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4話




「これは無理ですな、諦めた方が良いかと」


「っ!無理だと!何のために貴殿を呼んだと思っている!自分に解けない呪いはないと大口を叩いていたが、あれは嘘か!」


声を荒げる陛下がお爺さんに詰め寄るも、本人は慌てることはせず淡々としていた。それだけでこの人が只者じゃない、というのが分かった。


「確かに申しましたが、これは魔王が()()を払いかけた呪い。所詮一魔術師に過ぎぬ儂には手の施しようがありませぬ。それにこの呪いはヴェルダー殿の魂に絡み付き、いえ既に一体化しております。仮に宮廷魔術師全員の魔力を死なない程度に貰い、寝ずに全神経を集中させて呪いの糸、とでも呼べば良いのでしょうか、それが決して切れないよう慎重に解いていくことは可能。当然失敗すれば呪いが魂を侵食して死に至らしめますし、そして成功する確率は1割以下。無事に引き剥がせたとしても無傷では済みませぬ、自我が崩壊して精神に異常を来たし廃人と化します。そうなっても責任を問わないのならば、吝かではありませぬが、いかが致します?」


その場にいる全員が口を噤んだ。流石魔王の呪いと言うべきなのか、これはもう解呪は不可能に等しいのでは。見渡すと全員何とも言えない微妙な顔をしている。特にアルバートはここに来て初めて、表情に焦りが見えている。何か考える素振りを見せた後、スッと右手を挙げた。


「質問して宜しいか」


「はい、なんなりと」


「貴殿はこの呪いがどんなものか理解してるようだが、詳細を教えて欲しい。正直なところ呪われていると言われても身体に全く違和感がないため、いまいち実感が湧かない」


「それも無理からぬこと、この呪いは対象者が最も愛する者の存在を消去する、所謂禁術に分類されるものです。消去というより初めから居なかったことになる、と言った方が正しいですかな。ヴェルダー殿は王女殿下の幼馴染とお聞きしてますが、殿下と過ごした記憶が丸々消え、整合性を保つために所々記憶に修正がかかっている状態ですが、それ以外に症状は認められません。正直に申し上げて後遺症覚悟で解呪するより放っておいても問題はないかと。勿論経過観察は必要ですが」


「…そうか」


神妙な顔で呟くと黙ってしまう。入れ替わりで声を上げたのは。


「ちょっとアル!何で簡単に引き下がってるの!後遺症なんて聖女様に頼んで治して貰えば良いじゃない、だから早く私のこと思い出して!」


この人なんて事を言うんだ、と私は失礼だと理解しながらもギョッとしてしまった。クレア殿下は私がドン引きしてるのに気づいていないのか、そもそも視界に入ってないのか更にヒートアップする。


「それに魔術師だってギリギリまで魔力を吸い取っても、聖女様が癒してくれれば何の問題もないじゃない?…あなた、早く解呪のための準備を始めて」


ビシ、とお爺さんを指差して命令する。人に指図することに慣れている人の仕草だ。唯一の王女だから当たり前と言ったら当たり前なんだろうけど…平然と非道なことを仰る殿下に対し、私は急速に不信感が芽生えてくる。


確かに私の癒しの力は強力だ。神殿で調べてもらった所、手足が弾け飛んでも元通りに治すことが出来るほどの。病気も治すことが出来るが、自我が崩壊し廃人と化した人の治癒は経験がない。聖女だから治せる、と決めつけられても何の確証もない。もし仮に治せなかったら、と考えるだけで背筋が冷たくなる。


魔術師の人達だって、治せるんだから倒れるまで酷使して良い理由にはならない。けれど国を救った勇者の為に身を差し出せ、と命令するのは道理に反しているとも言い切れない。


だけど…と私が悩んでいるとクレア殿下の言動に我慢ならなくなった王太子殿下が口を開き、地の底から響くような低い声を発した。かなりお怒りのようだ。


「…お前はいい加減に黙れ…おい、クレアを部屋に連れて行け、決して部屋から出すな」


扉の前に控えていた騎士達にそう指示をすると、すぐさまクレア殿下に近寄り彼女を拘束した。当然彼女は暴れ出す。


「っ!お兄様何でよ!私何も間違ってないわ!アル!黙ってないで何か言って!」


ジタバタともがき暴れるも、屈強な騎士に両脇をガッチリとホールドされてしまえば小柄で華奢な殿下にはなす術はない。そのまま謁見の間から追い出されてしまった。


殿下の言動に文字通り顔を青くした陛下があからさまに咳払いをし、忙しなく髭を触っている。暫く髭をいじっていて気持ちが落ち着いたのか「あー、それでヴェルダー卿よ」とアルバートに問いかけた。一連の殿下の振る舞いには触れずに話を進めるつもりらしい。


いや無理でしょ、と心の中で突っ込むも聖女とは言え一国の王にそんな口を聞けるわけもなく。多分この場にいる全員が同じ事を思っているはずだが、一々指摘していたらいつまで経っても話が進まない。だから誰も言わなかった。アルバートも毅然とした態度で「はい」と応える。彼は最愛の人である殿下の一連の言動を見ても表情一つ変えなかった。彼にとっては今日初めて会ったばかりの他人、の認識だから仕方ないのかもしれないけれど。…もし私が殿下の立場で、全く関心のない赤の他人に接する態度を取られたらと考えると…。


だからと言って私が忘れられていない今の状況が良い訳でない。寧ろ知らなかった事実を突きつけられ、心を抉られるほどの痛みに襲われた。詰る元気も問いただす元気も湧いてこない。


私はどうしたいのか、どうするべきなのか。



心の整理が未だについていない私の耳に弱々しい陛下の声が届いた。


「…貴殿は解呪を望むか」


アルバートの意思を問うているが、実際は後遺症覚悟で解呪に挑んでもらいたいのが伝わる。さっきの様子では殿下は記憶がないからとあっさりアルバートを諦めるとも思えない。赤の他人の私ですら察しているのを実の両親が分からない訳がないのだ。いっそのこと無理強いしたいだろうが、勇者に対しそんな真似は出来ないと下手に出ているあたり陛下は人として普通なんだと失礼ながら思った。


「正直に申し上げますが、解呪は望みません。経過観察で何かしらの不調が出たらその限りではありませんが、今のところ支障がないので。…クレア殿下の立場からすれば私の選択は受け入れ難いかもしれませんが…」


「あの子のことは気にするな、甘やかしてしまった自覚はあったが…あれは駄目だ。暫く謹慎させヴェルダー卿にも聖女様にも近づかせないようにする。まあ気が変わったらいつでも言ってくれ」


そもそもの元凶ですよね、と思わなくもないが酷く疲れた陛下の顔を見るとほんの少しだけ気の毒に感じた。


そして本来の目的である魔王討伐の褒賞に何を望むか、問われた。


イレギュラーが発生したアルバートは保留、エドは金と家と応える。爵位も薦められたが、しがらみが面倒だと切り捨てていた。陛下相手に飄々とした態度を崩さないのは恐れ入る。


そしてレオンも保留と言ったのは意外だった。魔術馬鹿の彼なら王族しか立ち入れない禁書庫への立ち入りを希望すると思っていたから。


「聖女セナ、貴方は何を望む」


私は顔を上げ、堂々と言い放った。


「元の世界に帰していただきたいです」


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