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Mia(age12) 04

「ジャクリーン様、私はミア・レノンと申します。レノン伯爵令嬢として恥ずかしくないように努力しております。よろしくお願い申し上げます」


ハモンド公爵家でのお茶会が始まり、ミアは礼儀作法の教師と何度も練習した挨拶を主催のジャクリーンへ披露した。

カーテシーの最中にジャクリーンの顔を見たミアは、理由もなく鼻の奥がツンとして目の奥が熱くなる。レノン伯爵家のダンスの授業では聞いたことが無い、弾むような旋律が頭の中を流れ、鼻の奥で懐かしくて甘い香りがする気がする。ジャクリーンを見ていると、もう少しで無くした記憶のかけらを掴めそうな気がする。ボンヤリとしかけたミアは、ジャクリーンのピンクの瞳に映る自分の姿にハッとし、今はハモンド公爵家の庭で貴族令嬢に囲まれながら挨拶をしている最中だと思い直した。


動揺したミアはカーテシーの脚がぶれてしまう。ダンスや乗馬など体を動かす授業は得意だったミアは、綺麗だと教師に褒められたカーテシーには自信があった。得意だと思っていたカーテシーを失敗したことで思考が止まる。冷静さを失ったミアは、頭をよぎった爪の先ほどの懐かしさを溢れ落としてしまった。


半分血が繋がっている異母妹とはいえ、将来は王妃になる予定のジャクリーンへ無礼があってはいけない。ぎこちないカーテシーで不愉快にさせたのではないかと緊張してジャクリーンからの返事を待つ。


目の前に立つ異母妹のジャクリーンは、ミアと同じピンク色の瞳で柔らかそうなオリーブ色の髪のレノン伯爵夫人に瓜二つの女の子だった。レノン伯爵夫人は背が低く、丸く大きな目に小ぶりな鼻と口、ふわふわの髪の毛で、子持ちには見えないひたすら可愛らしい少女のような見た目をしている。目の前にいるジャクリーンはそんなレノン伯爵夫人をさらに幼くし瞳と髪の色を変えただけの、際立って可愛らしい令嬢だった。


「ミア!久しぶりに会えてとても嬉しいわ!」


ミアの挨拶を受け、ジャクリーンは溢れんばかりの笑顔で親しげにミアへ久しぶりと言った。9歳としても小柄なジャクリーンが上目遣いで笑いかける姿が可愛くて、ミアは思わず手を広げて抱きしめたくなる衝動に驚く。これは間違いなく平民としての反応だろう。


どんなに可愛くても、半分血が繋がっている異母妹だとしても、自分より高位のジャクリーンのことを抱きしめることなどできない。ミアは込み上げてくるジャクリーンへの愛おしさを抑え込み、ギュッと拳を握りしめて堪えた。


ここは、貴族令嬢らしく記憶喪失について説明し、久しぶりと言っているジャクリーンから以前のミアについて聞いてみるべきだろうか。


「……申し訳ございません。ジャクリーン様と私は以前会ったことがあるのですか?」


ミアがそう答えた途端、ミアを見つめるジャクリーンのピンク色の瞳から光が消えた。


父レノン伯爵の時とまったく同じだったためにその瞳の変化は分かりやすく、ミアを見つめるジャクリーンの顔からゆっくりと微笑みが消えていく。一瞬、ジャクリーンの目に涙がにじんだ気がしたのは見間違いだろうか。


ミアはジャクリーンからの返事を待つが、ジャクリーンは黙っている。返事を待たずに話しかけても良いものか迷っていると、周囲の貴族令嬢たちがこちらを見ながら聞こえない声量で何か話し、クスクスと笑い出した。

ハモンド公爵家に着いた時から感じていたが、母親が平民のミアは貴族令嬢達にとって相容れない異物らしい。お茶会が始まる前に何人かの令嬢に笑いかけた際に、まるでミアと関わると病気が感染るかのようにサッと距離を取られてしまったことで嫌でも理解した。


「ミアさん、お茶会を楽しんでね」


周囲の空気を読んだジャクリーンはミアとの会話を切り上げた。


上位貴族のジャクリーンへ深追いして話しかけることができないミアは、諦めて上座に座っていたジャクリーンの元を離れて使用人に案内された席へ座った。それ以降、お茶会の中でミアとジャクリーンが話す機会は訪れなかった。


------


翌日、ミアはレノン伯爵家でトリスタンとお茶を飲みながらハモンド公爵家でのお茶会について報告した。


「ジャクリーン様に挨拶したら『久しぶり』って言われたの。でも、あたし、じゃなかった、私が『以前会ったことがあるのですか?』って返事したらジャクリーン様をがっかりさせちゃったみたい。『頭を打って記憶が無いんです』って返事したらよかったって後から思ったけどもう遅いよね……。なんとなく何か思い出せそうな気がしたから、ジャクリーン様と会ったことがあったのかなぁ。トリスタンは知ってる?」


「ミアとジャクリーンが会ったことがあったなんて僕は知らなかったな。レノン伯爵なら知ってるのかもね。……それよりも、周りの令嬢に悪口言われたのはもう大丈夫?」


昨日のお茶会で、ミアには貴族令嬢の友達は出来なかった。挨拶を返してもらえた令嬢が数人いるだけで、ほとんどの令嬢から遠巻きにされ、笑われたり悪口を言われてしまった。その令嬢達の態度に憤っていることをミアはトリスタンに1番最初に報告していた。


「ミア、そんなに落ち込まないで」


「うん。もう落ち込まない……」


トリスタンにただ話を聞いてもらって、甘いお菓子を食べて温かいお茶を一緒に飲む。それだけで、嫌なことは忘れられる。


トリスタンはお茶に拘りがあり、いつもお菓子に合わせた茶葉を持ってきてくれて手ずからお茶を淹れてくれる。レノン伯爵家でトリスタンが持ってきてくれたお菓子とお茶を飲む時間が、ミアは何よりも大好きだった。

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