Jacqueline(age15) 08
「ジャクリーン嬢は隠された第三王子を知っているかい?」
ジャクリーンの対面の長椅子にゆったりと座り、いつの間にかメイドが準備していたお茶を優雅に飲むコーネリアス。そんなコーネリアスからの思いがけない問いかけに、“隠された第三王子”とはこのウェインライト王国の話で間違いないのだろうかと、ジャクリーンは戸惑う。エルドレッドとクリストファーの他にも王子がいるなど青天の霹靂だ。
「兄上の側妃が亡くなっていることは知っているよね?実はその側妃との間にもう1人、ジャクリーン嬢と同じ歳の王子がいるんだ。側妃は第三王子を出産した時に亡くなってしまったんだが、兄上は王妃が側妃を殺したと疑っている。それで生き残った第三王子を王妃の手が届かないようにと、王族として公表せずに隠してしまったんだ」
ジャクリーンと同い年ということはクリストファーとも同い年。エルドレッドとクリストファーが王としての資質がないと言われている中で実は第三王子もいるとなると、間違いなく王位継承権争いの火種になる。
「私がエルドレッド殿下の婚約者ではなく婚約者候補だったのは第三王子殿下がいたからでしょうか?」
「そうだろうね。高位貴族の間では第三王子の存在は公然の秘密になっていて、兄上が側妃を寵愛していたことで第三王子も寵愛していると考えられている。ハモンド公爵は第三王子が立太子する可能性を考えていたと思うよ。……高位貴族達は私を支持しているように見せかけて、裏で第三王子を探すために手を尽くしていたくらいだからね」
すでに成人してとり入る隙の少ないコーネリアスよりも、若い第三王子の方が操りやすいと思うのだろうか。ジャクリーンは、同級生の中に第三王子として目星い人がいないか考えてみたが思い当たる人物はいない。
「第三王子は私の伝手で国外の貴族学園に通っている」
国王陛下とコーネリアスは不仲だと言われているが、実際は第三王子のことをコーネリアスへ任せるくらいには仲が良いらしい。エルドレッドの婚約者候補として王城へ通い、他の貴族よりは王族に近しい位置にいたジャクリーンですら2人は不仲だと思っていたが、それは演技だったようだ。
貴族の子女は13歳から3年間、王都にある貴族学園に通う。貴族学園の卒業者のみ貴族籍に入籍し貴族として認められ、それ以外は直接国王陛下から叙爵される以外に貴族になる方法はない。その後は16歳から3年間、魔力を持つ者の入学が義務になっている魔法学園に通う。魔法学園では正しい魔力の使い方を学び、もしも卒業できずに退学する場合は魔力封じをされてしまう。
貴族学園も魔法学園も教育内容についての条約に加盟している国であれば、自国の学園の卒業でなくても卒業資格が得られる。このことは魔力持ちを他国に流したくないために積極的に周知されていないのだが、前ハモンド公爵の愛人の子供であるジャクリーンの父レノン伯爵が帝国の学園に通っていたことで、ジャクリーンは知っていた。
ジャクリーンのせいで領地へ行く事になったメリッサと、ハモンド領の火山噴火で両親を亡くしたキャロラインは貴族学園へ入学してこなかった。おそらく2人は国外の貴族学園へ入学したのだと考えていたが、もしかしたら、どこかの国で第三王子と同級生になっているかもしれない。
そして、我がウェインライト王国の魔法学園は一部の教育方針を変更することで国際条約の加盟から一時的に外れることが決まり、次年度入学のウェインライト王国民は自国の魔法学園に入学することしかできなくなったことを思い出す。
つまり、第三王子とメリッサとキャロラインがウェインライト王国の貴族として生きていくためには、半年後にウェインライト王国の魔法学園へ入学するしかなくなってしまったということ。
魔法学園の教育方針の変更は、王妃とケンブル侯爵が主体となって取り組んでいた。おそらく、第三王子を自国へ呼び寄せるために権力を使ったのだと気が付く。
コーネリアスが自身の伝手で匿っていたほどに第三王子に愛着があるということは、王妃とケンブル侯爵家と戦うことにしたのは王位のためではなく第三王子のためかもしれない。
コーネリアスと一緒に部屋に残っていた、印象に残らない素朴な顔をしたメイドが、手に持ったカバンから何かを取り出しコーネリアスへ渡している。
