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これって悪なのかしら?

作者: 高瀬あずみ

勢いだけで書きました。


 どうやら悪役令嬢とやらに転生したらしい。


 どこかの小説投稿サイトでなら何百回もみた展開であっても、いざ自分に降りかかってくると、少しの気分の高揚と多大な憂鬱に襲われるものだと知った。


 悪役令嬢だ! 悪役令嬢かぁ。

 家柄・財産・美貌がハイスペックだと証明された存在。

 その代償として、ヒロインを虐め、最終的に断罪される身の上。

 それが面倒でなくて何だと言うのか。


 例によって例の如くで申し訳ないが、私が悪役令嬢に転生したと気付いたのは、貴族の子女が通う学園の入学式。学園長の長い挨拶を聞き流しながらさりげなく窓の外を見ていると、ひとり遅れたらしい女子生徒が、生徒会役員でもある第二王子殿下に付き添われて、入学式の行われているこの講堂に向かって歩いて来ていた。

 彼女の姿を見た瞬間。ああ、ヒロインだ、と思ってしまった。


 髪がピンクだというのは、記号として大変分かりやすい。自己紹介も必要とせずに「あたしがヒロインです」って言っているようなものだ。それに引きずられるように前世の記憶が蘇った。


 乙女ゲームはやっていなかったから、ゲーム世界だと困る。まったく知らないから。だからと言って小説の世界であっても、それこそ何百も読んでいたので、該当作品が分からない。

 ここはテンプレ共通項を頭に置いて対処せねばならないだろう。


 そう、対処。私には既に幼い頃からの婚約者がおり、その相手というのが宰相の息子なのだ。それも眼鏡の。絶対、インテリ眼鏡枠の攻略対象だろう。特定個人のルートか逆ハールートか、ヒロインがどちらを選ぶかはまだ分からないが、婚約者を選ばれたら私は詰む。


 高位の貴族令嬢として生まれ、相応しくあるよう育てられた。家の為に政略での婚姻を受け入れて、死ぬまで貴族社会で生きていくのだ。断罪されての婚約破棄も、相手有責での婚約解消も。どちらであっても私の傷にしかならない。私の価値は暴落し、好条件での新たな婚約を結ぶどころか、老いた(やもめ)の後妻か修道院行きになってしまう。例え私が悪くなくとも。

 家も婚約者も捨てて出奔したところで、身分も保証もない若い女が、前世の感覚のまま自由だとはしゃいだところで、一人で生きていけるような甘い世界ではないのだ。落ちたら、あとは底まで落ちるだけ。


 ならば、今のうちに手を打つしかないではないか。


 幸い、本日は入学式のみで早く終わる。

 私は式の後、急いで帰宅した。きっと今頃ヒロインは各攻略対象との出会いイベントを熟しているだろう。だが今ならまだ、出会ったばかり。好感度とて初日から上がるまい。私は家令を呼んでいくつかの指示を行ってから、ようやく息をついたのだった。きっとこれからしばらくが勝負だ。






 一ヶ月後。ヒロインは学園を去った。


 言っておくが、一切のいじめは行っていない。

 ヒロインがヒロインらしく振る舞って、攻略対象者たちと知り合い、少しは話すようになったかな、くらいの初期状態。知人か顔見知り程度の関係だ。現実は巻きが入ったりしないし、原作の物語が終わるのはおそらく二年後だから、このペースで十分だったのだろう。二年と予想したのは攻略対象らしき存在の半数以上が一歳年上で、学園の在学期間が三年間だからだ。

 今の状態ではまだ悪役令嬢の出番はない。顔見せ程度の注意があるかないかだろう。何せヒロイン、走る。転ぶ。貴族令嬢ならばありえないことだから、それは注意だってされる。


 私はその注意すらせずに、ヒロインとは一切関わらなかった。



 私が関わったのは彼女の父親の方だ。

 家令経由で調べさせたのは彼女がどこの誰で、どんな家なのかである。それを踏まえて人と金を動かした。

 商家から身を起こして男爵位を得たばかりの父親は、資産状況は悪くなく、かつ野心家らしい。だから人を介してある国の大使との縁を繋がせた。


 その国は国土は狭いが豊かな土地で、そして独特の宗教を信仰している。別に邪教と言うわけでもないのだが、他国では崇められていない神を祀っており、国民は熱心な信者が主だった。概ね信心深い善人が多い土地である。そのせいか他国と交渉する力が弱く、貿易では損をする場面が多かった。そのために、各国に人を遣わして優秀な商人や外交官になりうる人物を招聘するべく動いていたのだ。いわゆるヘッドハンティング。


 大使を紹介する人物には、男爵にこう囁かせた。

「この国にいる限り、どれほど才があったところで上の層が厚すぎます。そして下手に目立てば消されてしまう。上位貴族の理不尽さに泣かされて、その才を発揮することが難しい。かの国は住みやすいと聞きます。自力で男爵位を得たあなたのような方であれば、国の中枢にすら手が届くことでしょう」


