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それから二日が過ぎ、ブルーブルーマンデー。
有馬の命に関わるような事故や事件は起きず、命と金曜からの筋肉痛を維持したままの連休を過ごした。
月曜日になっても手足に怠さを抱えてしまった有馬は、少しでも和らげようと午前中を睡眠学習に費やしたが、布団が机と椅子なので体中に変な痛みを残してしまった。筋肉の疲れは取れた気がした程度だ。
「おいおい、今日はずっと寝たきりじゃないか。一日は二四時間。それをフルに有効活用すれば、このようなことが起きる事はないはずだぞ、有馬。それとも体調が優れないのか?」
昼休みのチャイムが鳴っても机に突っ伏したままの有馬に、教師のような注意をするのは同じクラスの友人でありクラス委員でもある統だ。ついでに三年が二人しかいなかった卓球部の元部長である。
月曜日を感じさせない元気のある呼びかけに、有馬は机に顔を向けたまま口を開く。
「出た、自己啓発男。鬱陶しい」
統は自己啓発本に載っていそうな言葉をよく使い、クラスメイトに注意をしているため、それを揶揄したあだ名が出来てしまった。しかし彼は特に気に留めていない。注意さえできれば心が落ち着くからだ。
有馬の言葉を聞き、統は肩を持ちぐいぐい揺らす。
「起きろと言っているだろ。同じ生活のリズムで食事をとらないと、体にも精神にも良くないのだぞ。ささ、一分一秒が惜しいのだ」
「ほんと鬱陶しい。俺は眠いから放っておけっての」
「一人で食事を取ると周りから友達いないと思われるだろ。察してくれ、そのくらい。クラス委員のくせにおかしいではないか」
おかしいもなにも人望がないからこそクラス委員になったのではないかと有馬は思う。先生のパシリ、決め事のまとめ役、登校拒否の生徒の声かけ。そんなもの面倒なので誰もやりたがらない。
有馬の断りを聞かず、肩を揺らし続ける統の後ろから有馬を呼ぶ声がした。
「有馬さん、昼ご飯、ご一緒にどうですか」
教室の出入り口から声を上げたのは、一年後輩で、唯賀の思い人でもある和勝だ。
病弱な彼が学校に来れている日は、昼食時、有馬を三年棟まで呼びに来てくれる。
「わかった、先に行っといてくれ。今日は弁当ある? なら中庭な?」
「はい、では待ってます」
快い返事をして駆けていく和勝を統は目で追って、不思議そうに訊ねた。
「どうして和勝は僕を呼ばなかったのだろうか? 部長だったと言うのに。それにお前もどうして僕からの誘いは断るのに、和勝からは断らないのだ? いつも僕はみんなを気にかけているのに」
椅子から立ち上がり、カバンから弁当箱を取り出しながら有馬は言った。
「そんなの決まってるだろ?」
和勝が統を誘わなかったのは、有馬を呼べば着いてくると思ったから、という正解を有馬はわかっていたがあえて言わない。
「お前がみんなの為と思って言ってる言葉は、自分に言い聞かせてるだけだからだ」
二人が中庭に着くと、和勝はいつもの場所である中庭で最も大きな桜の木の木陰で弁当を広げ、三角座りをして待っていた。
「待たして悪かったな。ちょっと今日は体が怠くて」
和勝にそう言いながら有馬は辺りを見渡す。近くにリラがいないか確認しているのだ。
有馬は今朝、和勝が学校にきていることを和勝とのメールで知っていたので、和勝にリラの存在を隠したい有馬は、あらかじめリラに昼食時は一人になるだろう唯賀と共に過ごしてくれと伝えていた。けれど天真爛漫で自由気質の強いリラのことだ。出会うと何も考えず話しかけてくるかもしれない。
「どうしたんです、有馬さん? 辺りを見渡して。UMAでもいました?」
「そこは可愛い人がいましたか? とかだろ普通。いや、何もない。ただいい天気だと思ってさ」
弁当を開け、半分くらい中身を減らした辺りで有馬は和勝に質問をした。
昼間、リラを監視から離した理由は唯賀を気遣って、というのはおまけであり、本当は訊きたいことがあったからだ。オカルトに詳しい彼に。
「和勝、お前はパラレルワールドって本当にあると思う?」
普段は和勝からこういう話を振るので珍しいことだと思い、一瞬間を置いて和勝は答えた。
「この一年半有馬さんにオカルト話をしてきましたけど、やっと自分から興味を持ってくれましたか。凄く嬉しいです。で、パラレルワールドですか? 実際パラレルワールドがあるから宇宙は広がっているという方もいますし……僕はあると思いますよ」