「このメイドはラナといい、私の手の者で3年前からレノン伯爵家に潜入していた。ここ数週間の学園の休日に、ラナへレノン伯爵家内の数箇所へ録音魔道具を仕込むように命じていたんだ。何個も魔道具を無駄にしたけれど、ついに充分すぎるくらいの会話を録音することに成功した。その内容は私たちも予想してなかったことも含まれてて、急遽、ジャクリーン嬢に声をかけることに決めたんだ」
3年前からレノン伯爵家へラナを潜入させていたということは、コーネリアスにとってただの令嬢にすぎないはずのミアについて、わざわざ、“ミア・レノンをミア・イングリスに戻す”と言及したことが関係しているのだろうか。
録音魔道具は、簡易なものと証拠に使える正式なもの、2種類あるのだが、簡易版は侍女の給料1ヶ月分、正式版は約1年分もの値段がすると習った。しかも高価にも関わらず再利用できない1回だけの使い捨てだ。
コーネリアスが手に持っている録音魔道具は正式版。無駄にした録音魔道具の数はわからないが、その豊富な資金源は税金なのだろうかと、ジャクリーンは場違いな事を考えてしまう。
「そうそう、近々発表するんだけど、1年後にエルドレッドが立太子することが内定したよ。王妃はエルドレッドの立太子を条件に半年後に魔法学園へ入学するしかない第三王子への不干渉を約束してくれたんだ。……さぁ前提の話はここまで。これに録音されているのは学園の休日、レノン伯爵家の中庭でとある男女がしていた会話だ。これを聞いたらジャクリーン嬢なら大体の事情は分かってくれるんじゃないかなと思っているよ」
そう言って、コーネリアスは録音魔道具を再生した。
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『はい、これ』
『ありがとう』
『少し投薬量が多いと思うよ。ちゃんと見極めないと例の侍女みたいに壊れてしまうから気をつけてね』
『ちゃんと体重に合わせた適正量を盛ってたのだけど……』
『昨日、久しぶりにパトリック殿に会ったら目の集点が合ってなかった。彼は元々口数が少ない人だから気づき辛いかもしれないね。……魔法薬の適正量には個体差があるから、パトリック殿は気持ち少なめにした方がいいと思う』
『わかったわ、パトリックの薬は少し減らしてみる。逆に公爵は効きが悪い気がするのよね……トリスタンのように上手く投薬できるのはまだまだみたい』
『僕は家業として幼い頃から嗜んでるおかげでアメリアよりも経験があるだけだから。アメリアは投薬の調整はまだまだでも、ケンブル家に伝わる魔法薬を解析しちゃったじゃないか。僕よりずっとすごいよ』
『ふふふ。私もトリスタンみたいに投薬できるように頑張るわ』
『僕だって最初の頃はたくさん失敗したよ。ミアも失敗作だし。とんでもないお転婆だからって強い薬を選んだらせん妄を起こして大怪我したり、記憶障害が残ったりね。最初に盛る薬の量を間違えたせいで、その後は弱い薬を使うしかできなくてさ……。実はミアの意識は支配することができないんだよ。ゆっくりと魔法を蓄積して人格形成していくしかできないから、最近やっと僕好みの令嬢に矯正できたくらいだ』
『あのミアさんが失敗作だなんて信じられないわ。健気で従順な美しいお人形さんじゃない。……でも、ミアさんも可哀想に。愛するトリスタンは自分に魔法薬を盛っている悪い人なんだもの』
『ヒューバートとジャクリーンの噂を流しただけじゃなく、僕にジャクリーンに話しかけるようにまで頼んできたアメリアの方がよっぽど悪い人だと思うよ。……はぁ、そんなことより、薬の代金は用意できそう?』
『第三王子は来年必ずこの国の魔法学園に入学してくることになったでしょ?』
『薬代は第三王子を探し出すってのが約束。魔法学園の教育方針変更はアメリアの考案とはいえ、約束を守った事にはならないかな』
『ふーん。第三王子を見つける事は出来なかったけど、これでも私、一生懸命トリスタンのために探したのよ。……そうだわ!第三王子の代わりに、調査の途中で知っちゃった秘密を教えてあげる。2代前に王族が降嫁した家の、王族の血を引く伯爵令嬢が14年前に亡くなっていたんだけど、何か第三王子と関係しているかもと思って、直接彼女の元侍女に会いに行ったのよ。その元侍女は何も覚えてなかったんだけど、少しひっかかって念のために髪を持ち帰って調べたの。そうしたら、なんと、ケンブル侯爵の魔力の痕跡と、ケンブル侯爵家の記憶を消す魔法薬が使用されていた事が分かったわ。それでね、なんと、私、その効果を打ち消す薬を作って消された記憶を取り戻すことができちゃったのよ!すごいでしょ?』