 早い話、鶏口牛後のお勧めである。大使もまた誠実な人柄で、大いに男爵を買ってくれたため、男爵はかの国への移住を早々に決めたのだった。

 ただかの国では、家族の絆を非常に大切にしており、お迎えするのであればご家族全員で、が条件のようなもの。幸い、子供は娘ひとりで婚約者もいない。学園も入学したてで、あちらの学校に転校すれば良いとなって。であれば、早い方が良いと、とんとん拍子に話が進み。ヒロインは退学させられて有無を言う間もなく、かの国へと連れて行かれてしまった。


 これが彼女が攻略対象たちとの仲を深めた後であれば、王子なり高位貴族の子息なりの力に頼って、国に残ることもできたかもしれない。だが現状が知人程度であるならば、彼らとて動いてくれるわけもなく。そうなれば、一家の柱である父親に娘は従うしかないのだ。



 そうそう、彼女はきっと知らない。

 かの国に移住するには改宗が必須だ。そしてその教えは信仰が異なる相手との婚姻を決して認めてはいない。無理に結ばれようとすると大罪の扱いになることを。だから戻って再び攻略対象に近づく道は断たれたのだと。



 なんにせよ、誰も傷つかずに八方丸く収まったように思う。

 我が国は人材も豊富で層も厚い。成り上がりの男爵一家が国を離れたところで、痛くも痒くもない。

 ヒロインが去ったことで、私の学園生活は平穏が約束されて、婚約者は攻略もされずに済んだ。あのまま彼女を放置していれば、誰を選ぼうとも貴族社会をかき回し、不幸な人間を増やすだけだっただろう。筆頭公爵家の令嬢を婚約者にしている第二王子を選ばれでもすれば、下手したら内乱騒ぎまで引き起こすことになったかもしれないのだ。





 私は庭に設えた東屋で、婚約者との定例のお茶会中。

 害虫駆除後の清々しい環境で飲む紅茶の美味しいこと。


 私が入学して前世を思い出すまでは、お互いに積極的に交流することはなく、関係も義務的なものだった。

 だが今、彼が私に向ける視線は穏やかで、親しみと熱のこもったものになっている。


 入学式後に調べさせたのはヒロインの家のことと、もうひとつ。婚約者個人についてだった。

 この手の話の攻略対象となれば、ヒロイン・セラピーを必要とするトラウマ持ちと踏んだのだ。

 大当たりだった。彼には亡くなった優秀な兄がおり、今でも家族や周囲に比較され傷ついているという。

 そこで私は学園入学を機にもっと親しくなりたいと、積極的に彼と関わり、前世の秘儀『さしすせそ』で彼を攻略したのだった。勉強を教えてくれという口実で。


「まあ、とても分かりやすく教えて頂いて。()()()ですわね」

「こんな考え方があるとは()()()()()()()()わ」

「わたくしが()()だと思うのは、あなただけですのよ」

「いつもわたくしに勧めてくださるご本が()()()()()()()

()()()()()()()()。もっとあなたのお話が聞きたいのですわ」


 これを色々なシチュエーションで応用しただけ。本来の自分のキャラではないから最初は疲れたが、慣れると楽しくなってきて、段々と半ば本気で口にするようになり。そうなると相手だって心を開いて寄り添ってくれるようになっていった。


「私のことを分かってくれるのは君だけだ。ずっと側にいて欲しい。誰にも渡したくない」

 なんて言葉まであちらから囁かれて、思わずこちらも陥落。

 トラウマ? 会ったこともない方よりあなたが大事、と繰り返すうちに解消していた模様。死んでしまっている相手がどれほど優秀だったとしても、私には関係のないことだから。




 ありがとうヒロイン。あなたが現れて前世を思い出さなければ、婚約が無事に続いても、冷たい仮面夫婦な未来しかなかったかもしれないけれど。この調子だと愛ある家庭を築けそう。

 だから、遠い国でならば幸せになってくれてもいい。


 あなた(ヒロイン)は私の所業を知れば、悪役令嬢らしいと感じるのかしらね?


 おまけ。『これって夢なのかしら?』(ヒロインver.)注:完全ヒロイン視点のため、言葉が重複していたり表現が浅いのは故意です。故意……のはず。本文じゃないので、行間をあまり開けていません。読みにくかったらすみません。


         ◇◆◇


 〇月×日


 今日は入学式。貴族ばっかりの学園に通う事になった。

 パパが半年前に男爵様になってしまって、だからあたしも貴族のお嬢様になっちゃった。家庭教師が付けられてマナーだルールだ貴族名鑑だとか、もう毎日大変。覚えられるわけないじゃない。

 でも、貴族の子供なら通わないといけない学園とかに行かないといけないんだって。それで、あたしの状態じゃ厳しいから、十五歳から通う学園だけど、来年からにしましょう、って家庭教師は言うのよ? そんなの嫌よ。周り中が年下とか恥ずかしいもん。だからパパにお願いして、同じ歳の子たちと一緒に入学させてもらうことになったの。


 学園はものっすごく広くて。どの建物もお城みたいで。お庭もきれいで、つい入学式の前だって分かってたけど、ふらふら~って、お花見にいっちゃった。お花がきれいで和むね。花輪とか作ってもいいかな?

