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私のこと'も'どうぞお気遣いなく、これまで通りにお過ごしください。  作者: くびのほきょう


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Jacqueline(age15) 07

ジャクリーンがエルドレッドの婚約者候補を降ろされてレノン伯爵家へ戻ってきてから半年が過ぎた。今は秋の半ばで、レノン伯爵家の中庭ではコスモスが見ごろとなっている。


8年ぶりのレノン伯爵家は相変わらずジャクリーンに冷たい。


無表情で何を考えているか分からない父、ジャクリーンが尻軽なのは生みの母親の身分が低いからだという社交界の嘲罵のせいでジャクリーンを怨む母、その母からの入れ知恵でジャクリーンを卑しみ避ける2歳下の弟、そして、他人行儀なままのミア。


屋敷を管理している女主人の母に嫌われているジャクリーンは、下級使用人によって食事の準備や部屋の掃除や洗濯などの最低限の世話はして貰えるが、専属の侍女や護衛は付いていない。母から共に食事を取る事すら許されず、ジャクリーンは自室で1人で食事を取っている。


貴族学園でもジャクリーンの周りには誰もいない。令嬢たちからはいない人として無視されていて、ジャクリーンが男好きだと信じている一部の令息達だけが馴れ馴れしく声をかけてくるが、さすがにその令息たちと親しくする事はない。唯一アメリアとの友情だけは変わらないが、アメリアの立場が悪くなるのを避けるために学園内では声を掛けないようにとジャクリーンの方からアメリアを遠ざけた。

学園の休日にレノン伯爵家へ来たアメリアと話をすることだけが今のジャクリーンの癒しとなっている。


半年前、レノン伯爵家に戻ってきた翌日、ジャクリーンはミアを招待して2人きりのお茶会を開いた。お茶会の会場は必要最低限の家具しかなく殺風景なジャクリーンの部屋。使用人はお茶の用意だけして退室してしまったが、幸い、ミアの侍女がお茶を淹れてくれた。ジャクリーンと同じく母に嫌われているミアだが、ミアにはケンブル侯爵家から派遣された侍女や護衛がいるようで安心だ。 


ミアは事故で過去の記憶を無くしたのだと教えてくれたものの、ジャクリーンと打ち解けてくれることはなく、テーブルに活けられた青い勿忘草を見つめながらお茶を飲むだけだった。その勿忘草は、殺風景な部屋にせめて花でもあればと思い自ら庭に出て摘み活けたのだが、ジャクリーンはそのことを打ち明けることすらできず、リーアそっくりに成長しているミアの美しい横顔を眺めることしかできなかった。


レノン伯爵令嬢へ戻ればミアとまた仲良くできるかもしれないと期待し2人きりのお茶会を開いたジャクリーンは、ミアがジャクリーンを拒絶するのは当たり前だと思いを改めた。


トリスタンの婚約者のミアにとって、トリスタンに色目を使っていると言われているジャクリーンの印象は最悪だろう。しかも、一緒に遊んだ幼少期の記憶がないのならば尚更だ。


動物園でヒューバートとジャクリーンが恋仲という間違った噂を聞いたあの日以降、トリスタンがジャクリーンへ声をかけてくるようになった。ヒューバートとの噂の件で傘下の令嬢の数が減り周囲から人がいなくなっていたジャクリーンの前になぜか頻繁に現れ、「大丈夫?話を聞くよ?」「ジャクリーンはよく頑張っている」「僕に出来る事があるなら遠慮なく言って」などと、ジャクリーンを気にかけて声をかけてくるトリスタン。人目の多い王城で声を掛けられるために、その様子が悪意を持って歪曲し、ジャクリーンは義兄ヒューバートだけでなく異母姉の婚約者のトリスタンまで誘う男好きな淫乱という噂が広がってしまったのだ。


そのトリスタンにジャクリーンが唯一願ったのは、エルドレッドの説得だ。トリスタンは「エルドレッドの従兄の僕がヒューバート殿とジャクリーンが恋仲ではないことを伝えて誤解を解くから」と、何度も何度も言ってくれたにも関わらず、エルドレッドがジャクリーンを見る目は日に日に厳しいものになり、最後まで誤解が解かれることはなかった。


ジャクリーンが貴族学園ヘ入学した際、2歳上のエルドレッドはジャクリーンと関わることを避け遠ざけた。ジャクリーンはここぞという時の奥の手としてとっておいた泣き落としで噂は間違いだとエルドレッドに訴えたが効果がなく、むしろ女の涙に弱い単純な男だと侮っているのだろうと怒らせてしまう。いつにない鋭さの指摘に内心びっくりしつつも後には引けないと泣く演技を続けたが、エルドレッドからジャクリーンへの思いが完全に冷めてしまっていることがわかっただけだった。


