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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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22/60

22.領地への帰省

 パーティーに参加したベアトリスとオーウェンは入場を済ますとすぐに離れた。馬車から会話もなく、不貞腐れたオーウェンと一緒にいる時間は地獄だった。


「俺は挨拶に行ってくるから、君もご自由に」


 返事を聞かずベアトリスを背にして歩き出し、向かった先はシャーロットと彼女の兄の元だった。


 田舎の子爵家が参加できるパーティーではないはず。オーウェンが裏から手を回したのね。何てこと…。


 これで貴族の間でもベアトリスとオーウェンの不仲が印象付けられた。好奇の目にはうんざりだ。

 それに彼女の父と兄が頻繁にオーウェンの屋敷を訪れるのは、オーウェンが彼らを養うお金を出しているからだろう。


 宿泊代や移動費だって馬鹿にならないでしょうに。これでは領主として示しがつかないわ。


 頭を押さえて、ため息を吐いた瞬間、横から声を掛けられた。


「ベアトリス」

「カミラ」


 離婚してから増々美しくなったカミラが、腕組をして立っていた。


「あれは一体どういうことなの?あんなに、あなたにベタ惚れだったのに」


 シャーロットにデレデレのオーウェンを扇で指し、眉を顰めた。


 顔だけが自慢だった垢抜けない田舎の子爵令嬢が、今では一流のドレスや宝石を身につけ眩いばかりに輝いている。皆もそれがどういう意味か理解していた。


「女の一人くらいいても問題ないわ。よくあることよ」

「あらあら。だけど節度は弁えさせた方がいいわ。見苦しいもの」


 すれ違いざまに耳打ちし、すぐに去って行った。

 挨拶もそこそこにシャーロットといつまでも話し込むオーウェンは、人目を気にした様子もない。


 …カミラの言う通りね。


 憂鬱な気分で二人の元へと向かう。周囲のことなどお構いなしにベタベタと触れあっている二人は、ベアトリスが目の前に立っても話を止めようとしない。


「オーウェン、そろそろ二人で主催者に挨拶に行きましょう」

「もう一人で行ってきたよ。それで十分だろう」


 グッとシャーロットを引き寄せ、ベアトリスに邪魔だとアピールする。シャーロットは自分を抱くオーウェンを上目づかいで見つめた。


「そうはいかないわ。義務を怠ってまで一緒にいて欲しいと、シャーロット様はそんな器量の狭いことを仰ってはいないでしょう?」


 ベアトリスの視線を受け、シャーロットがビクリと体を震わせオーウェンの服の裾を握る。

 オーウェンが彼女を庇うように抱きしめる手に力を込めた。


「義務だ何だと、君は本当に面白味に欠ける。堅苦しくて支配的で傲慢で、自分の思い通りにしないと気が済まない。それに引き換えシャーロットは優しく思いやりに溢れ慈愛に満ちている。君も見習うべきだ」


「だから何だと言うの?論点のすり替えね。人間性の話なんてどうでもいいわ。自己中心的で幼稚で無責任なあなたに評価されても嬉しくないもの。ねえ、シャーロット様。あなたは今、オーウェンが何をするべきだとお考えになる?」


 口元を引き上げたベアトリスに直視され、シャーロットはキュッと口を結んだ。


「…オーウェン。私の事はいいからご挨拶に行って来て」

「シャーロット。俺たちはもうすぐ結婚式をあげるんだよ?君こそが俺の妻だ。遠慮することなんてない」

「でも…結婚式はもう少し先でしょう?今はベアトリス様が正妻なのだから。だから行ってあげて」


 …結婚式?今は?よくも抜け抜けと!


