隠し味
とてつもなく不味い。
それは謎の料理だった。見た目はカレー。だが、謎の甘味と苦味がある。
私は、受け取った一口分さえ、食べきれなかった。
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♪ポロンロン♪
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美味しい夕飯を作るから早く帰ってきなさい。
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父から来たメッセージに、珍しいこともあるもんだなぁと思った。家で父が料理をしているのなんて、見た記憶がない。包丁を使っている記憶を思い出してみれば、ツマミのサラミを薄く切っているのと、自分で食べる分の果物を剥いているのくらいなのだ。
「誰から?」
横にいた友人が、画面を覗かないように注意しながら聞いてきた。
「なんか、父から。夕飯作るんだって」
「へえ、お父さんが夕飯作るんだ」
「いや、初めてだと思うよ。美味しい夕飯って何かなぁ?」
「美味しいの?」
「自己申告が」
私は画面ごと見せた。友人は笑いながらその画面を見ていた。
「美味しい夕飯で子供の帰宅を促すのか。良い父だなぁ。明日、感想教えてね」
「本当に美味しかったら、教えるよ」
駅で分かれ、家まで歩き、たどり着いた我が家の玄関の戸を開けると、カレーのような匂いがする。
カレーなら、そうそう失敗もしないだろうし、安心だ。
「ただいまー」
「おう、お帰り。もうすぐ出来上がるぞー」
父がキッチンから答えていた。
「あ、うん。母さんは?」
「なんか、出掛けた。夕飯前には帰ってくるらしい」
「そうなんだ」
キッチンに行くと、流しには、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎの皮が散乱し、調理台には、肉が入っていたであろうトレーや、カレーのルーの箱が置き去りになっている。
「母さん帰ってくる前に、流しの中、片付けた方が良いよ」
「まあ、そうだな」
私も少し手伝って、ゴミや余分なものを片付けた。
「良し、出来た! 味見してみろ」
「え、うん」
小皿に少し渡された。
カレーの味見なんて、必要かなぁ? 誰が作ったって、市販のルーを使ったら、それなりのものが出来上がると思うんだけどなあ? そう思いながらも、小皿のカレーを味見してみた。
んん!?
何か、変な味。取り敢えず、これはカレーではない。
「旨いか?」
「いや、これ、何? 父さん何入れたの?」
「市販のカレーを旨くする方法ってのをテレビでやってて、その通りに作ったぞ?」
そこでやっと父は味見をしていた。
えー、私は実験台だったの?
「市販のルーに、隠し味で蜂蜜を大匙一杯入れると、旨くなるって言ってたんだよ」
「そう言うレベルの話じゃない味だよ」
そこで、私は少し前の事を思い出していた。片付けをしたとき、軽くなった蜂蜜の容器があったことを。あの蜂蜜は、たしか一昨日買ったばかりの、封を開けていなかったものだ。その蜂蜜が軽いって、どう言うことだろう?
「ねえ、父さん、蜂蜜に使った大匙はどれ?」
「大匙って、これの事だろ?」
父が指し示したのは、カレーに入っているお玉だった。
「それは、お玉! 大匙は、これだよ!」
私は、キッチンカウンターから計量スプーンを取り出し、15mlの大匙を見せた。
「そんなに小さい匙なのか」
「その、父さんの言う大匙に、蜂蜜一杯入れたの?」
「一杯で旨くなるなら、たくさん入れたらさらに旨くなるだろ?」
私は絶望した。やはり、あの蜂蜜の減り具合、全てがこのカレーモドキに入っているらしい。蜂蜜は、1kg入りで、半分以上使ってあった。なんとも表現し難い甘苦い味の正体は、大量の蜂蜜だったのだ。
「ごめん、私はそれ、食べるの無理」
隠し味なら、是非隠しておいて欲しい。