7月、朝露、麦わら帽子
前に配信用に書いた文章を発掘したので、投下しておきます。
最終更新 2023/07/02 19:59
雲の隙間から朝日が差し込み、青々とした植木の葉の朝露はキラリ、と光った。
私は家の鍵をしっかりと閉め、麦わら帽子を目深に被る。
「スカートよし! ハンカチよし! 行こう」
曇り空を少し見上げた後、早朝の人影もまばらな街中をひたすら歩いていく。
さっきまで雨が降っていたのか、ひび割れたアスファルトは濡れそぼり、あちこちに水たまりを作っていた。
空気はよく澄んでいたが、雨の匂いを濃くまとっている。
「雨が降らないといいなぁ」
7月のこのくらいはくもっている方が過ごしやすくて良い。
ただ湿気で蒸し暑く感じてしまう日もあるのは、いただけないことではあるが。
カンカン、カンカン。
気付けば踏切の前までやって来ていたようだ。
電車が風を切って目の前を通り過ぎていく。
「あっ」
麦わら帽子が灰色の空を舞い、踏切の向こう側に飛んでいってしまう。
少しして遮断機が上がると、反対側に麦わら帽子を手にした若い男性が立っていることに気がついた。
私は足早に男性に近付き、男性はニコりと笑った。
「これはあなたの麦わら帽子ですか?」
優しげな声色が耳に届く。
「はい! 飛ばしてしまいまして……すみません」
「いえいえ、お気を付けて」
男性からは爽やかな香水の香りがふわり、と香った。
麦わら帽子を手渡してもらった。
「ありがとうございました!」
お辞儀をすると男性はひらりと片手をあげた後、去っていった。
汚れがないかどうかを確認し、私はもう一度麦わら帽子を被って歩き出した。
数日後、不思議な縁があってこの男性と再会することになるのだが、この時の私はそんなことを知らず、ただただ「帽子が汚れなくてラッキーだったなぁ」と思うばかりであった。