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私のこと'も'どうぞお気遣いなく、これまで通りにお過ごしください。  作者: くびのほきょう


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Jacqueline(age10〜14) 06

14歳の冬の終わり、貴族学園の3年に上がる直前で、ジャクリーンは品行が悪いからとエルドレッドの婚約者候補を降ろされた。ジャクリーンの8年間の努力は無かった事にされ、ハモンド公爵家からも追い出され、生家のレノン伯爵家へ戻る。


包み隠さず本音を言うと、ジャクリーンはエルドレッドの事などこれっぽっちも好きではない。


6歳で婚約者候補となってからジャクリーンはエルドレッドの良いところを探し続けたが、懸命に探せば探すほど欠点が気になる。自分の考えだけが正しいと思い込み他者の意見を一切受け入れない独りよがりなところや、その時々の機嫌によって態度や行動を変えるために意見がコロコロと変わるところなど沢山の瑕疵を見ないようにし、湧き上がる嫌悪感を抑え込んでエルドレッドへ無理やり笑顔を向けていた。


エルドレッドのことを好きになれなくてもジャクリーンはエルドレッドと一緒に歩む未来のために努力を続けるしかなかった。ハモンド公爵家の権威が失墜しても懸命に婚約者候補としての立場を守り、エルドレッドの婚約者の地位を狙う貴族や令嬢には気を緩めず警戒していた。……つもりだった。


努力していたとは言いつつ、自身の意思はなくハモンド公爵から命じられるままに流されていただけだとは、もう、わかっている。本来は婚約者候補から降ろされて傷物扱いとなった事を悲しんだり怒ったりするべきところなのだろう。でも、エルドレッドの婚約者候補を降ろされ、ミアのいるレノン伯爵令嬢に戻ったことで、緊張が解け安堵している自分がいることにも気づいている。


6歳で養子に出されてから8年ぶりにレノン伯爵家へ戻ってきたジャクリーンは、物が少ない殺風景な自室で1人、こうなった発端は何だったのかと考え、アメリアと出会いメリッサと絶交することになったあのお茶会から始まったのかもしれないと思い至る。


婚約者候補を降ろされたのはジャクリーンとヒューバートが恋仲だという噂が立ち、尚且つその噂を速やかに消すことが出来なかった事が原因だが、ジャクリーンとヒューバートは断じて恋仲などではない。ジャクリーンはヒューバートとアメリア、2人の関係を応援していただけだ。


”応援していただけ”と思ったが、そもそも政略を考えない公爵令息と公爵令嬢の恋愛を応援するなど貴族令嬢として正気の沙汰ではなかった。今更、目が覚める。


ジョンストン公爵家のお茶会でアメリアと出会い仲良くなってすぐの10歳の時、エルドレッド、パトリック、ジャクリーン、アメリア、4人でのお茶会を王城で開いた。そこで聡明さを披露したアメリアは、エルドレッドから王城の図書館へ自由に出入りできる許可を特別に貰った。


その同時期、ヒューバートがアメリアを気に入っていると気づいたハモンド公爵によって、アメリアはハモンド公爵家へ立ち入る事を禁じられたため、王子妃教育で王城へ通うジャクリーンは王城やジョンストン公爵家でアメリアと会うようにしていた。


10歳の初夏にアメリアと出会い、秋、冬と親交を深めたジャクリーンは、雪が降るとある寒い日、王城の廊下で焦っているアメリアと遭遇した。


「ジャクリーン!少しだけ匿って欲しいのっ」


訳が分からないながらもジャクリーンと侍女の影にアメリアが隠れる事を許すと、しばらくして第二王子クリストファーがジャクリーン達の脇を通り過ぎて行った。姿が見えないようにしているアメリアの様子からクリストファーから逃げていたのだと気付く。クリストファーの姿が見えなくなると、ジャクリーンとアメリアは王城に用意されているジャクリーンの私室へ駆け込んだ。


