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Jacqueline(age9) 03

ジャクリーンがハモンド公爵令嬢となってから3年たった9歳の夏、リーアが亡くなった。


『マグマが海水に漏れ出ると爆発が起きる』


第一王子の婚約者候補として王城で高度な教育を受けているジャクリーンですら初耳のこの知識は、ジャクリーンの憧れの女性の訃報とともに得ることができた。


ハモンド公爵家の領地ハモンド領には国内外への中継港として栄えているハモンド港があり、そのハモンド港を麓に、国で2番目に高い山がある。その山が約500年ぶりに噴火した。


山のすぐ麓にある海に流れ出たマグマが原因で海上で大小無数の爆発が起き、港と付近の航路にいたの全ての船を沈めてしまった。ハモンド公爵領の特産物を乗せた船、ピアース領の特産物とピアース侯爵夫妻を乗せた船、そして踊り子の仕事のためにリーアが乗っていた豪華客船など、全ての船が海底へ沈み、マグマのせいで1人の生存者もいなかった。


ハモンド公爵家では、古い文献に記載されていただけの約500年前にあった噴火がまた起こるなどとは予想だにしていなかった。ハモンド港を始めマグマが流れ出た所は全焼、地響きによる倒壊、火山灰による農作物の被害と領民への健康被害。充分にしていたはずの冷害や土砂災害への備えだけでは知識も備蓄も足りない。この火山の噴火により被災したハモンド領を立て直すため、ハモンド公爵家は莫大な資金を消費した。


第一王子エルドレッドと第二王子クリストファーのどちらが立太子するか決まっていないために、ジャクリーンは表向きエルドレッドの婚約者候補となり、立太子した王子と正式に婚約することになっている。王家とこんな約束を結べたほどに権力を誇っていたハモンド公爵家は、この火山の噴火によって大きく私財を減らし、急速に勢力を落としている。


ジャクリーンはわずか9歳にして”栄枯盛衰”という言葉の意味を実感した。


評判の良くないエルドレッドの婚約者候補な上に、父方の祖母と母の家格が低く、ハモンド公爵家の力が落ちたことで中途半端な立場にいる、今のジャクリーンが令嬢達を統率することは難しい。それでも、ハモンド公爵からは令嬢達の掌握を維持するためにお茶会の主催を強いられる。


せめて自分とは違い侮れることがないメリッサに手助けして欲しいと思っても叶わない。メリッサへそれとなくお願いしても、ジャクリーンの状況に気づいていないのか、気づいている上で興味がないのか、メリッサは今まで通り最低限の社交にしか参加しない。

ジャクリーンは同じ王族の婚約者候補としてメリッサと仲良くしつつも、正統な公爵令嬢ということに胡座をかきぬるま湯に浸かっているメリッサのことを密かに苦手に感じるようになっていった。


この火山の噴火の後、亡くなったピアース侯爵夫妻の一人娘キャロラインが同年代の令嬢が参加するお茶会から姿を消した。新しくピアース侯爵となった叔父夫妻からキャロラインが冷遇されているという噂は真実のようだ。


そして、噴火から数ヶ月経った秋頃、ジャクリーンが主催したお茶会の会場、赤・白・ピンクと色取り取りのダリアが咲き誇るハモンド公爵家の庭に、そのダリアを霞ませるほどの美貌を携えたミア・レノン伯爵令嬢が現れた。


ジャクリーンの実父レノン伯爵は愛人リーアの死後すぐに庶子のミアを引き取り養子縁組した。それはミア可愛さが理由ではなく、ジャクリーンの元婚約者候補のトリスタン・ケンブル侯爵令息と婚約させるためだろう。

ハモンド公爵の異母弟のレノン伯爵もハモンド公爵家の分家として勢力を落としている。ケンブル侯爵家は医療や薬師を多く輩出している裕福な家で、王妃の実家として権力も持ち合わせているのだ。


「ジャクリーン様、私はミア・レノンと申します。レノン伯爵令嬢として恥ずかしくないように努力しております。よろしくお願い申し上げます」


3年ぶりのミアは、艶やかな黒髪にパッチリと大きなピンク色の瞳で、凛とした立ち姿がリーアを思い出させる12歳の美少女になっていた。ミアは覚えたてのカーテシーをしながら主催のジャクリーンへ挨拶をしているが、ぎこちない所作にも関わらず周囲の目を惹きつけていて、そんなところもリーアに似ている。


「ミア!久しぶりに会えてとても嬉しいわ!」


ハモンド公爵令嬢とレノン伯爵令嬢ではあるが、実際はジャクリーンとミアが異母姉妹だと皆わかっている。血が繋がっているのだから仲良くしても問題ないだろうと、ジャクリーンはミアに会えた喜びを隠さなかった。


「……申し訳ございません。ジャクリーン様と私は以前会ったことがあるのですか?」


それなのに、ミアは高位貴族令嬢に対する畏まった態度でジャクリーンとの思い出を否定した。


ジャクリーンはミアの返事とそっけない態度に涙ぐみそうになり、必死で涙をこらえる。常に冷静に、感情を読み取られることがないようにと教育されたおかげで周囲の人にその動揺を悟られることはなかったはずだ。


ミアは幼い頃に数回遊んだだけのジャクリーンのことなど覚えていないのか、年下なのにミアより高位のジャクリーンのことを煩わしいと思って初対面を装ったのか、レノン伯爵から仲良くするなと言われているのか、頭の中でグルグルと理由を考えるが、分からない。


貴族令嬢になったミアが将来王妃になる予定の異母妹を突き放す理由は分からないが、ミアがジャクリーンを“リーンちゃん”と呼ぶことも、優しく頭を撫でてくれることも、踊りを教えてくれることも、お揃いのピンクの瞳で見つめ合うことすらしてくれないことだけは分かる。


本当は、リーアのような踊り子になりたいと言っていたミアが将来ケンブル侯爵夫人になることを納得しているのか、貴族の権力を盾にレノン伯爵から無理強いされ嫌々貴族令嬢をしているのではないかと問い正したい。


思い出の中の天真爛漫なミアと同じ人物とは思えないほど貴族令嬢らしく、ジャクリーンと適切な距離を置いて接するミアに、ジャクリーンは裏切られたような気持ちになり、リーアだけでなくジャクリーンが好きだったミアまで居なくなったのだと悟った。


この時、まるで初めてジャクリーンに会ったかのような返事をしたミアについて、ジャクリーンはもっと疑問を持つべきだった。そうすればジャクリーンはリーアとミアの身代わりのようにしてアメリアへ傾倒することはなかったかもしれない。全てが片付いた時、ジャクリーンはミアと再会したこのお茶会のことを思い出し後悔したが、同時に、ミアとジャクリーンの距離があったおかげであのアメリアの魔の手がミアに及ぶことはなかったことにも気付いた。

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