地獄からのスタート
目が覚めた。目が霞んでいるが、周りの景色は見える。辺りは赤くて人間の体内のような色をした肉のような壁に覆われている。血のような匂いがする。遠くに火の玉のような物がいくつか見える。
僕は異世界にたどり着いたようだ。異様な空気感が漂っている。
僕はどうやら平穏な家庭に転生した訳ではないようだ。生後からどれくらい経ったのかは分からない。僕は小さな布のようなものの上に寝ているようだ。周りにも人間の赤ん坊が大勢寝転がっている。
何者かが近くに来た。やや暗みがかった赤色の肌をしている。筋骨隆々としているが、あまり顔が見えない。鬼なのかオークなのか、魔人なのか……
「これだけいると、良い労働力になる」
その得体の知れない怪物は言った。どうやら言葉は分かるらしい。
「そろそろ、始めるか」
そばにいた別の怪物が言った。こちらの怪物はもう1人に比べて背が低い。
「ああ……」
大きな怪物が頷いた。まだ意識がぼやけている。僕は急激に激しい痛みに襲われて、気を失った。
しばらく時が経っただろうか。気がつくと、怪物2人は姿を消していた。
先程までの激しい痛みは治った。荒ぶっていた呼吸も落ち着いてきた。ぼやけていた視界がだんだんと輪郭を帯びてくる。
そっと自分の身体を確認した。僕は驚いた。先程まで小さく、か弱かった体は成長し、か細い少年の身体つきになっていたのだ。
恐る恐る周囲を見渡すと、先ほどまで大勢の赤ん坊だったはずが、痩せ細ってはいるものの、皆成長した姿となっていた。
僕たちは、何らかの方法で赤ん坊から急激に成長させられていたのだ。
――
僕たちは、ぼろぼろの衣服を与えられ、広場に集められていた。皆少年、少女の姿をしており痩せていて生気が無い。
先程から、赤色の肌をし、角の生えた、人のような生物に誘導されている。昔話の絵本で出てくる小鬼のようだ。
「お前たちは、ここで働く。ここはお前たちに労働と食事を与える」
小鬼が言った。
どうやらここは、労働現場のようだ。この鬼のような生物たちに捕まえられ、成長魔法をかけられた少年、少女たちが働かされているようだ。
手枷や足枷などは無い。僕たちが現状をどうにか出来るようなものでは無いことを、鬼たちは分かっているようだった。
成長魔法をかけられた少年、少女たちはまだ会話能力が拙く、言葉をぼやけて理解出来るものの、ハッキリと会話できるようでは無かった。
睡眠は簡素な藁の上で取った。労働の際に運搬した藁の一部を自分たちの広場に持ち寄り、自らの寝床を作った。
改めて、広場を見回した。広場と呼んでいるものの、周囲は赤い肉のような壁で覆われている。いくつもの大きな穴が広場には存在し、そこから他の部屋や通路に繋がっているようだった。火の玉が浮いており、この世界を薄明るく照らしている。
それからというもの、僕たちは採掘や運搬などの労働を強いられた。食料は4〜5人に対してパンのような物の一切れが朝と晩に与えられた。朝と晩と認識しているが、時間は全く分からなかった。辺りを照らしている火の玉の灯りが定期的に強弱するのだ。それが、この空間での時間を表していた。
与えられたパンは争奪戦である。運良く最初に手にした物が、仲間に平等に配れば良いが、パンを持ってその場から逃げるものもいる。
この場所での労働を始めて数ヶ月が経っただろうか。少年、少女たちは労働の際に鬼から必要最低限の言葉を学ぶ。それでも、若く情報の少ない世界で生きる僕たちは、非常に早い学習速度を持っていた。
僕は連続で食事の機会を逃している。僕より身体の大きな少年たちにパンを奪われたためだ。少年たちも本当ならまだ生まれて数ヶ月の赤ん坊なのだ。本能の赴くままに行動してもしょうがない。とはいえ、僕は飢えていた。
僕はふと思った。
「この、赤い肉の壁のようなものは食べられるのでは無いか」
もちろん、そんなことをしている人間は誰一人としていない。だが、空腹が僕を動かしていた。僕は手始めに噛みつきやすそうな場所を探した。そして、凹凸が大きな床面を見つけ、このひっそりと赤い肉のような地面に齧り付いた。固く鉄のような味がして、不味かった。だが噛みちぎることができた。
どうやら、こうすれば空腹を満たすことが出来そうだ。
「鈴葉先輩、何してますか?僕は今、床に齧り付いています」
僕は心の中でつぶやいた。