「ごめんなさい。なぜかクリストファー殿下から気に入られてしまったみたいで、いつも待ち伏せされていて困っていたの。メリッサお姉様のことを考えると心苦しいのに、殿下から話しかけられると断ることもできないし……ジャクリーン、本当にありがとう」


アメリアはお礼を言いながらジャクリーンに抱きついた。子爵令嬢から公爵令嬢になってまだ1年経っていないアメリアは時折りこういった高位貴族ではありえない振る舞いをする。

本来ならば不作法だと注意しないといけないのだが、ジャクリーンはアメリアを注意することなく触れ合いを受け入れていた。実の母親からでさえ抱き上げられたことのないジャクリーンは無意識のうちに人肌に飢えていたのだ。アメリアから触れられる度、リーアやミアと過ごした暖かい時間を思い出していることにも自覚がなかった。


数ヶ月前、秋にあったアメリアの誕生会で自身の婚約者候補メリッサとではなく、その義妹のアメリアとダンスを踊ったクリストファー。最近ではクリストファーとアメリアが2人で市井で出かけているという噂もジャクリーンの耳に入っている。


クリストファーがメリッサのことを好みではないからと顧みずに放置していることは有名だ。王城では、クリストファーの初恋相手がメリッサの母で、メリッサの母方の従姉妹のアメリアとそっくりなことまで知れ渡っている。

メリッサからクリストファーへの愛着がないことも明らかで、エルドレッドに負けず劣らず勝手気儘なクリストファーのことだからと、周囲はクリストファーとアメリアの交流を諌めることもせず放置していた。


ジャクリーンはこの時初めてアメリアの気持ちを確認していなかった事に気づく。義姉の婚約者候補と仲良くするなど、人並みの常識や感情があれば戸惑い罪悪感を持つことは当たり前だ。ジャクリーンは知らず知らずにうちにアメリアの気持ちを蔑ろにしていたのかもしれないと不安になる。


「アメリアの事を考えていなくてごめんなさい。クリストファー殿下を諭すことは難しいけれど、さっきみたいに手助けするくらいなら出来るわ」


「ありがとう!クリストファー殿下から声が掛かる度にジョンストン公爵家での肩身が狭くなるの。……本当に好きな人とは会えなくなったのに、好かれてはいけない人からは好意を寄せられてしまって、辛かったの。ジャクリーンだけが頼りだわ……」


いつになく弱々しく震えているアメリアの手を取り、今度はジャクリーンの方から握りしめる。養子に入った公爵家で肩身が狭いという言葉に深く考える事なく思わず共感してしまう。


「私に出来ることがあったら協力させてちょうだい。その会えなくなった好きな人って誰?」


「ヒューバート様……」


アメリアは顔を真っ赤にして俯き、消え入りそうなか細い声で義兄ヒューバートの名を告げた。ヒューバートとアメリアが結婚したらアメリアが義姉になるかもしれない。将来王妃になるからとジャクリーンに阿っている周囲の令嬢とは違い、同じ境遇の公爵令嬢として無邪気に慕ってくれるアメリア。そんなアメリアとただの友人だけでなく縁つづきになれるかもしれないという魅力にジャクリーンは抗えない。


この日からジャクリーンはより一層アメリアとの友情を深め、お互いのことを”リーン””メル”と愛称で呼び合い、自他共に親友と認めるほどに仲良くなっていった。大好きなリーアが亡くなり、ミアからはまるで他人のように知らん振りをされたジャクリーンは、知らず知らずのうちにアメリアへ盲従するようになっていった。


クリストファーのせいでジョンストン公爵家にいるのが辛いと落ち込んでいるアメリアを見て、アメリアの事を溺愛している姿を直接見たことがある義祖母ジョンストン前公爵夫人とパトリックが原因ではないと判断する。となると、メリッサがアメリアを冷遇しているのだろうと思い込み、ジャクリーンは勝手な思い込みだけでメリッサへ悪感情を持つようにまでなっていた。


