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Mia(age12) 02

ミアの一番古い記憶は、心配そうにこちらを覗いている紫色の瞳だった。


目を覚ましてすぐ、見知らぬ少年の紫色の瞳と目が合った。心配そうにこちらを見つめているこの少年は誰だと思うと同時に、ぐわんぐわんと頭を揺さぶられているようなめまいに襲われる。頭を打ったのかと疑うが、頭を打つような事をしたのか以前に自分が何をしていたのか、なぜ外が明るい時間から寝ているのか、今いるこの部屋がどこなのかもわからない。そもそも自分の年も名前も、何一つわからないことに気付く。


「ミア!」


少年からミアと呼ばれた際の違和感のなさに自分の名前はミアだと理解するが、名前以外のことは何も思い出せない。


ミアが戸惑っていると、少年は枕元のベルを鳴らした。

リンリンと高い音が頭に響き、激しいめまいで頭を抱えてしまうが、両手に巻かれた包帯が目に入り包帯が気になると頭だけでなく体の節々が痛み出す。

男性が部屋に入ってきて真剣な表情で少年と何か話している。見るからに上等な服を着ているこの少年は貴族の子供で、男性は少年に対して敬っている様子から使用人だとわかるが、彼らの名前やミアとの関係も何も思い出すことができない。


「目を覚ましてくれてよかった。今、我が家の優秀な医者を呼んでるところなんだ。手や足の怪我はすぐに光魔法で治して貰えるから身体の痛みはすぐになくなるよ。もうすぐ到着するようだからあと少しだけ我慢してね」


光魔法での治療は貴族しか利用できないほどに高価なはず。ミアは体が痛むことよりも、高額な治療を受けて大丈夫なのが気になり、そんな知識は思い出せることを不思議に思った。


少年は枕元へ来て、ベッドに横になっているミアの頭を撫でた。その手の暖かさと優しさに、何も分からず緊張しているミアの心が緩む。


「あなたの名前は?」


「え?ミア、僕のことが分からないの?」


少年はミアの言葉に驚き、頭を撫でる手を止めてしまった。


「何も分からない。ミアって名前しか思い出せない」


「だから大人しいのか。……僕はトリスタン。ミアの婚約者。今日はミアのお家のレノン伯爵家でお茶会の約束をしていたんだけど、レノン伯爵家に着いたらミアがバルコニーから落ちて来たんだ。慌ててベッドに運んで応急処置をして、僕の家から医者が来るのを待ってるところだよ」


トリスタンは戸惑っているミアに笑いかけ、ミアの頭に置いている手を再び動かし、今度は頭から髪の毛先まで撫でている。


「ミアは僕と結婚するってことさえ覚えていたら大丈夫。何も心配はいらないよ。今は安心してゆっくり寝てね」


何も分からないミアの心にトリスタンの言葉と優しく見つめてくれる紫色の瞳が染み渡っていく。それはまるで最初に見たものを親と思い込む生まれたばかりの雛鳥のような気持ちだった。


その後すぐにトリスタンの家、ケンブル侯爵家から派遣された医者が到着し光魔法を施された。包帯を解いたミアの手には無数の切り傷があり、右足首や左膝は腫れ上がり力を入れることも動かすこともできなかったのだが、1時間程で何もなかったかのように綺麗に治った。


医者や薬師を多く輩出しているケンブル侯爵家の専属で、優秀と言われてる人ということは、この国でも最上級の医者だ。治療費は高額ではないのかとトリスタンへ聞いたのだが、驚いた顔をした後に笑われてしまった。


「そんな発想はなかったな。ミアはおもしろいね。レノン伯爵家にとっては端金だと思うから安心して」


なぜトリスタンが笑うのかは分からなかったが、トリスタンが安心しろと言うならば大丈夫だろうとミアは根拠もなく安心する。


頭を打った衝撃で無くした記憶は光魔法では回復させることはできないそうだ。手や足の怪我は治ってもミアの記憶が戻ることはなく、失った記憶はすぐに戻る人もいれば数十年と戻らない人もいるため、記憶がいつ戻るかすら分からないと言われてしまった。


ミアはトリスタンが到着したのを見て2階のバルコニーから身を乗り出したために、下の花壇に落ちてしまったらしい。怪我も記憶喪失も自分の間抜けな行いのせいと知り恥ずかしがっているミアに、トリスタンはじっとしていられなくてお転婆なミアもかわいかったけど、大人しくて奥ゆかしいミアもかわいいと言ってくれた。


「ミアのピンク色の瞳は、レノン伯爵の生家のハモンド公爵家の色なんだよ」


トリスタンに手渡された手鏡を覗くと、鏡の中にはピンク色の瞳に黒髪の少女がいた。これが自分の顔らしいとまじまじと眺めているミアを他所に、トリスタンの説明は続く。


ミアの名はミア・レノンと言い、レノン伯爵家の令嬢。トリスタンと同じ12歳で半年後の来春に貴族学園に入学する。ミアはレノン伯爵と平民の愛人の間に出来た子供で、1ヶ月前に母親が事故で亡くなったためにレノン伯爵家に引き取られ、トリスタンと婚約した。


そこまで聞いて、バルコニーから落ちて歩けないほどの怪我をしたにも関わらず、目を覚ましてから数時間たってもまだトリスタンとその従者しか部屋にいない状況のおかしさに気付く。


バルコニーから身を乗り出すほどにトリスタンの到着を喜び、あれだけの怪我をしても誰も見舞いに来ないことで、ミアはこのレノン伯爵家での自分の立場を察した。唯一血の繋がっているだろう父親のレノン伯爵ですら見舞いに来ないのだ。


「ミアに専属侍女がいない事を知る事が出来たのは不幸中の幸いだったよ。これはレノン伯爵夫人の采配だろうね。今日中にケンブル侯爵家から派遣する形でミアに侍女を付けるから、頭が痛んだり具合が悪くなったらすぐに侍女に伝えて。レノン伯爵家を通さずに僕に直接伝わるようにもするから。……それと、侍女がいればきっと今日みたいな不幸な事故も防げるよ」


トリスタンはミアの頭を撫でながら侍女の派遣を約束し、ケンブル侯爵家へ帰っていった。


自分は12歳までどのように生きていたのか、1ヶ月前に亡くなった母親はどんな人でミアとはどんな関係だったのか、自分は貴族令嬢になることに納得していたのか、何も分からない。わかっているのはただ一つ、ミアは将来トリスタンと結婚するということだけだった。

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