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Jacqueline(age6) 02

第一王子エルドレッドと第二王子クリストファーはどちらが立太子するか決まっていないため、ジャクリーンは立太子した王子と正式に婚約することになり、表向きは第一王子エルドレッドの婚約者候補となった。婚約者候補に決まってから初めての顔合わせ、エルドレッドは隠すことなくジャクリーンへ不満を言った。


「下賎な血が混ざった紛い物か……。父親は前ハモンド公爵の庶子、母親は子爵家出身、そんなお前で良いなら侯爵令嬢のキャロラインでも良かったはずなのにな」


ジャクリーンはハモンド公爵夫人や公爵夫人に阿る侍女から“紛い物”、“偽物”、“もどき”と呼ばれていることは知っていた。同じようにエルドレッドもジャクリーンのことを“紛い物”と思っているようだ。8歳とはいえ王族のエルドレッドから“下賎な血”という下級貴族を蔑むような言葉が出たことにも驚き、エルドレッドの将来性とこれから仲良くなれるかについて不安になる。


ジャクリーンはハモンド公爵からエルドレッドの靴を舐めてでも気に入られてこいと言われている。このまま公爵家へ帰ったら、教育係からの鞭打ちは必至だ。


ハモンド公爵家に養子入りしてからの数ヶ月、ジャクリーンは厳しく礼儀作法や知識や技能を学ばされ、同年代の令嬢とのお茶会も主催させられた。キャロラインもそのお茶会に参加していたため、どんな令嬢か知っている。キャロライン・ピアース侯爵令嬢はふわふわとした金髪で緑色の大きな垂れ目が可愛い、見るからに家族から愛されているとわかる、甘え上手で泣き虫な令嬢だった。


運良くエルドレッドがキャロラインの名前を出してくれたので助かった。どうせ今のジャクリーンは亡くなった従姉妹の“紛い物”なのだ。エルドレッドが婚約したかったキャロラインの“紛い物”にだってなれる。


幸い、ジャクリーンは可愛らしい部類の容姿をしている。金髪ではなく地味なオリーブ色の髪なのは失点だがキャロラインと同じように緩やかに波打っているし、ピンク色の瞳は女の子らしさを演出でき、同年代の中でも小柄なおかげで弱々しく頼りないように見せることができる。

ジャクリーンは悲しいことを思い浮かべた。もうリーアとミアに会いに行くことができない事実を思い出すだけで良いから簡単だ。


「申し訳ございません。……っ先生に感情を見せてはダメって言われてるのにっ。グスッ、ごめんなさい。ここで泣いたことは内緒にしてください。これからは、えるどれっど殿下にふさわしくなるように頑張ります」


ジャクリーンはなるべく憐れに見えるように意識して頬に涙の雫を零し、わざと舌ったらずにエルドレッドの名を呼び、潤んだピンクの瞳を上目遣いでエルドレッドに向けた。


「君にはどうすることもできない事を言った私が悪かった。……泣かないでくれ。ジャクリーン」


エルドレッドはジャクリーンの名を呼び、自らの手でジャクリーンの頬へハンカチを当てた。ジャクリーンはなるべく弱々しく見えるように微笑んでハンカチの礼を言いながら、これでエルドレッドの靴を舐める必要も、ハモンド公爵家で折檻されることもなくなったと内心胸をなでおろした。


それからは、ほぼ毎日王城へ通い王族と結婚するための教育を受け、帰宅前にエルドレッドとお茶会をするようになった。エルドレッドの機嫌を損ねないように注意を払いながら可愛らしく弱々しい令嬢が頑張っている姿を演じ、時には周囲の使用人の目を盗んで大胆に甘え、そして、必死にエルドレッドの良いところを探す日々だった。


エルドレッドの良いところは顔が美しい事と、リーアやミアと同じ黒髪な事しか見つからない。それでも、貴族令嬢として家の駒としての生き方しか出来ないジャクリーンは、せめてエルドレッドと愛し愛されるような関係を結びたいと願い、必死に努力してエルドレッドとの良好な関係を維持していた。あの日リーアに言った踊り子になる夢は寝る前に妄想するだけの夢物語になってしまった。


エルドレッドはジャクリーンの事を気に入ってはいるが、下賎な血が流れているからと下目に見て馬鹿にしている事が言葉の端々から分かる。実際にエルドレッドは王族でジャクリーンは下級貴族の血筋なのだからと、気にしてはいけないとジャクリーンは自分を諌めていたが、同じように上から目線で小馬鹿にするような扱いをされた側近候補達の中には我慢できずにエルドレッドから離れていく人が出てきた。


王族という誰よりも権力を持つ立場にも関わらず独善的で気分屋なエルドレッドは、9歳、10歳と成長していっても直らないその気性に段々と周囲から見放されていく。そうなると第二王子クリストファーが支持されそうなものだが、クリストファーは“クリストファーよりエルドレッドの方がマシ”と評価されているような有様だ。王子2人を見限り王弟殿下を支持する者が増えていることは知っているが、ただの駒のジャクリーンにはどうすることもできない。


段々と少なくなっていくエルドレッドの側近候補の中で、パトリック・ジョンストン公爵令息だけがエルドレッドと上手に接している。ただし、よく観察すればパトリックはエルドレッドに対しておざなりに接しているだけだと分かる。パトリックの妹でクリストファーの婚約者候補のメリッサ・ジョンストン公爵令嬢もそんなパトリックと良く似ている。


ジャクリーンと同じように王城へ通い王子妃教育を受けているメリッサは真面目に勉強をしているものの、どこか心ここにあらずで緊張感や真剣さがなく、社交が苦手なことを理由に年に数回のお茶会と誕生会しか主催しない。頻繁にお茶会を開いているジャクリーンが招待しようとしても、何かと理由を付けて断られていた。ただの公爵令嬢なら構わないが王子の婚約者候補としてはギリギリ、最低限だ。


ジャクリーンとジョンストン兄妹の家格は同じ公爵。でも、正しく高位貴族の血が流れている由緒正しい出自のジョンストン兄妹は、親に捨てられ養子に出されたり教育係に鞭で打たれたり周りの令嬢や使用人から裏で“紛い物”と言われることはない。


彼らとジャクリーンとは違うのだ。

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