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2話



王女殿下の発言に王妃と王太子殿下は驚愕を露わにし、陛下だけは苦々しそうに顔を顰めていた。三者三様の反応で、私は王女殿下の発言が真実なのだと何となく察してしまった。


けれど、私は震える身体を抱きしめるばかりで何かを言うことすら出来ず、その場に立ち尽くす。王女殿下はまだアルバートに何かを言っているようだが、頭に入ってこない。そんな私の肩に誰かの手が置かれ、ポンと叩く。凍えそうな心がほんの少し温かくなった気がする。


「…クレア王女殿下、不躾ながら発言をお許しいただけないでしょうか」


「グレイヴ卿…っ!見苦しいところを…!失礼いたしました。何か言いたいことがお有りのようですね、許可します」


興奮し切っていた王女殿下は第三者が割って入ったことで少しの冷静さを取り戻したようだ。あっさりと発言を許してくれた。


「ありがとうございます。先程の発言、私にはアルバートと殿下が恋仲であるように受け取れるのですが」


「その通りです、私とアルは愛し合っていました。勿論周囲には隠していましたが。私はこの国唯一の王女。政略結婚の駒として他国に嫁ぐことは幼いころから決められていましたが、気持ちを抑えることは出来ませんでした…ですが、魔王が復活しアルが勇者の適性があると分かった時、彼が勇者に選ばれれば結ばれる道があると希望を抱いたのです。そして彼は勇者に選ばれた、これで私の願いが叶う、と思いました」


まるで女優のように、情熱的な表情で語る王女殿下と対照的にグレイヴ卿…レオンの眼差しは冷ややかさを増していった。対話相手の王女殿下以外の、この場に居る人間は気づいているのだろう。強張った表情でことの成り行きを見守って、誰も口を挟まない。


「なるほど、よく分かりました。ですが…アルバートはここにいる聖女セナと旅の途中に思いを通じ合わせました。まあ手を繋ぐことしかしてない、清い付き合いですが」


余計なことを言うな、と心の中で叫んだ。エドが小さく吹き出したのを私は見逃さなかった。後で怒ってやる。


「なので、王女殿下の発言が真実だとすると清廉なわが国の勇者殿はとんだ二股野郎ということになります。救国の聖女と尊き王女を手玉に取るとは…いいご身分ですね」


琥珀の瞳をすうっと細めたレオンは怒りを隠そうともせず、言い放った。レオンとアルバートは時々喧嘩をすることはあっても、時間が経つと何事もなかったかのように元に戻る。


しかし、今のレオンの表情は見たこともないほど怒りに満ちていた。険しさが増し、彼の周囲の空気が凍りついていくのを肌で感じる。


その怒りの矛先…アルバートは真剣な眼差しで王女殿下とレオンを見据えていた。堂々とした態度は流石勇者と言えばいいのか、狼狽えることはない。話の内容からすると「太々しい」と受け取られかねないが。


「っ!アルは悪くないわ!悪いのはお父様よ。聖女様が召喚されて直ぐ、お父様はアルに聖女様を誘惑するよう命じられたの。何百年か前、恋人のいる勇者に横恋慕した聖女様が、自分を振った勇者への当てつけで聖女としての責務を放棄した挙句散々我儘な振る舞いをしたらしいわ。魔王討伐にはかなり苦労したと記録に残っているの。だからお父様はアルが聖女様を手懐けてくれば、面倒なことは起こらない、と。振りだけでいい、ことが終われば私と結婚させてやる、と。私はお父様にどうにか思い留まるよう何度も頼んだけど、ダメだった。国のためだとか何とか言ってたけど…お父様はもし聖女様が全てを知ってアルや私達に恨みを抱いたとしても、隙をついて元の世界に送り返せば何の問題もないと」


「クレア!余計なことを言うな!」


「もう全て終わったのだから、隠す必要もないわよお父様。聖女セナ様、国を救う為に召喚されたあなたに対する非道な行い、許してほしいとは言いません。ですが、アルは逆らえなかっただけです…一時期でもあなたに心を砕いていたアルは幻、アルの心は最初から私のもの、どうかお返しください」


心臓にナイフでザクザクと傷を付けられるのって、こんな気分なんだろうか。生きているのに、心だけが徐々に死んでいく心地。


返して欲しい、と私を真っ直ぐ射抜いた王女殿下の瞳。とても力強く、嘘偽りのないものだ。彼女からしたら、愛する人が振りとはいえ他の女を口説き、その気にさせないといけないなんて辛かっただろう。その苦しみからやっと解放されるのだ。それなのに当の本人が自分のことを覚えないと聞かされた時の絶望は計り知れない。


この場で全てを暴露され、涙ながらに返して欲しいと懇願したとしても仕方のないことだ。


それに私は心のどこかで「ああ、やっぱり」と納得していた。こんな特段可愛くもなければ、聖女としての能力以外取り柄のない女、アルバートのような全てを兼ね備えた人間が好きになるわけがなかった。命令で仕方なくと言われて、やっと腑に落ちたのだ。


20にもなって彼氏の1人も出来たことのない、男に免疫のない女を夢中にさせるのはさぞ簡単だっただろう。演技だと気づかなかった自分の浮かれっぷりを思い出すだけで顔から火が出そうになる。


好きだと言っておいてキスもしなかったのも、本当に好きな人がいたから。好きでもない私とキスなんて出来ないというわけだ。


ははは、と乾いた笑いが溢れるだけで涙は出てこない。悲しいのは悲しいのだが、心が追い付いて来ないのだ。


事情があったといえ、アルバートには騙された形にはなるので文句の一つや二つ言っても許されるはずだ。でも、喉が異常に乾いて声が上手く出せない。さっきと同じだ、私はただ唇を引き結んで両足で踏ん張って立っているだけ。