 はっと気が付いたら時間が経ってたみたい。ここはどこ、今は何時!? 混乱して半泣きになっていたら。

「新入生? 迷子かな?」

 顔を上げたら、そこには王子様がいた。たとえじゃなくって本物だって聞いてびっくりしたけど、きらきらしていてとても素敵なひと。金色の髪がはちみつみたいで、目は宝石みたいに青いの。一学年上で生徒会に入ってるんだって。今まで同年代の男子って馬鹿しかいなかったのに、同じ男とは思えないくらい紳士でしっかりしてて。何してても絵になる。入学式をしている講堂まで連れていってもらったわ。夢みたいだった。王子様とお話、しちゃったよー! 今度、名前で呼んでいいか聞いてみよう。


 途中から参加したせいか、すぐに終わってしまった入学式。明日からクラスに分かれてのお勉強が始まるんだって。家庭教師にこのままでは授業にも付いていけませんと何度も言われていたことを思い出して、さすがのあたしも憂鬱になる。ちょっとでも勉強しとこうかな、ってことで図書館に。

 迷路だった。本の迷路。そこにあるだけで、圧し掛かって来られそう。でもって、あたしのこと、やつらが馬鹿にしてる感じがして、立っていられなくなった。

「どうした。気分が悪いのか」

 床に座り込んでしまったあたしに声をかけてくれたのは、王子様が太陽なら、月みたいなひと。夜空みたいな髪の、眼鏡をかけた、すごく頭の良さそうな男の人。美人さんだ! その人は図書館の人を呼んできてくれて、さっさと迷路の奥にいってしまった。照れ屋さんなのかな。でも絶対優しいひとだよね。あんなきれいな人にお勉強教えてもらえたりしたら、すごく覚えられそうな気がする。


 少し休ませてもらったあとに、お勉強は家ですることにして帰ろうと思ったの。でも来る時はパパが門まで家の馬車で送ってくれたけど、帰りは辻馬車でって言われてたんだった。でも家までそんなに遠くないから、もう歩いちゃえばいいよね? 

 で、歩き出したんだけど。道を間違ったみたいで、変なとこに出ちゃった。いかにもな柄の悪そうな男たちが、こっちをニヤニヤ見ていて。気持ち悪いから走って逃げようとしたんだけど、あっさり捕まってしまって、どこかへ連れて行かれそうになったの。怖いし掴まれた手は痛いし、ぽろぽろ涙が出てくる。助けて、って声を上げても誰も知らん顔。うるさいからって手で口をふさがれてしまった。

「おい、その子をどうするつもりだ。うちの制服だから貴族だぞ。貴族の娘を拐わかそうとして、ただで済むと思うなよ?」

 赤毛の背の高い人だった。学園の制服を着ているのは分かったけれど、腰に差していた剣を抜いて、男たちを追い払ってくれた。無事か? って聞かれたから頷いたら、にかっと笑ってくれて、怖いかと思ってたのに人懐っこいわんこみたいだって思った。で、貴族の子は今みたいに誘拐されたりする危険があるから馬車を使うんだ、ってちょっと怒られた。でもその後、家まで送ってくれたから、やっぱり優しい。


 今日は色々あった。疲れてお勉強はもう諦めてベッドに入ったけど、素敵な人と三人も会っちゃった! どうしよう。助けてもらったお礼、しないといけないよね。早起きして、パパ絶賛の得意のクッキー焼いてプレゼントしたらいいかな? 喜んでくれるといいなー。仲良くなれるといいな。でもって、三人のうち誰かが、あたしの王子様になってくれたりしたら。そしたら、きっと。夢みたいな毎日が送れるんだ。


(おわり)

         ◇◆◇


感想でヒロイン視点で本物かどうか分かった方がよい、と書いていただいたので、本文にねじ込むのは無理だったので、後書きに入学式の日の日記、を書いてみました。

天然・現地もの・お花畑ヒロインだったようです……。書きながら「アウトーっ」と何度も叫んでました。残念ながら三人までしか登場させられなかったのですが、あと一人同学年にショタ枠の魔法使いがいます。きっとこいつにクッキー奪い取られるんだぜ。


ちなみに主人公の婚約者は公爵家。わんこ騎士は伯爵家。魔法使いが侯爵家。

こんなに悪役令嬢が好きなのに、ちゃんと書いたことがないと気付いてしまったので書いてみました。

そして積極的に処さなくても、結果が良ければと。

かの国の名前はルメルシエというかもしれないし、違うかもしれない。

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>>かの国の名前はルメルシエというかもしれないし、違うかもしれない ルル(メ)シエ 南緯47度9分、西経126度43分にあるやつですかね……(震え声)
主人公は本当に悪役令嬢だったのだろうか。前世の記憶と自らの現状とピンク髪の影響でそう思い込んで、積極的にピンク髪排除に動いたような。そしてタイトル回収。
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