 ベアトリスは一瞬で血が沸騰する感覚を味わった。


 しかし耐える。ここで醜く怒鳴り散らすなんてできない。

 笑みを貼りつけオーウェンを誘った。


「そうね。それがいいわ。彼女もこう言っていることだし、行きましょう」


 憎々し気にこちらを睨みながらも、大人しくシャーロットから離れたオーウェンにベアトリスが顔を歪めて笑う。


「ふふふ。兄の次は女に無能にされるなんて、あなたって相変わらず情けないのね」


 オーウェンの反応も確認せずすぐに背を向けた。

 窓の外では真っ暗な空にレオの髪と同じ色の月が浮かんでいる。


 オーウェンは歩き出しながら、ベアトリスの言葉に引っ掛かりを覚えていた。


 兄?兄って誰だ?


 何かを思い出しそうで、出てこない。霞がかかったように頭がぼんやりとする。ずっとそんな状態が続いている。


 急に吐き気を覚え、何とか挨拶を済ませて早々に会場を出た。





 ベアトリスは書斎で帳簿を確認し、目を見開く。


「何よ、これ」


 明らかに支出が増えている。ドレス、アクセサリー、靴、バッグ、帽子、小物、部屋の改修費、遊興費、新しい馬車など、今までと桁が違う。


「これ、全部あの子の為に…?」


 握りしめた帳簿がぐしゃぐしゃになり、慌てて手のひらで撫でつける。


 身内だけの結婚式をするというのは本当なのね。ダイヤモンドの指輪の値段は他の宝石を全て足し合わせても届かない程に高額だ。


 なぜだかとても惨めな気分になった。


「お嬢」

「ウノ!どうしたの?ノックくらいしなさいよ」


 ドアに寄りかかるウノに、軽く注意するが聞く様子はない。


「街でも噂になっているよー。あの二人の事」

「そりゃあ、そうでしょうよ。あれだけ堂々と遊びに行っているんだから」

「どうする?あの女、殺しちゃう?」


 いつの間にか真後ろにいたウノが耳元でそう囁いた。


「意味ないわよ。あれだけ執着している人に手を掛けたらオーウェンが黙っていないでしょう。逆に面倒なことになるわ」

「えー、じゃあ黙って見過ごすの?」


 その問いに一瞬、間を空け、流し目でウノを捉えた。


「一番いいのは彼女じゃなく――オーウェンを殺すことよ」


 カーテンを閉め切った暗い部屋に、落ち着いたベアトリスの声が響いた。


「…なるほど」


 オーウェンを事故に見せかけて殺せば寡婦財産が手に入るし、これを機に王家を乗っ取っても良い。

 オーウェンがいなくなれば、どうせ後継ぎはいないのだ。

 オーウェンという後ろ盾をなくせばシャーロットなんて家ごと簡単に潰せる。


「領地の管理放棄を理由に、二人を国外追放してもいいわ。領民を煽ればできるでしょう」

「結構、落ち込んでいるかと思いきや、激怒の方?」


 ウノが軽口を挟む。


「別に。そもそも結婚を白紙に戻したって構わないのよ」

「いやぁ、教会が許可しないでしょ」

「だとしても何とかしないと。今のままでは後継ぎを産めないわ」


 それが一番困る。


「一旦、ジャック様に確認しに戻ったらー?」


 ウノの提案を受け、スノー公爵家の領地へと戻ることにした。




 出発の挨拶をする為にファミリールームに入ると、二人は仲睦まじく紅茶を飲んでいる。二人が使っていたのは、結婚の時にベアトリスとオーウェンがともに工房を訪れ依頼した特別なティーセットだった。