しばらくして、パトリックの誕生パーティーへ招待されたジャクリーンは、そこで顔を合わせたジョンストン公爵へ、『メリッサはアメリアを冷遇しているのではないか』と、アメリアを心配するあまりに思わずといった形で上申する。その、数ヶ月後、春を迎えると共にメリッサは病気療養のためにジョンストン公爵家の持つ領地へ行く事になったとアメリアから聞き、同時にメリッサがクリストファーの婚約者候補から降ろされた事も公表された。


メリッサがいなくなったことでますますクリストファーがアメリアを誘うことが増えてしまったと、アメリアの心配をする。領地へ行ったメリッサについてジャクリーンが思いを馳せる事はなかった。クリストファーに興味などないメリッサにはアメリアを冷遇する理由などない事を、6歳からメリッサと仲良くしていたジャクリーンは知っていたはずなのに。


メリッサがいなくなったことが自分のせいではないかと無意識下で罪悪感を持っていたジャクリーンは、そのことへ目を逸らすように、アメリアとヒューバートの橋渡しにのめり込む。最初はハモンド公爵に見つからないようにアメリアとヒューバートから手紙を預かり、ジャクリーンの手ずから届けることから始まった。文通により2人の中が深まると次はこっそりと市井へ出かけるようになる。

それはアメリアとヒューバート2人だけではなくジャクリーンも一緒で、いつも3人だった。ジャクリーンがアメリアと出かけているところへヒューバートがたまたま通りかかった、そういう体裁を取って欲しいとアメリアから頼まれたら断る事は出来ない。


それが、まさか、ジャクリーンとヒューバートが人目を忍ぶ関係なのだと誤解されてしまうとは、アメリアとの友情に浮かれていたジャクリーンには気付くことができなかった。


貴族学園に入学する前の12歳の夏、アメリアとヒューバートと3人で行った動物園で、異母姉のミアとミアの婚約者トリスタンと、偶然、顔を合わせた。


3歳年上のミアとは、ミアが貴族学園へ入学してからはジャクリーンの誕生会でしか顔を見ることがない。久しぶりのミアは、ジャクリーンへ踊りを教えてくれていた幼い時の自由奔放な活発さはなりを潜め、まるで生まれた時から貴族令嬢だったかのような丁寧な所作だった。そんなミアに驚くとともに、寂しさで胸が締め付けられる。


大好きなミアと出来てしまった距離を内心で嘆いたジャクリーンは、予想外のトリスタンの言葉に面食らう。


「ジャクリーンとヒューバート殿が恋仲って噂はこのせいか」


ジャクリーンとヒューバートが恋仲だという噂が流れている、その内容だけでなく噂を把握していなかった事実に驚き、動揺してしまう。


「えっ?私とお兄様が恋仲?」


「ジャクリーンは今までジョンストン公爵令嬢とヒューバート殿の仲を取り持って、今日みたいに3人で出かけていたの?……きっとそれがヒューバート殿とジャクリーンが2人で出かけていると噂されてしまってるんだろうね」


指揮下にいると思っている令嬢達は、いつの間にかジャクリーンの噂についてジャクリーンに口を閉ざすほどに統率から外れていたようだ。もしもエルドレッドがこの噂を聞いたら躊躇なくジャクリーンを見限るだろう。エルドレッドと不仲になったことがハモンド公爵の耳に入ってしまったら、どんな処罰を与えられるのだろうか。ジャクリーンは、感情を隠すことも忘れ、恐怖で顔が強張っている事に気づいているが隠すことができない。


「実は僕はエルドレッドから聞いたんだ。……僕がエルドレッドにヒューバート殿とジョンストン嬢のことを伝えて誤解を解いてみるよ」


ジャクリーンはトリスタンの事を藁にもすがる気持ちで見つめた。トリスタンの婚約者のミアが、そんなジャクリーンを見たらどんな気持ちになるか考える余裕は無かった。


この時やっとジャクリーンとヒューバートが恋仲だという噂が立っていることに気づけたジャクリーンは、その噂を速やかに消すことが出来なかった。それどころか噂は悪化の一途をたどり、ジャクリーンは男好きなふしだらな令嬢だと言われるまでになり、ついにエルドレッドの婚約者候補を降ろされることになってしまったのだ。


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