トリスタンを頼ってもエルドレッドと元の関係に戻ることは出来ず、トリスタンとの噂が流れてますます評判が悪くなるだけだと気づいたジャクリーンは、もう話しかけないで欲しい、2人きりになるのは避けたいと、遠慮なくはっきり何度も訴えた。それでも、トリスタンは味方の減ったジャクリーンのためにしていることだからと反論し距離を取ってくれることはない。

遭遇しないように気を使ってもジャクリーンの目の前に現れるトリスタンに、侍女か配下の令嬢かが情報を漏らしていることがわかるが、これ以上味方の頭数を減らせないジャクリーンは犯人を探すこともままならなかった。“ヒューバートとジャクリーンが恋仲”という噂から、“ふしだらな元伯爵令嬢ジャクリーン”という噂に変われば少なくともハモンド公爵家の嫡男ヒューバートの名誉は守られる。そのため、トリスタンとの噂に関してはハモンド公爵やヒューバートにも放置されていた。


トリスタンは一応ジャクリーンの幼馴染ではあるが、仲良く遊んだ覚えなどない。4歳5歳の頃にお互いの母親を含めて4人でお茶を飲んでいただけ。しかも、当時のトリスタンはジャクリーンの母にばかり話しかけジャクリーンを放置していたため、トリスタンの印象は悪い。


トリスタンが話しかけてくる度に、母そっくりに育ったジャクリーンの容姿を気に入っているだけではないかと嫌な気持ちになるが、トリスタンが婚約者がいるのに他の女性に粉をかけるような男だと考えないようにと我慢する。

たとえミアから嫌われてしまってるとしても、ジャクリーンはミアに幸せになってほしいのだ。ミアの結婚相手が品性に欠けたクズだなんて認めるわけにはいかない。


幸い、エルドレッドの婚約者を降ろされレノン伯爵家へ戻ってきてから半年経った今は、トリスタンがジャクリーンへ話しかけてくることはない。トリスタンがミアへ会いに定期的にレノン伯爵家へ来ていることは知っているが、さすがにミアがいるレノン伯爵家の屋敷内でジャクリーンのところまで会いに来るような愚行は犯さないようだ。


ジャクリーンを気にかけること以外、トリスタンにミア以外の女性の影はないとアメリアから聞いているし、ミアとトリスタンの仲睦まじい様子も確認している。トリスタンが王城でジャクリーンへ話しかけてきたのは、きっと、ミアの異母妹であるジャクリーンを心配しての優しさだったのだ。そう思いたい。


ジャクリーンの3歳上のミアはあと半年で学園を卒業し、その後すぐにトリスタンと結婚する。傷物の伯爵令嬢となったジャクリーンはまともな結婚は望めないため、ミアがケンブル侯爵家に嫁いでしまった後は、ジャクリーンがハモンド公爵令嬢だった時以上にジャクリーンとミアの距離は開いてしまうだろう。

それがたまらなく寂しいという思いの中で、半年前、2人きりのお茶会でミアが言っていた「事故で記憶をなくした」という言葉がジャクリーンの心の奥でザラザラとした気分となりひっかかっている。トリスタンの誠実さに疑問もある中で、これで本当に良いのかという気持ちが拭えない。リーアのことも、リーアに憧れて踊り子になる夢のことも忘れたまま、トリスタンと結婚してケンブル侯爵夫人になることがミアにとって幸せだと本当に言えるのだろうか。


12歳まで平民だったミアが貴族になりケンブル侯爵家に嫁ぐためには血の滲むような努力が必要だと、伯爵令嬢から王妃になるために努力していたジャクリーンには分かる。それは分かるのだが、8年の努力が水の泡になったジャクリーンには、ミアの6年の努力よりも9歳のミアの踊り子になる夢の方が尊いものに思えてしまうのだ。


「ジャクリーン様、商会の方がお見えです」


1人考え込んでいたジャクリーンへ部屋の外にいる執事から声がかかる。入室の許可を出すと、若い男の商人と、おそらくその商人の荷物だろうカバンを持ったメイドだけを残し、執事は入室せず去っていった。


メイドがいるため商人と2人きりではないが、それでも、初対面の若い男と下級使用人のメイド1人を令嬢の部屋に残して去っていった執事に呆れてしまう。ハモンド公爵家の使用人を見ていたせいか、レノン伯爵家に戻ったばかりの頃は使用人の質の低さに戸惑ったものだが、今ではそんなことにも慣れてしまった。


ジャクリーンが商人を呼んだのは1ヶ月後のミアの誕生日にプレゼントを贈るため。ジャクリーンに割り当てられている予算はとても少なく、ドレスなどは未だにハモンド公爵令嬢だった時のものを使っており新調することはない。小柄なままで成長が止まっているのは良いことなのか、悪いことなのか、悩んでしまうが、不幸中の幸いだと無理やり納得している。手元に自由に使えるお金はないが、返却を求められなかった公爵令嬢時代の装飾品がある。それらと交換で、おそらく最初で最後になるだろうミアへのプレゼントを手に入れるつもりだ。


