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4-2

 有馬の思惑通り、たった一日で噂はある程度広まり、特に不良達の間では完全にと言っていい程まで広がっていた。おかげで制服を着崩した生徒から有馬はよく声をかけられる。

 押上には隣のクラスなので廊下でたまにすれ違うが、不満そうな顔で睨むだけ。今すぐ勝負を仕掛けたいと思っているのだろうけど、おそらく父親から賭け事を禁止されていて手が出せないでいる、といった感じだ。

 その日の昼休み、有馬は隣のクラスに向かった。押上と交渉する為に。

 扉を開くと教室の窓側の一番奥で機嫌悪そうに見かけによらず小さくファンシーな弁当を口に運ぶ押上を見つけた。押上もすぐに有馬が来たことに気付き、睨みをきかせる。

「なんだよ、用があるならさっさとすませろ」

 完全なる拒絶。少しでも話を逸らしたなら変わりに拳が飛ぶ、それほどの威圧感。

「賭けをしないか」

 箸を置き、勢い良く立ち上がる押上。その行動にクラスの連中が一斉に目をやる。喧嘩でも始まるんじゃないかという危機感が教室中に広がる。

「喧嘩売ってんのか有馬。俺は昨日のせいですっげ怒られたんだ、親父に。だから遅刻しないで学校に来た、賭けもするなって言われた。そんな俺に向かって言う言葉か?」

 唾を目一杯まき散らしながら顔を赤くして押上は怒りをぶつける。

「この賭けはお前の現金が減ることはないし他言はしない。それでもしないのか?」

「どういう意味だよ、そんなの賭けじゃねえだろ」

「俺のクラスでお前の賭けに負けた奴がいただろ、金を払えなくなって学校に来てない奴らだ」

 押上はその言葉を聞くと椅子に座り直し、有馬に座れと前の席を指差した。

「そいつらがなんだ?」

「負けて払えていない金額はいくらだ?」

 未払分か、と押上は呟くと携帯電話を取り出し、メモ登録されている金額を口にした。

「えっと、青戸が二〇万」

 その金額に有馬は表情を強張らせる。それに気付いた押上はふふっと小さく笑った。

「青戸なんて普通だ。立石なんか四〇万だ」

「ば、バカかあいつ」

「だろ? で、四ツ木は一〇万。俺が知ってる五組で金が払えなくなって消えた奴はこの三人だけど間違いないか?」

 有馬は小さく頷く。気持ちでは大きく力強く頷きたかったのだが、彼らの負け金額多すぎ、思い切ることができない。これでは思っていた以上にリスクが大きくなってしまう。

 しかしここで引いては何も進まない。有馬は決心し、賭けの内容を伝えた。

「賭け金だけど、俺が勝てば三人の借金をチャラにしてくれ」

「はあ? ふざけてるとぶっ倒すぞ」

「話を最後まで聞いてくれ。で、押上が勝てば……」

 有馬は大きく息を吸う。いざ言うとなるとためらってしまう。

「その三人の借金の合計、七〇万の倍を俺が払う。これでどうだ?」

 普通ならおいしい話しだと食いついてくるのだろうけど、押上は違った。冷静にこの賭けの裏を見抜こうとしている。

「良い話すぎるってのも怖いんだよ。お前のことだ、あの姉ちゃんと手を組んで何かされそうで怖い」

「いや、それはしない。その代わりと言ってはなんだけど、あの三人を使わせてもらう」

「あの三人?」 

 誰のことだ、と押上は首を傾げる。

「青戸、四ツ木、立石」

 力強く有馬が言うと、押上は逆に顔を緩め、腹を抱えて笑い始めた。

「勝手に使えよ、あんな鈍臭い奴ら。親の金パクってまで賭けして泥沼ハマるバカだぜ? そんな奴らが助っ人でいいのかよ」

「いい、むしろあいつらがいいんだよ」

「それはどういう意味だ?」 

 押上は笑うのを止め、その理由を問う。なぜ登校拒否のような落ちこぼれ以下でなければダメなのか。

「登校拒否してるような奴らが不良のリーダーに勝つってのは中々痛快だからだ。その見せ場は文化祭のステージ。そこで押上対俺とその三人で勝負をする。確か押上はマジックが得意なんだよな?」

「ふっ、マジックなんて大それたもんじゃねえよ。で、それがどうした?」

「押上がマジックを行って、それを俺たちができたら勝ちってのはどうだ? 一週間ちょっとで押上と同じことをできるようになるのがいかに難しいか、本人ならわかるだろ」

 そうでもないんだよな、と意外なことを言うと、押上は二つ折りの財布を手に取り、十円玉と千円札それぞれ机の上に置いた。

「これから折った千円札の中心に十円玉を置く」

 押上の説明で理解できない有馬はまずじっくり見ることにした。有馬の眼を用いた記憶力は早業でなければ活かせられる。千円札の上に十円を置くことに大した動体視力は求められない。