そう言うと和勝は卵焼きを箸で掴み、半分だけ食べ、もう半分を弁当箱に戻した。
「もうこの時点でパラレルワールドは生まれています」
「はあ?」
有馬は意味が分からず卵焼きを睨みつける。横で聞いていた統も何を言っているんだ、と困惑気味に漏らす。
「ちょっと屁理屈ですけど。卵焼きを一口で食べた世界、半分残した世界、全く食べなかった世界。簡単に分ければですが、今このように世界が三つ別れたということになります」
「それは屁理屈すぎる。だいたい他の世界を検証できていない。だから、その卵焼きは元々半分しか食べられなかった世界だけだったかもしれない」
統の反論に和勝は、ふふっと優しく微笑んだ。
「そうですよね。統さんがおっしゃることに間違いはありません。他のパラレルワールドを覗ければ別ですが」
深い知識を持つ者は、自分の考えを否定されるとなんでもかんでも否定する、という偏見を有馬は持っていた。そしてそういうヤツが大嫌いだった。けれど和勝はそうでなく、どんな素人考えでも穏やかに聞き、頷いてくれるから好感が持てる。
有馬はもう一度リラが周りにいないか確認する為、辺りを見渡した。けれども中庭の光景に変化はなく、ゆっくりと時間が流れている。そんな中、三年棟から運動着を着た男女が六人勢いよく出て来た。運動会の男女混合リレーの練習だろう。一分一秒も惜しいのか、有馬達の前を素早く駆けていく。
好物を最後に残す癖がある有馬は、からあげを掴み口に入れた。が、噛んだ瞬間、ジャリっと、衣ではない別の嫌な食感が歯を伝った。先ほど前を走っていった男女がまき散らした砂ぼこりが弁当箱に入ったのだ。
「うわ、最悪だ。砂が入ってやがる。あいつらめ。こんなことなら最初に食えば良かった」
と言いつつも吐き出さずちゃんと食べる有馬はよほどから揚げが好きなのだろう。
「それですよ、有馬さん」
「ほえ?」
突然瞳を燦々と輝かせて和勝は有馬を見つめた。雲に隠れた太陽の変わりになれそうなほど良い光を放っている。
「そのような経験から、パラレルワールドという考え方が生まれたのでしょうね。土にまみれていないから揚げを食べている世界の自分がいれば幸せだろうな、と」
「なるほど、後悔が生んだってわけだ」
「はい、僕はそう思います。まあ今思いついただけですけどね」
「あのさ、もしかすれば人が道具を持たず進化したパラレルワールドってのもあるかな?」
随分遠回りしてしまったが有馬はこのことを聞きたかったのだ。リラの住む世界の話はこの世界で知られているのかどうか。オカルトに詳しい和勝なら少しくらいは耳にしたことがあるかもしれないと思ったのだ。この世界には多くの異世界人がいて、さらに自分の近くにもいるのだから、他の例もないわけがないだろう。
「そのような話は初耳ですね」
しかし、予想に反し和勝は知らないと言った。けれど考察を続ける。
「道具がない……。ということは人が火打石やらを使うことなく火を使い、弓や槍などを使わず、動物を猟っていたってことになりますよね。面白い、超能力を使い生き延びた人類がいるパラレルワールド。そんな説、誰に聞いたのですか? よければ論文など読ませて欲しいのですが」
オタクという人種は知識欲が異常に強い。食べることも忘れ、今は新たな謎に集中しきっている。いきなり食いついてくる和勝に少々驚きながら有馬は適当な嘘をつく。
「ああ、小説だよ。内容がからっきしだったから読んでも得はないぞ」
「それでもいいですっ、貸して下さい」
「ああ残念、ネット小説で、しかももう消されてたんだよな」
落胆の表情を見せ、それじゃいいです、と不貞腐れ気味に言い、食べ忘れていた弁当をつつく和勝。
「なあなあ、有馬。僕は何故この場にいるのだろう。会話の内容も全くわからない。ただ箸を動かしているだけではないか」
「お前に友人がいないからだ」
有馬は統に毒づいたが、後で自分も人のことを言えないなと苦笑いを浮かべた。
「とまあ、こんな話があったんですよ。すごくないですか和勝。道具を必要としない世界、ってヒントだけで、その世界に超能力があるって勘づいたんですよ」
まるで自分の手柄のように意気揚々とリラに話す有馬。リラは何がそんなに嬉しいのかよくわからないといった表情で見つめる。
