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やるせなくって、異世界  作者: 夜明団子
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大学の春、恋に落ちる

 桜が満開になり、学生街は慌ただしい喧騒に包まれている。僕は大学1年生の春を迎えていた。

 

 高校までどちらかといえばクラスの端で、数人のクラスメイトとだけ過ごしていた僕は大学生スタートダッシュに出遅れていた。

「まずは、1人くらい友達作らないとな……」

 新入生歓迎コンパもそこかしこで行われているが、まだ友人の1人もできていない僕にはハードルが高かった。

 

 入学から2週間経った日、午前の授業も終わり、1人でキャンパスの講義棟の廊下を歩いていた。

 ふと廊下の壁に目をやると、大量のポスターが飛び込んできた。サークルのポスターが掲示板一面に貼ってあった。

 

 僕は、ネット小説を読むのが最優先の趣味で、サークルに入ることにはあまり興味が無かった。とはいえ、友達のできていない僕は、授業の合間にすることが無かったため、暇つぶしにポスターの数々を眺めることにした。

 すると雑然と貼られたポスターの中に、僕の目を引く文字を見つけてしまった。

「――この大地に根差すものたちよ、草木の精霊たちよ、りんごを携えて最果ての酒場に集え――」


「これはっ、りんご農家に生まれ育った僕が異世界転生したら酒場の店主だったので、のんびり暮らしながらギルドを開いてみましたが何かの一節!」

 そこには僕の大好きな異世界もの小説「旅りんご」の一節がA4用紙に黒文字で大きく書かれていた。個人的には今世紀最高の名作だと思っているのに、世間一般ではあまり読まれていないマイナー作品だった。僕は興奮を抑えられなかった。血が沸くようにドキドキした。

 

 A4のビラの右下隅には紅葉大学異世界同好会と書かれており、SNSのリンクが載っていた。僕はさっそくリンクを辿った。

 「部員募集中!食堂前広場でビラ配り中!」

 どうやら現在サークルの代表者が食堂前の広場でビラ配りをしているとのことだった。

 僕はすぐに広場に向かった。これまでの人生でライトノベルについて深く話をする相手がネット上か高校の後輩の秀太しかいなかった。僕は同志が見つかるのではないかとワクワクしていた。特に自分が大好きな小説のお気に入りの一節を引用していたところに、好奇心を駆り立てられていた。

 広場に到着すると、いくつかの団体がそれぞれにお揃いのサークルジャージを着て勧誘を行っていた。そんな中に1人、メガネをかけた黒髪の美少女がビラを配っているのが見えた。水色のtシャツに黒のパーカーを着た美少女は、僕に気付くとビラを配りにやってきた。tシャツには太い黒字で「リンゴ酒場」と大きく縦文字で書かれていた。

「ビラどうぞ~」

 美少女は異世界サークルへの反応が鈍い新入生への呼びかけに疲れたのか、気の抜けた声で言った。

 僕は配られたビラを手に取った。普段は初対面の人の前では何も喋らないような人見知りなはずなのに、不思議と緊張を感じなかった。

 そして思わず口から自然と言葉が溢れ出ていた。

「旅にはりんごを携えよってね」

 美少女はハッと僕の顔を見て、微笑み、大きな声で言った。僕も美少女に声を揃えて言った。

「食べ過ぎには注意!道端では昼寝するなってな!」

 美少女は僕の手を取ると、大喜びではしゃいでいた。僕は手を握られたのが恥ずかしくて、胸の鼓動が周りに聞こえているんじゃないかと思う程にドキドキしていたが、同時に1番好きな小説のファンに出会えた喜びに満ちていた。


 それから、僕は美少女に誘導されるがまま、広場のベンチに移動した。

 「経済学部1年、明野悠介です……」

 僕は持ち前の人見知りを徐々に取り戻しつつ、自己紹介した。

 「私の名前は緑川鈴葉!文学部の2年だよっ!」

 美少女は元気良く言った。それから僕たちは「旅りんご」の好きなキャラクターやお気に入りの場面の話をした。話は大いに盛り上がり、昼休みがあっという間に終わろうとしていた。

 僕はへの加入を決めていた。鈴葉先輩が言うには、異世界同好会の部員は鈴葉先輩1人だが20年続く歴史のあるサークルで、歴史を途絶えさせないために1人でビラ配りをしていたそうだ。

 「とりあえず、連絡先を交換しよう!」

 鈴葉先輩から提案された僕は、初めて大学内で知り合いが出来たのだった。


 それからというもの、僕たちは毎日のように大学のフリースペースや、鈴葉先輩の自宅でライトノベル談義をした。鈴葉先輩は実家暮らしをしており、両親と幼い妹と4人暮らしをしていた。

 鈴葉先輩の両親は異世界同好会の活動に理解を示してくれていて、そして何より異世界物語の大ファンだった。

 僕はある日鈴葉先輩の自宅に呼ばれて、夕食をご馳走になった後、リビングで鈴葉先輩と先輩の母親の朝葉と談笑していた。

 暖かいココアを飲みながら鈴葉先輩が言った。

「パパとママも実はこのサークルのOBで、その縁もあって結ばれたんだよ……」

「ちょっと鈴葉、その話は恥ずかしいわ。」

 鈴葉先輩の母親が照れながら言った。

 ごめんなさい〜、と鈴葉先輩は手を合わせて謝るとすぐ別の話しに移った。


 僕はもう完全に陥落していた。鈴葉先輩相手だと、ドキドキするのに不思議と緊張しない。凛とした横顔、白い素肌、良く通る声。そして着痩せしているが、意外とグラマラスなスタイル。すべてに魅了されていた。

 

 中間テストが終わり梅雨に入り始めた頃、鈴葉先輩は大事な話しがあると言って僕を呼び出した。近頃の先輩の表情には少し影があった。

 僕たちは、人もまばらな昼過ぎのキャンパスのカフェの隅で向かい合っていた。普段通りに、新作のノベルの話をしていた。鈴葉先輩がおどけた様子でふいに言った。

 「もし私がいなくなっても、同好会辞めないでよ~」

 僕は何も考えずに自然と答えた。

 「冗談キツイっすよ。僕ひとりじゃ何もすることが無いです」

 その時の僕は何も気づいていなかったのだ。

 

 翌日、鈴葉先輩は行方不明になった……。

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