『アメリアには困っちゃうなぁ』
『その顔色!うふふ、その元侍女が消されていた記憶についてトリスタンも知ってるのね。……亡くなった伯爵令嬢は、結婚もしてないのに子供を産んでいた記憶を消されていたみたい。17年前に紫の瞳をした男の子を産んで、その2年後にも紫の瞳の男の子を産んで、伯爵令嬢はその後亡くなってしまったんですって。それの話を聞いてね、もしかしてって閃いて、クリストファーに魔法薬を盛ってみたのよ。直系の王族には魔法薬が効かないってことは高位貴族なら知ってる程度の秘密なのにね、なんと、クリストファーはバッチリ魔法薬が効いてしまったの』
『王族に薬を盛るなんて重罪だよ?』
『そうね!でも、魔法薬が効いたっていうことはクリストファーは直系の王族じゃないってことだから罪は軽いんじゃないかしら?……とは思うけど、念のため黙ってもらってたら嬉しいわ。黙ってくれたらエルドレッドとクリストファーが実はケンブル侯爵と14年前に亡くなった伯爵令嬢の子供で、あなたの異母弟ってことを私も黙っといてあげる』
『はぁ……エルドレッドとクリストファーの事までバレるなんて、アメリアに第三王子を探させたのは失敗だったかな』
『あぁ、記憶を取り戻した元侍女はこちらで処理しておいたから安心してね。……エルドレッドもクリストファーも1歳の王族検査を問題なく済ませてる記録を確認したのよね。私が考える理論上では、お腹にいる時に投薬できたら髪色や瞳の色を指定することができる魔法薬は作れる。王妃は本当に王子を産んでたけれど、王子達が1歳の王族検査が終わった後にケンブル侯爵が自分の子供とすり替えて殺したってところかしら。動機は魔法薬が効かない直系王族だと魔法薬で操ることが出来ないから、とか?……あら、正解なの。そう。王妃やエルドレッド達の感じからすると、自分が産んだ子供がいつのまにか兄の子供に代わっていることにも、自分たちが実は国王陛下の子供ではないことにも気づいていないみたいね。……ケンブル家ってほんと、女性軽視の家系よねぇ。絶対嫁ぎたくないわ。ゾッとしちゃう。……ふふふ、その顔怖い!私に薬を盛っても良いのよ?盛れるものならだけれど』
『……わかった。薬代に第三王子を探し出せってのはもういいよ。魔法学園には必ず入学してくるし、所在を把握さえできればいつか殺すことができる。もうこの件で君の手は借りないよ』
『わかってくれたならいいの。これからも薬はよろしくね。そろそろエルドレッドの立太子も発表されるし、その後エルドレッドと婚約したらさすがにもうジャクリーンとの友情も不自然になるわね。今後は王城での受け渡しに戻しましょうか』
『前に使ってたアメリアの侍女はもういないし、人目につかない案を何か考えといてくれよ。そういうのはアメリアの方が得意だろう?』
『わかったわ。……第三王子は会ってみないとどんな人かはわからないけど、エルドレッドが立太子さえしてしまえば残すは伏兵だけね』
『王弟殿下のことを”伏兵”だなんて不敬なあだ名で呼ぶのは君だけだよ。父上も放置してるぐらいだし、僕も王弟殿下は現状維持で大丈夫だと思うけどなぁ』
『ふふふ……そうだといいわね』
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「ミアは?ミアは大丈夫なんですか?」
録音が終わると同時に、ジャクリーンは対面に座っているコーネリアスの元へ駆け寄った。ラナが素早くジャクリーンとコーネリアスの間に立ちふさがったが、コーネリアスも長椅子から立ち上がり、ラナを手で制してゆったりとした動作でジャクリーンをエスコートしてもう一度長椅子へ座らせる。
「幸いミア嬢は薬が効き辛い体質のようで魔法薬の薬部への依存は少ない。蓄積された魔法は多いけれど治療できる範囲だと思われる」
魔法薬というのは、魔力の籠った薬のことで、魔力により薬の効果を倍増したり、違う効能を付与させたりするもの。例えば光魔法が籠められた傷薬はポーションと呼ばれ、通常の傷薬の数倍の効果があると言うが、とんでもなく高価になっている。