家令に商会を呼ぶように頼むと母が使っている商会は利用できないと言われたため、家令に適当に選んで呼んでもらった商会だ。レノン伯爵家で利用するのは初めてらしい。ふわふわと柔らかそうな赤毛に涼しげな切れ長の黒い瞳をしているその商人は、どこか懐かしい雰囲気がする。


「はじめまして。私はジャクリーン・レノンよ。私には侍女が付いていないからお茶は出せなくて申し訳ないわね。そこに掛けてちょうだい」


相手は平民の商人。冷遇されていることを明かしても構わないだろうと、ジャクリーンは取り繕うことなく単刀直入に話を進めることにした。


「イングリス商会と申します」


イングリス商会と名乗った商人は、黒い瞳を細めて人好きのする笑顔をし、右手を胸に当て軽く頭を下げてお辞儀をする。軽く下げた頭を上げた瞬間、彼の癖毛の赤髪は紺色の直毛に、オニキスのような黒い瞳はサファイヤのような青い瞳に、20歳前後に見えた青年は20代半ばの美丈夫へ変わってしまった。


瞬きの間の突然の変化に驚きパクパクと口を動かしてしまっているジャクリーンへ、ツヤのある紺色の前髪をサラリと揺らし、思わずぞくっとするような妖艶な笑顔でジャクリーンを見つめている彼は、国王陛下とは年が離れた兄弟で今はまだ独身の王弟コーネリアス殿下に間違いない。


「今日はジャクリーン嬢にお願いがあって来たんだ」


声まで低音で落ち着きのある、記憶にあるコーネリアスの声に変わっている。


ジャクリーンは慌てて立ち上がり、カーテシーの体制をとった。なぜ赤毛の商人が一瞬にして王弟に変わったのかなど考えることがあるのにも関わらず、王族のコーネリアスに先に頭を下げさせてしまったと変な心配をしながら、身に染み込んだ完璧な所作で目線を落とす。


「楽にしてくれ。これはジャクリーン嬢にとって悪くない話だと思っているんだ。今、絶好調な王妃とケンブル侯爵家を落とし、ミア・レノンをミア・イングリスに戻す手伝いをして欲しい。成功したら君には一生安泰な害のない嫁ぎ先を用意する」


ハモンド公爵家が火山の噴火により衰退したことが追い風となり、今このウェインライト王国で王族の次に権力を持っているのは王妃の実家ケンブル侯爵家と言える。王になる資質も能力も器もないと言われているエルドレッドとクリストファーに対し、文武両道で穏やかな性格のコーネリアスを支持する声が多くなっていたものの、最近では人望がなくてもその権力で王太子となるのはエルドレッドかクリストファーに決まるだろうという空気感になっていた。自身の支持者を無視して王位には興味がないと示していたコーネリアスが、今更、王位を狙うということだろう。


陛下とは年が離れ、しかも母親が違うために不仲だと言われているコーネリアス。ジャクリーンは挨拶をするだけの関係で害のない穏やかな人だと思っていたが、先ほどの蠱惑的な笑顔で印象が変わる。きっと相手が一番調子が良い時に叩き落とす、そういう戦法を好みそうだとおぼろげに思った。


ジャクリーンは、今まで目上の人に対して意識せずともしていた自分をよく見せるための演技も忘れ、自然に浮かび上がる表情のまま力強く返事をした。


「嫁ぎ先などいりません!報酬は憂いなくテルフォート帝国の魔法学園へ平民として入学する手配を希望します!ミアと共に帝国に行くためなら喜んで力を尽くさせていただきます!」


リーアが亡くなった火山噴火について調べたジャクリーンは、リーアがリーア・イングリスという名のテルフォート帝国人で、実家は帝国にあるイングリス商会だと知っている。先ほど、商人がコーネリアスに変化したことにはもちろん驚いたが、その直前、“イングリス商会”という言葉にも驚いていたのだ。


ミアがミア・イングリスに戻るということは記憶を取り戻して帝国の平民に戻ると言うこと。コーネリアスならばジャクリーンが協力を断ったとしても、必ず王妃とケンブル侯爵家を蹴落とし、ミアは平民に戻るだろう。


それならば、私も帝国の平民になってミアの踊りを見たい!


ただでさえ小柄なジャクリーンに対して、平均よりも背の高いコーネリアス。そのコーネリアスに真剣さを伝えたかったのか、気づけばジャクリーンは背伸びをしていた。


そのジャクリーンの返事が意外だったのか、コーネリアスは目を丸めた後、優しく微笑み頷いてくれた。


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