 それを横目で捉えて、素っ気ない挨拶をする。


「暫く城を空けさせてもらうわ。それではね」

「ああ」


 視線はシャーロットに向けたまま、それだけ返って来た。


「ベアトリス様。お気をつけて。お城の事は私がしっかりと管理しておきます!ベアトリス様のようにはできないかもしれませんが…」

「そんなことないよ。シャーロットがいるだけで城が明るくなる。ベアトリス、挨拶が済んだなら出て行ってくれ」

「言われなくとも」


 冷淡な声に促され、ベアトリスはすぐに馬車へと乗り込んだ。後ろには騎士たちが騎乗し待っている。


「悪いわね、ラース。付き合わせてしまって」

「構いません。ベアトリス様がいらっしゃらないのであれば城にいる意味がありませんから。その間、城は第四騎士団に任せます」


 第四騎士団は元々偵察や潜入に特化した部隊なので、オーウェン側に動きがあればすぐに察知できる。


 逃げ帰って来たと叱られないかしら…。



 父の反応が恐い。それでも二人を見続けていられなかった。



 ☆



「ビーちゃん!辛かったでしょう」


 玄関で迎えてくれたアイリスが涙ぐみながらベアトリスを抱きしめた。手紙に事の次第を書いて送っていたので話が早い。


「お姉様。やけ酒なら付き合います」

「それ、あなたが飲みたいだけでしょう」


 グッと親指を立てたイザベラに、ベアトリスもやっと笑えた。



「ベアトリス様。ジャック様がお呼びです」


 メイドの案内で応接室へと入ると、同席していたステンが、ひらひらと手を振ってくる。


「ステン?どうしたの?」

「実は、興味深い話を耳に挟みましてね」


 お茶の用意を整え、メイドが退出するのを確認してからステンが声を潜めた。


「貴族の間で、ある薬の噂が出回っているんです」

「薬?」

「ええ。惚れ薬です」

「は…?惚れ薬?」


 毒薬を想像していたベアトリスは、間抜けな顔でステンを凝視する。


「面白いのが、愛する人がいる人間にだけ効くってところで、薬によって愛情の矛先を変えるんだとか」

「矛先を…?」


 ハッと顔を上げたベアトリスに、ステンが頷く。


「そう。オーウェン様も恐らく薬を飲まされたんでしょう」

「薬…。オーウェンはモリーナ様の婚約パーティーで突然倒れたの。きっとその時だわ!」


 オーウェンの突然の心変わりは薬のせいと知り、胸がざわつきが少し治まるのを感じた。


「犯人はシャーロット嬢とその周辺の人物には違いない。しかし、問題はこの薬が高価でとてもメイラー子爵には買えないということだ」


 ジャックが懐から取り出したのは、無色の液体が入った小瓶。ことり、とそれをテーブルに置き、腕を組んだ。


「ざっと上位貴族の年収の二年分はする」

「お父様。そんなもの、どうやって手に入れたのです?」


 すでに現物を入手しているジャックを唖然として眺める。


「私の息のかかった人間を問い詰めたところ、一人だけ所持している者がいた。妻にバレて使えなかったというので安く買い取ったのだ」

「女性陣の耳の速さには恐れ入りますよ。王都を中心に惚れ薬の存在は結構知られているみたいです。あるいは貴重な薬の存在を意図的にリークしているか」

「そうなのね。領地に籠っていたから全然知らなかったわ」

「その男によると、パーティーでたまたま知り合った男に思い人の存在を打ち明けたところ、気晴らしに仮面舞踏会に招待されたらしい」

「仮面舞踏会…?」


 ベアトリスが胡散臭そうに顔を顰めた。


「ああ。屋敷には他に三十名程がいて、途中までは実際の仮面舞踏会と同じ流れだったのが、急に主催者が惚れ薬の話をしだした。選ばれた人だけが今だけ買えるというのが謳い文句で、高額商品にも関わらず場の雰囲気に流されて購入者が殺到したとか」

「大半はサクラでしょうがね」


 呆れ笑いするステンに、ジャックが真顔で同意する。


「だろうな。ターゲットが何人いたのかは分かっていない。その屋敷は所有者が売りに出したばかりだった」


 ジャックが冷めた紅茶を口にする。ベアトリスもつられて口を潤した。


「シャーロット様の父親が借金をして薬を手に入れたということはないのですか?」

「その形跡がない。兄についても同様だ。つまり、大金を叩いて買った薬をメイラー子爵にあげてまで、お前とオーウェンを別れさせたい者がいる、ということだ。もしくは薬を作った本人に渡された可能性もあるが。いずれにせよ、シャーロット嬢は利用されたのだろう」



 ジャックの言葉が重く胸に沈み、寒くなった心を誤魔化すようにカップを握りしめた。



現代とは常識、倫理観などが異なるところがございます。

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