「自由奔放で活発な令嬢と聞いていたミア嬢が淑やかな令嬢だったことは、事故により記憶を失った中で成長したための自然な変化だと考えて、私たちは気にもしていなかったんだ。この録音を聞くまでミア嬢がトリスタンに違法な魔法薬を盛られていた事に気付けなかった。ミア嬢の周りはケンブル侯爵家の使用人に固められているために中々隙がなくてね、なんとかラナがミア嬢の髪の毛を入手して、過去に盛られた薬の効能や依存度を調べることができたばかりなんだよ」
録音の内容から、ミアは記憶を消す魔法薬と、人を操ったり人格形成するような効果のある魔法薬を盛られていた事がわかる。きっと平民が生んだ庶子の伯爵令嬢だからと軽く見られてトリスタンの投薬練習にあてがわれたのだ。ジャクリーンはトリスタンやケンブル侯爵への抑えられない怒りで、拳を握りしめて体を震わせ、頭が痛くなるほど歯を食いしばる。
ミアと再会した9歳のお茶会で、ジャクリーンはミアに忘れられている事を悲しんだだけでミアの変化に気付けなかった。そんな自分のことも許せない。目の端に熱い涙が浮かんでくるが、胸いっぱいの悔しさでまばたきする余裕もない。
記憶を操ったり、意識を支配したり、人格を矯正する魔法薬などジャクリーンは聞いたことがない。鎮静剤、精神安定剤、睡眠導入剤など、精神機能に影響を及ぼす向精神薬で魔法薬を作ることは禁止されている。水魔法や光魔法など、魔力にも種類があり、様々な向精神薬と魔力の掛け合わせにより、どんな効能がある魔法薬を作れるのかも未知数。200年程前、密かに向精神薬の魔法薬を作り平民で人体実験をしていたとある貴族は、血が通った人間が行なったとは到底思えない非人道的な実験内容と社会的倫理に叛く効能の魔法薬を作り出した罪で王家により一族郎党処刑されたと、王子妃教育で習った。
その根絶された貴族家に取って代わり医療分野で台頭し権力を付けていったのがケンブル侯爵家なのだが、録音の内容から200年前の人体実験のデータをケンブル侯爵家が手に入れ、密かに向精神薬の魔法薬を作っていたと推測できる。
「先ほど殿下は”ミア・レノンをミア・イングリスに戻す”と仰いました。消されてしまったミアの記憶を戻して、違法な向精神薬の魔法薬の効能を消す治療をしてくれるということで合っていますか?」
ジャクリーンの問いかけに対して、コーネリアスがクスクスと笑いだした。
「いや、笑ってすまない。そんな怖い顔をしないでくれ。……実は先ほど言ったジャクリーン嬢への”一生安泰な害のない嫁ぎ先”とは私のことだったんだ。私たちは君からミア嬢への愛情についても見抜けていなかったようだ。あの毒婦に騙され利用されていた事を憤ることも忘れて、まさかミア嬢の心配だけするとは思ってもいなくて……。笑ってしまったのは軽率だったね」
ジャクリーンはコーネリアスが自身へ嫁ぐ事を”一生安泰な害のない嫁ぎ先”と表現した感性に素直に驚く。王族など一生気が休まらない最悪な嫁ぎ先だ。きっと、王位につくかもしれないコーネリアスが自分の妃に権力を持って欲しくないと考えている場合、王子妃教育を済ましている上に、もうハモンド公爵が後ろ盾になることがなく、取り返しのつかないほどの悪評があるジャクリーンは程々に利用しやすく都合がいいのだろう。今の国王陛下が王妃と王妃の実家に手を焼いている事からもそう考えられる。
「実は第三王子はテルフォート帝国の貴族学園に通っているんだけど、それを助けてくれているのがミア嬢の母親の実家であるイングリス商会なんだ。ミア嬢の叔父であるイングリス商会の会頭が、第三王子の安全と引き換えにこちらに希望しているのが、ミア嬢の健やかな幸せなんだ。だから私は必ずミア嬢を治療して幸せにしないといけない。……それと、ジャクリーン嬢を無理やり娶ろうだなんて思っていないから安心してほしい。ここまで情報を渡したジャクリーン嬢が私の妃にならないというのは少し都合が悪いんだが……そうだね、ジャクリーン嬢さえ良ければ最終手段としてケンブル侯爵家の記憶を消す魔法薬を使うという手もあるかな」
コーネリアスに対しては嫌悪感もないし、ジャクリーン1人の力では成し得ないこの最悪な状況を打破し、ミアを助け出してくれる事にはもちろん感謝している。それでも、コーネリアスにとって都合がいいからという理由だけでは、ジャクリーンはこのウェインライト王国の貴族として、しかも王族の妃として生きる事など考えられない。
ジャクリーンは、何もかも解決したら記憶を消す魔法薬を飲み帝国の平民になる事を密かに決意した。ミアがせん妄を起こして大怪我したという危険な薬だが、それでも構わない。