 押上は千円札を横にきっちり折り、机の上に置いた。千円札が横長の三角形になる。

「このとき、緩く折ったらダメだから。それだと簡単に置けるから。で、この透かしの部分があるだろ? 丁度札の中心だ。ここに十円玉を置く」

 鋭利な角度の上に平たい物を置く。それは相当なバランス感覚が必要ではないかと思い、有馬は押上の十円玉の持ち方、それにお札と小銭の置く位置をしっかり見据える。

 しかし押上は思ったよりも雑に置き、手を離した。

「あっ、乗った」

 三角形の頂角の部分に十円玉があっさりと置かれた。

 意外と簡単なのかもしれない、と有馬は長財布から千円札を取り出し、横で二つ折りをして押上と同じように置いたが、乗る気配がしない。机に小銭が落ち、銅の安っぽい音がするだけだ。

「まあ、練習しろや。で、思ったんだけど両方成功した時ってどうすんだ? 上手い下手って判断は難しいだろ。だから回数で勝負ってのはどうだ? 先に一回でもミスすれば負け」

 有馬は少し考え、それでいい、と静かに答えた。

「じゃ全員同じ種目じゃつまんないだろ。俺たちは文化祭でショーをやるんだから」

「それはそうだ、一応出し物だから」

「だからあと二種類やるから見とけよ」

「ちょ、ちょい待ってくれ。さすがに覚えられないからケータイで録画してもいいか?」

 手品をカメラで録画されると種明かしされる可能性が高まる。それを危惧したのか押上は少し嫌そうな顔をしたが、それもそうかと有馬の言うことに納得し、撮影を許可した。

「いちいちあいつらに見せるのも面倒だしな。でも一回しかやらない」

 有馬はケータイをしっかりと構え、押上のマジックらしき物を捉える。が、その前に気になることがあったので押上が集中する前に訊ねた。

「なんで勝負は押上対四人なのに、三種目だけだ? 四種目じゃないのか?」

 すると押上はわかってないなという風に顔をしかめる。

「お前とはきっちり勝負をつけたいからだ。全種目やってどっちが上かみんなにわからせるんだよ」

 そう言って、後ろのロッカーに手を伸ばしジュースの瓶を二本取り出し机の上に置いた。学校の売店では瓶ジュースは売られていないので、駄菓子屋か何かで手に入れたのだろう。

「じゃあ、やるからな」

 最初の手品めいた物は、瓶の口同士を合わせ立たせた状態にし、口の間に挟んだ千円札を抜くというものだった。千円札をピンと張り、張った部分を指では素早く下に弾く。するとキレイに千円札が抜けた。

「これがまずひとつ。次が最後だけど、これがムズイんだ」

 そう言うと瓶を一本持ち、机の上に百円玉を置いて、その上に斜めに立たせた。

「うお、すごい」

 どういうトリックがあるのかわからないが、百円玉の上に瓶が立つ光景は、異様であり、なんとなく凄い技のように思わせる。

「この三種類で勝負だからな……で、ちょっと聞きたいんだけどよ」

「ありがとう押上。聞きたいこと? なんだ?」

 もしかしてリラのことを気に入ったから紹介しろ、と言われるのではないかとビクッとする有馬。

「あの連中を学校に連れて来れるのか? 来れなかった場合は俺の不戦勝でいいだろ、もちろん」

 確かにそれは問題だ。連れてくることも難しいが、あの手品めいたことまで習得させなくてはならない。そう考えればかなり勝率は低いように思える。

「ああ、大丈夫」

 それでも有馬は力強く頷く。元からその気持ちでこの賭けをしたのだから。

「あっ、お兄いた! ちょっと弁当間違えてるでしょ!」

 背後から女子の声がしたので有馬は振り向く。

 そこには……忘れもしない、自販機前で唯賀に嫌味を言っていた……唯賀をいじめた張本人がいた。

好きな人が同じだけで、クラブの皆を巻き込み、他のクラスにまでやりたいようにできる力を持つ理由。それは学校一の不良の妹だから。反抗すれば兄が出てくる、それがネックとなり反抗できる者がいなかったのだろう。

「もう食ったよ。だからお前が食え」

「うそ、サイテー」

 じゃれる兄妹を背中にして有馬は教室を出た。つい出そうになった右手を左手で押さえながら。

 

