックレスだった。ウノが口元をピクリと動かす。
「馬鹿にしてんのか」
「教会に行ったらくれたんだよ。戦争に向けての加護だとよ」
「いらねーよ」
「お前が一番必要だろ?もうすぐ処刑なんだから」
「神なんて信じてねーよ。持って帰れ」
鉄格子にネックレスをひっかけ、牢の隅へと歩き出す。
マットはその背に本題を切り出した。
「なあ。お前の話、一つ納得できないことがあるんだ」
「お前に納得してもらう必要なんてない」
ウノはマットに足を向け横になった。マットの声音から何か良くないものを感じる。
「そう言うなよ。俺にはお前がどうしても人間を信じるタイプに見えねー。家と食料の為に相手に従うのは分かるが、父親と慕って死後も復讐に付き合うってのは、どうも納得がいかない。お前はそんな純粋なタイプじゃない」
「ハッ。失礼だな。子どもの頃から一緒にいたら情だって沸くさ。俺だって人間だ」
ウノは可笑しそうに顔を歪め、肘枕をしてマットを見据える。
マットは眉一つ動かさずにそれを見返した。
「本当にそう思っていたら、お前はそんなことは言わない。それに嘘を吐く時に、相手から目を逸らさないのもお前の癖だ」
「…………」
「当ててやろうか」
「いらねーよ。眠いんだよ。さっさと帰れ」
肘枕をやめ、膝を丸めて横になった。ミルクティー色の髪で顔が隠される。
会話を一方的に止めたウノに、しゃがみ込んで話し続ける。
「仲間を見捨てて自分だけ助かった罪悪感があるんだろ?だから薬を作り続けた。騎士団に入って金も居場所もできたのに、自由になろうとしなかった。義務に浸ることで罪悪感に向き合うことから逃げたんだ」
うるさい!
吐き気がする。自分の知らない感情が急に体中で暴れ出した。
罪悪感。それはウノが今まで蓋をしてきた感情だった。彼らのことを思い出しそうになる度に何かで逸らしてきた。その内に本当に顔を忘れてしまった。顔も分からない奴らなのに、しきりに脳裏に蘇る。
彼らと向き合うことに無意識の恐怖があった。心が耐えられないことを知っていた。
マットは今、仕舞いこんできた感情を暴こうとしている。
やめろ!やめろ!やめろ!
耳を塞ぎたいのに図星だと告白するようでできない。
「俺も孤児だった。四歳まで孤児院にいて、それから浮浪児になった。劣悪な環境だったが仲間のおかげで何とか生きられた。家族みたいなもんだ。お前もそうだったんだろ?」
違う!うるさい!俺の家族はセージだけだ!
「でも長い間一緒にいると色々ある。俺は綺麗な金髪だから人身売買で何度か仲間に売られそうになった。そんなもんだ。自分の命がかかりゃ何だってやる。生き延びる為なら何だってやっていい」
「……裏切った奴を恨んでないのかよ?」
「恨んでいない。半殺しにしてやったがな」
「恨んでんじゃねーか」
「教育だ。もう一度言うぞ。お前は生きる選択をしただけだ。そもそも孤児に何ができる。一緒に凍死してやるのか?それで感謝するような奴なら忘れちまえ。お前の選択は間違ってない。最優先は自分が生きることだ」
「はは。生きることって。死刑囚に言う台詞かよ」
「まだ時間はあるさ」
「ねーよ」
「まだ生きてるだろうが。今のうちに仲間のことを祈ってやれよ」
マットが動いた拍子にネックレスが揺れた。
「……神なんて信じてない」
「神以外、誰が救えんだよ。小難しい問題なんて神に任せときゃいいんだよ」
「いい加減だな、お前」
「お前が真面目過ぎんだよ。おい、死ぬ前に何か言い残したことがあれば聞いてやるぞ」
これが最後のやり取りになるだろう。
「…お前が嫌いだ」
「ははっ。俺も嫌いだよ。さっさとくたばれ。じゃあな」
ひらりと片手を振りながら、マットは去って行った。
――五日後。
死刑囚が集まる塔に騎士たちが十名、二列に並んでやってきた。暗い廊下に、不気味なほど大きな足音が響き渡る。
オーウェンの時とは違い、囚人たちは誰も野次を飛ばさない。名を呼ばれないよう頭を隠して震えている。
騎士たちは一つの牢の前で立ち止まった。
「ガルゴ!盗賊団の首領で、国中で強奪を繰り返した罪により、本日処刑となる!」
騎士がガルゴの牢の前に立ち、鍵を開ける。
首に大きく蛇のタトゥーが入った男は、座り込んだまま口の端を上げた。騎士に手首を括られ、左右から腕を掴まれ立たされる。牢から出ると鶸色の髪が灯りで透けた。
騎士たちはガルゴを連れたまま、斜め向かいの牢の前で立ち止まる。
「サスラン!盗賊団の副首領。ガルゴと同罪で本日処刑となる!」
「おいおい、適当だな。何だよ、ガルゴと同罪って」
首の後ろをさすりながら、鉄格子越しに文句を言う。首の横に小さく蛇のタトゥーが入っているが、オレンジの髪がそれを隠した。
「俺が首領だからな。二番手なんて適当でいいんだよ」
「縄で縛られた状態で何イキッてんだ」
「私語は慎めっ!」
騎士が乱暴にサスランを牢から連れ出す。
最後に向かったのはウノのところだった。
「ウノ!王太子レオ暗殺への関与、毒薬の作成、薬による陰謀詭計により、本日処刑となる!」
王太子暗殺と聞き、ヒューッとガルゴが口笛を吹く。
「やるじゃねーか」
「黙れ!」
騎士がガルゴの後ろから縄を引いた。別の騎士が鉄格子の扉を開け、ウノを立ち上がらせる。
牢を出る瞬間、ウノは鉄格子に引っ掛かったネックレスにちらりと視線を送った。なぜかそこだけ光って見えた。
ああ、神様。どうかあいつらが救われますように。
死ぬ間際になって本気でそう祈った自分を嗤う。
騎士に怒鳴られても軽口を止めないガルゴとサスランを、ウノは後ろから眺めた。どこか自分とマットを見ているようだ。
ついでに、あいつらが死なないように祈っといてやるか。
ウノは静かに目を閉じた。良い気分だった。
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