あれ、私は何て答えるのが正解なんだ?返せというのだから、お返しします?でもアルバートは物じゃないし、王女殿下の記憶もすっかり消えている。さっき会ったばかりの他人の恋人になれというのも、中々に難しい話だ。


騙した相手に気を回す必要もないのに、何故か言葉が出ない。魚みたいに口をパクパクさせている私に変わって、切り出したのはやはり彼だった。


「…返して欲しいとはアルバートは物ではありませんよ殿下。そもそもセナに言うのではなく、アルバート本人に言ったら如何です?」


意地の悪いことを言われた王女殿下の可憐な顔が瞬時に真っ赤に染まる。それが出来ないから私に頼んでいるのに。分かりきった上で王女殿下にそんな口を利くなんて、無礼だと咎められても仕方ない。けど、誰も彼も止める気配がない。恐らく味方であろう陛下は威厳のある顔にたらりと汗をかいているし、そんな陛下を王妃と王太子は侮蔑の籠った眼差しで見ていた。


こんな状況下でレオンは更に生き生きとし出す。相手が王族であろうと。


「ああ、アルバートは殿下のことを忘れていらっしゃるんでしたね、失礼いたしました」


「っ!何なのあなた、無礼にも程が」


「…その言葉そっくり殿下にお返しいたします。話を聞く限り殿下も被害者、だと仰いたいのでしょうが、セナに対する言葉は明らかに悪意に満ちていました。八つ当たりも含まれていたのでしょう。気が立つのも理解出来ますが、あまり感情のままに振る舞うのは如何なものかと。…まあ一臣下の戯言として忘れてくださって構いません」


王女殿下に言いたいことを言い終えたレオンの視線が…ずっと黙っていたアルバートに移る。彼の表情に剣呑さが増して、かなり威圧感がある。


「…先程から黙ってる勇者殿は何を考えておられるのですか?事情に関しては同情の余地がありますが…別に見張られていたわけでもなし真実を伝える機会はいくらでもあったでしょう。一緒に過ごしていれば、セナが過去の聖女とは違い真面目で何事も一生懸命に取り組む奴だとすぐに分かる、勇者殿が必要以上に構い『誘惑』する必要はなかった筈です」


件の聖女みたいに色恋沙汰で揉めて仕事しない!と子供以下の我儘な振る舞いをする気は毛頭なかった。けれど…見目の良い男性に恭しく世話されて悪い気はしなかったし、男慣れしてない私が好きになるのを回避できるわけが無い。勿論そんなことを言える雰囲気ではなかった。


「…もしや勇者殿は初々しいセナを揶揄って楽しんでいたのですか?クレア殿下に関する記憶をなくし混乱しているのは承知していますが、敢えて言います。あなたがしたことはクズと謗られても仕方のないことです、その辺りのことどうお考えなのですか」


底冷えするような冷たい声でレオンはきっぱりと言い切った。「クズって言っちゃったよ」とエドがボソボソと言ってる。確かに王女殿下と恋仲だったのに私に好きと言い、帰ったら結婚しようと仄めかしていた…そういえばもし魔王の呪いがなく、無事に王都まで辿り着いた時。アルバートは王女殿下と仰る通り彼女と結婚していたのだろうか。当然私は捨てられて。


ん?その気もないのに結婚を仄めかすのは普通にアウトでは?実際私信じかけていたんだけど…。


時間差で頭がスッキリしてきて、段々アルバートのクズさが浮き彫りになってきた。キスはしないくせに出来もしない約束はする、そして決定的なのは私のことを覚えていること。彼が一番に愛してあるのは王女殿下で私は良くて二番目の女。


決して一番にはなれない、改めて突きつけられると悲しいを通り越して虚しくなってくる。


かと言って、アルバートを罵倒する気も起きない。本当に面倒くさいな、私。まだ気持ちが残っているのか…。顔を伏せてそんなことを考えていると、ずっと黙っていた彼が沈黙を破った。


「…レオンの言うことは最もだ。俺も自分がとんだクズ野郎だったことに驚きを隠せないし、いっそ自分をぶん殴りたくなっている。だが、俺は王女殿下に関することが全く分からない。勿論それだけのことをやらかしているのだから、殿下のことで責められるは仕方ないと思っているが…」


何とクズ野郎呼ばわりを受け入れていた。王女殿下の存在そのものが消えているということは、件の陛下との密談も記憶に残っていないのかもしれない。だとしたら、身に覚えのないことで責められているのは少しばかり不憫である。ずっと毅然とした態度の裏では何を思っていたのだろうか。そんなアルバートをレオンはギロリと睨みを利かせる。本当に怒るとチンピラにしか見えない。


「仕方ないと思ってる人間の態度じゃないだろ。他人事だと思ってるんじゃないのか?知らない人間のことで何で責められないといけないんだって。…ったく、セナのことを覚えていたから呪いなんてハッタリだとタカを括ってたんだがなぁ…こんなことになるとは」


「おい、呪いとは何のことだ!ヴェルダー卿が娘のことを忘れたのはそれが原因か!」


黙っていた陛下が割り込んできた。それに答えたのはエドだ。


「私がご説明いたします。勇者アルバートが魔王にとどめを刺した際最後の悪あがきなのか、アルバートに向かって黒いモヤを吐き出しました。魔王曰く勇者の中から真に愛する者を奪った、と。アルバートは昏倒しましたがセナの尽力により目を覚ましました。何処にも異常がないのを確認したのですが…」


「…聖女の魔力でも解けなかったということか…すぐに解呪に特化した魔術師を呼ぶ」


陛下は直ぐに外で控えていた騎士に何かを言伝していた。


件の魔術師が来るまで、謁見の間の空気は最悪だった。


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