 有馬はその後、担任に文化祭のステージで登校拒否者三人と押上でマジックショーをやることを伝え、了承を得た。

「ところで先生。なぜもう一人の拒否者は呼ばなくていいんですか?」

「はあ? 俺はそんなこと言ってないぞ、誰が言っていた?」

「えっ、それは……」

 統と言おうと思ったが、彼が嘘をつくことが珍しく、個人の重要な何かを隠していそうな雰囲気がしたので有馬は誤摩化すことにした。

「聞き間違えかな。すみません俺のドジです」

 そう言って有馬はそそくさと職員室を後にした。

 次は教室にいる統を説得しなくてはならない。が、彼が果たして許してくれるかが一番の問題だ。

 担任には賭け事を行うことを伏せても問題はないが、統に黙っておくことは難しい。彼も有馬と同じく登校拒否者を登校させる任務が課せられているのだから。

 協力しあった方がコソコソとする必要もないし後腐れもない。けれど、根っからの真面目な統がこのようなことを引き受けてくれるのかはかなり不安だ。

 それに加え、一年の終わりから登校拒否者している女子生徒の自宅を訪問しないでいいと嘘をついた理由も気になる。

 そして放課後の通学路。

 有馬と統は並んで歩いていた。教室を出てからずっと二人の間には沈黙が続いている。

 有馬は話を切り出したかったが、説得できなかったどうしようと言う弱気が働き、中々一言を出せない。そんな有馬を察してか、統は口を開いた。

「何か言いたいことがあるのか? 貯めておくと体に毒だ。言ってみろ。お前が僕を誘って帰るなんて稀だからな」

 そう言われるともう逃げ場ない。有馬は弱気を吹っ切る為に少し強い口調で言った。

「あいつらが学校に来ない理由がわかったんだ」

「うん? どうせ押上と何かあったんじゃないのか」

「ど、どうしてそれを?」

 有馬は眼を丸くする。

「いつもは付き合いがないのに、いきなり接するようになっていたからな。不審に思って色々声掛けしたんだが、何もないの一点張りだった。それからしばらくして登校拒否をし始めた。なら押上が一枚噛んでいると簡単に想像はつく」

「どうして押上にそれを言わない? 俺はお前ほど正義感が強い奴を見たことがないぞ。なのにいじめは無視か?」

 タバコの持ち込みや頭髪や服装には口を出すくせにもっと重要なことには背を向ける統を理解できず、怒りをぶつける。そんな有馬を統は冷めた眼で見る。

「いじめというものは複雑だ。無理矢理引っ張ってもダメで、押してもダメだ。ただ、彼らの心の傷を理解するしか方法はない、と僕は思う。しかし彼らの気持ちを理解することなんて無理だ」

「どうして断言できる? もしかして登校拒否をしている女子が関係してるのか」

 その言葉と同時に統の顔の周りに大きなシャボン玉のような物が被い、表情を見えづらくした。またこの現象か、と有馬は小さく溜め息をつく。

 口を開かない統に、有馬はおおよその予想を口にした。

「その女子を学校に来さそうとして失敗したとか……じゃないのか?」

 統は口を開かない。しかし、被っているシャボン玉のような物は心臓の収縮運動のように動き始めた。正解なのか、と有馬は苦笑いを浮かべる。

 熱血漢の統が何故、必死に登校拒否者の呼びかけを行わなかったのか気になっていたのだが、これではっきりした。統は恐れているのだ、過去の過ちを繰り返すことを。しかし根っからの真面目で人を放っておけない性格をしているから、訪問はするが説得を試みようとはしない。助けたいが助けられないジレンマを彼は抱えている。

 それは彼のチャームポイントでもありマイナスでもある、自己啓発男のあだ名からも伺える。いつかインターフォンから登校拒否者の声が聞こえたら、自己啓発の言葉で勇気づけようとしているのだろう。それをいつでもできるよう、彼はそれを口癖にした。

 同時に自分を勇気づける為に。

 同じ傷を抱えているであろう統に有馬は落ち着いた声で話しかけた。

「統。俺も実はいじめられている子を助けることができなかった。つい最近だ。そいつは理不尽ないじめに心底疲れきってたみたいでさ、立ち向かうこともやめたんだ。でも今回の件はどうにかできる気がしないか? 自業自得だから。いじめられた原因はあいつらにある。で、押上に立ち向かわせる場を用意できたんだ」

「用意? それはどういうことだ」

 シャボン玉のような物に被われた統からやっと声がした。

「登校拒否三人組は押上と賭けをして負けたんだ。そして多額の借金を作って払えなくなったからこなくなった。それは知ってるか?」

「いや、詳しくは知らなかったがそういう話だろうと予想はしていた」

「あいつらの場合金さえ払えばすむ問題だ。で、今日の昼休み押上に賭け話を持ちかけたんだ。押上と登校拒否三人と俺が手品を行って、先にミスした方が負け。勝てば借金はチャラ。それを文化祭のステージで行う。名目上文化祭のステージでは手品ショーってことになってるけど」

「ちょっと待て、負けた場合はどうなる。あいつのことだ、無茶を言ったに違いない」

「無茶を言ったのはこっちだ。負ければ青戸達が負けた金額の倍を払う」

 倍、と統が確かめるように呟いた。

「金額は幾らだ?」

「言わなくちゃダメか?」

「……いや、いい。恐らく想像以上の額なのだろうから……」

 統は大きく息を吸い、その後溜め息をつき、仕方ないと言って有馬を見据えた。

「それで彼らの将来がいい方向に進むなら万々歳だ。大成にリスクはつきものだ。だが、有馬。もし負けた場合、僕も負け金額を払わせてもらう」

「やる前から負けることを考えてどうする?」

 それもそうだな、と統が笑みをこぼし、つられて有馬も笑った。


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