母の言葉
ロナルドの攻撃は止まらず追い討ちをかける。
突如、転生前の記憶がフラッシュバックする。母親がまだ生きている頃だ。狭ぇ台所でトントンと調理する後ろ姿が目に浮かぶ。
優しい声色で語りかける。
「セン、料理はね。下処理が大事なの。例えばね…。」
何故、こんな時に母の言葉を思い出しのだろう。このシーンを思い出した事に意味がある、この場を切り開くヒントがあるはずだ。
「肉を柔らかくするには…か。」
センに笑いが溢れる。
「肉を柔らかくするには肉叩き、筋切り他にもいろいろあるって言ってたな。」
肉叩き。つまりは物理的殴打。これに関しては先ほどから散々行ってはいるが効果は薄そうだ。
「なら海のもんだし柵切りにでもしてみっか。」
切ると言う行為、刃物がない現状は難しい。だがこの世界でならそれに似た現象を起こせるかもしれない。
センは手刀の構えを取る。この世界に来てからの身体能力ならば恐らく手を振り抜けば切断することが出来ると踏んだ。
「待たせたな。調理の時間だ。」
「折角だ、これにも渡世名をつけるとするか。そうだな、飛龍剣。」
そう言うと手刀を振り下ろす。
振り下ろされた手刀に恐ろしいまでに命の危機を感じたロナルドは咄嗟に避ける。
「よけたな?」
一間を置いて避けたはずのロナルドに裂傷が走る。見た目は派手に血飛沫を上げたが薄皮一枚で致命傷ではない。
だがこれで明確に命に届きうる術をセンを手にした事をロナルドは察してしまった。
冷や汗をかきながらロナルドは狼狽する。
「くそくそくそくそっ!俺は!オレは!!!こんなとこで負ける訳にはいかねぇんだ!!!」
そう叫ぶとロナルドは懐からアンプルを取り出し腕に打ち込む。
アンプルを打ち込むとロナルドは白目を剥き、ガクガクと震え始める。そして肉が膨張し始め骨格もみるみると変化していく。
観客が響めく。
闘技場の職員たちにも緊張が走る。
「あれは…まさか"魔薬"!?」
そこには鯨偶蹄目のような巨大な二足歩行の怪物が立っていた。
"鯨装受衣"、海の王降臨す。