「そんな子もおるんやね。会ってみたいな」
「それはダメですよ。一回姿を見られてるんですから」
「ちぇっ、有馬のケチ。そう言えば、あの子の顔は覚えてないけど、器だけはよう覚えてるわ」
「器?」
人の特徴におよそ使わない言葉に有馬は聞き返す。
「そう器。こっちの世界とあっちの世界の人が同じかわかる方法は、器を見ればわかるねん。顔も性別もあっちとこっちで違うんよ」
「それってどの部分ですか?」
「どの部分言われても……体の真ん中らへんに小さいつみきみたいなんが見えるねんけど、有馬は見える?」
視覚異常のある有馬だ。もしかすると見えるかもしれないと思い、自分の体を見るが、そんな物見える気配すらしなかった。有馬は首を横に振る。
「そっか。超能力使える人でも見えへん人おるもんな。こっちに異世界人が来れる条件の一つやねん、器が見えるか見えへんか」
「で、どうして和勝の器を忘れられないんですか? 綺麗な色やカタチだったとか」
「うーん、そうでもないねんけどな。有馬と形が似てたんよ、見間違えるほどに。でも半分くらいの大きさやから多分似てるだけなんやろね」
あんなん始めてや、と一人頷くリラ。その話を聞き、有馬は思ったことを口にした。
「俺って人と関わるのあまり好きじゃないんですけど、和勝なら苦にならないんですよ。もしかするとそれって器が似ているからじゃないんですか?」
「そないな話し聞いたことないけどな。だって器自体にそんな機能ないもん。言ってみればただの名札みたいなものかな? うーん、でも完全に否定するんわ無理や」
「じゃあ、もしですよ? 俺の仮説が正しいとして、和勝は俺と器が似ているだけで気が合うじゃないですか。じゃ、向こうの世界の同じ器を持つ人と会えばすっごい気が合うんじゃないですか? 俺の場合もういないけど」
その言葉を発した瞬間、リラを包む空気が変わった。有馬の眼を通さなくてもわかるほどの変化だ。月が太陽を隠したときのようなガラリとした変化。
「恐ろしいことを言うね、有馬。そんなことしたらどうなるかわからんよ。こっちもあっちも」
「それはどういうことですか?」
「宇宙が何かしらおかしくなるよ、きっと。器は他の器を、その体を通じて認識するねん。本来一つしかない物が二つある、そうなったら器はその器を消そうとするねん。で、どっちも同じやから両方消滅。そこで問題発生。本来器は消滅せえへんもんやねん、人が死んでも器はまた繰り返し次の人に受け継がれる」
なんだか空き缶のリサイクルみたいだな、と有馬は思う。
「その器がなくなるってことは器の過去もなくなるってことになるらしいねん。そうなったら過去にその器が作った歴史は消えて、世界は溝を作ってまうことになる。そうなったら人一人分の世界が変わってしまう。人一人言うても何千何万も生死を繰り返してきたわけやから、その歴史を一瞬で変えることが出来へんから地球を抱える宇宙が……変になる」
勢い良く話していたリラだったが最後の最後にきて失速してしまった。有馬は疑いの眼でリラを見つめると、途端頬を赤らめ慌てだした。
「だってだってな、そんなん今までなったことないし、怖いから誰も出来へんし、うち勉強できへんし!」
「要は一緒の器と会えば世界は変わってしまうってことですよね」
「そのとーり」
「そのような話しを和勝から聞いたことがあるな、そういや」
有馬は独り言のように呟き始めた。
以前の昼休みのオカルトタイム、和勝はポルターガイストについて話していた。世界にいるもう一人の自分に会ってしまうと死んでしまうという話。一緒に聞いていた統も聞いたことがある、と言っていたから有名な都市伝説なのだろう。
「へー、そないな話こっちの世界にもあるんやね」
「もしかすると、そっちの世界の人が、こっちの世界の人に伝えたのかもしれませんね」
「ありえるなー」
その後、昼休みでの唯賀の様子を話すなどをして会話も弾み、雰囲気もいつも以上に和やかになったところで、このタイミングだと有馬は話を切り出した。
「ところでリラさん。明日なんですが、昨日のアレを学校で使って欲しいんですよ」
「えっ、運動会って明日ちゃうやろ? もしかして学校で練習するん?」
「まあ、練習と言えば練習ですし、本番以上に大事だとも言えます」
有馬の真剣な表情を見て、リラは二つ返事でその願いを引き受けた。




