8話
「………」
何て返せば良いのか分からず私は沈黙してしまった。恐らくかなり悩んだ末に本心を伝えてくれたレオンに対して、当たり障りのない返事であろうと答えなければいけないのに。
私は人生で初めて告白というものをされて、大いに戸惑っている。アルバートには自分から告白したので、レオンが正真正銘「初めて向こうから告白してくれた人」だ。
普通なら舞い上がり喜ぶところだが今の私はある意味失恋したてであり、直ぐに気持ちを切り替えることは出来ない。それどころか、全く気づかず彼を頼りにしてしまったことに対する罪悪感が湧いて来て謝りたくなってくる。
アルバートしか見えてなかった当時の私は、どれほどレオンのことを傷付けていたのか。レオンに対する返事より先に、彼の気持ちを想像して胸が痛む。
「…なんか言えよ」
悩み続け、無言を貫く私に痺れを切らしたレオンが話すよう促す。どう返すべきか、頭を回転させた私は。
「…それって一目惚れってこと?」
確認するように問えば、レオンの耳どころか顔まで赤く染まり始めた。完全に図星なようだ。
私は自分を卑下しているわけではないが、顔立ちは中くらいだと思ってる。その上召喚された時は大学に遅れそうだったため、適当な化粧に着古したTシャツとスカートという出立ちだった。百歩譲って、ちゃんと化粧を施しお気に入りの服を着た私なら万が一にでも一目惚れする人がいてもおかしくはない。
だが、あの時の私に一目惚れするほどの要素はなかったはず。それは主観ではなく客観的事実だ。
「この国って美醜の基準逆転してるの?」
「?どういう意味だ」
「私に一目惚れする理由がないから。普通の顔が美人に見えるのならまだ理解できるかなって。自慢じゃないけど、元の世界じゃ告白されたこともないし」
すると急にレオンの周囲の温度が急激に下がり出した。何故か表情には剣呑さが滲み、背景に「ゴゴゴ」と効果音が付きそうなほど。
ん?また怒っている?え、何で?怒る要素一個もなかったはず。
「…元の世界の人間の目は節穴か?こんなに綺麗なのに」
「はい?」
コンナニキレイナノニ。突然何を言い出すんだ。
「今まで女は皆同じに見えてたのに、セナに初めて会った瞬間目が離せなくなった。自分でもよく分からない感覚だったが、あいつに見惚れるセナを見た時の胸の痛みで察した。これが恋か、と。速攻で失恋したが」
私はいつになく饒舌に語るレオンに圧倒されつつ、気になるところがあったので悪いと思いながら口を挟んだ。
「…ごめんちょっといい?アル…バートに見惚れるって私がこっちに初めて来た時のこと…?」
レオンが頷くと私は自分の過去を振り返り、恥ずかしさに悶える。そう、私は何処か分からない場所に気づいたら居て、周囲を囲む大勢の人々の中のある1人の男性、つまりアルバートを見つけた時「うっわ、凄いイケメンタイプ」と熱っぽい目で見つめ、ちょっと浮かれていたのだ。誘拐された立場の癖に、緊張感も何もあったものではない。別にあの瞬間恋をしたわけではないが、憧れのような感情を抱いてはいた。国が大変な時に召喚された聖女なのに、ふざけてると詰られても何も言えない。
自分の愚かさを掘り返され、両手で顔を覆う。
「…色ボケ聖女で申し訳なかったです」
「何で謝る。あいつにアプローチするどころか、俺やエドと話してる時より素っ気なかった。何処が色ボケてる」
それは男慣れしてない上に、ドストライクな男性と緊張せずに話すことが出来なかったからだ。レオンもエドも整った顔立ちだが、アルバートというインパクトが私の中に刻まれたせいか普通に会話することが出来たのは僥倖だった。レオン達がお膳立てしてくれないとずっとぎこちなかったかもしれない。
「態度の割にセナの視線はいつでもあいつを追っていた。あいつもそれに気づいていてセナに積極的に話しかけてたが、どうにも進展しない。焦ったかったからエドと協力して、さっさとくっ付くように手を回したの今となっては懐かしいな」
「…あの時は本当にありがとう」
こうやってしまったけど、当時の私は本当に協力してくれた2人に感謝してた。例え一時でも、嘘に塗れていたとしても好きな人と両思いになるとこんなに幸せな気持ちになれると知ることが出来たから。今までの自分が報われた気すらした。
しかし、礼を言った私にレオンは首を横に振った。
「感謝されることじゃない、純粋な善意で協力したわけじゃないからな」
「え?」
「いつまでも目の前でむず痒い青春見せつけられたら、諦められないからだよ。さっさとくっ付いてくれた方がこっちが楽になれると思ったからだ」
自嘲気味に呟くレオンに私は息を呑んだ。