第四十一話
「キュキュッ」
近くの茂みから聞いたことのある懐かしい声がした。姿は見えないがこれはきっと……と期待を胸に膨らませて鳴き声の主に聞いてみる。
「カミャードなのか?」
問いかけると、がさがさと茂みが揺れ動きその正体があらわになった。どこかさみしそうに鳴くそれは間違いない。
「カミャードだよな?」
念のため再度問いかけると、「キュッ」とカミャードは鳴き、こちらを向いた。そしてぽろぽろと涙をこぼし始めた。
驚いて、どうしたんだなどと声をかけるも大粒の雫は止まらない。それどころか、ますます足元を濡らしていく。
その様子を見かねてアカさんが黙ってカミャードを優しい手つきで撫ぜた。
「よしよし、大丈夫さ。ここにはあんたにとって危険なものはないから」
「キュッ」
短く鳴いた後、カミャードはアカさんの足にすり寄り気持ちのよさそうな顔をした。
「ところで、ショウ。この子は知り合いかい?」
「うん。前の世界では仲間だったんだ。でもどうやってここに……?」
この世界に召喚されたのは僕だけのはずだ。カミャードは僕と接触があったといっても指で数えられるほどの回数であり、彼女……エリ・アナによくなついていたと思う。ただその彼女は処刑され、この世、厳密にいえば前の世界での生は散らされたはずだ。
ここでまた出会ったことは単なる偶然だろうか。僕と同じように何かしらの意味があってカミャードもここに飛ばされたのだろうか。
考えていると、突然「ぐぅー」と誰かの腹が鳴った。見るとカミャードがプルプル震えていた。アカさんがハハハと笑い出す。
「もうそんな時間か。いったん家に入って昼ご飯を食べようか」
「うん」と頷きアカさんの後を追うようにして家に戻った。「キュッ」と短く鳴いた後カミャードもついてきた。
家に戻ると、柔らかな薬草の香りが待ってましたとばかりに僕らを出迎えてくれた。あまり嗅いだことのない匂いだったのか、カミャードは一つクシャミをした。
「じゃあ手を洗った後こっちにおいで」
「はーい」
「キュキュッ」
蛇口をひねって流れ出てくる水は今朝、見た川と同じように澄んだ水色できらきらと輝いていた。かすかに香るのはハーブを触ったからだろう。
後ろに待機していたカミャードは泥や乾いた血で少し汚れていたため持ち上げて、体全体を洗ってみた。
洗っている最中、カミャードは気持ちよさそうにしていた。この世界にきてからずっとさまよっていたのだろう。彼女も僕もいないため隠れて過ごしてきたに違いない。ただどうやって僕のことを見つけたのかはわからない。嗅覚頼りだったのかもしれない。
洗い終わって床に立たせると犬がするようにして体に付いた水気を飛ばし、アカさんのいる部屋に転がって行ってしまった。とりあえず手を拭こうとそこに置いてあった布を持った瞬間、今までびちゃびちゃだったのがウソのように水が音無くして消えた。
「アカさん! 少し教えてほしいんだけど!」
遠くまで響き渡るような声を出し、アカさんを呼ぶ。今さっき目撃したものの真相を確かめるために。ありえないことが続けざまに起こって僕の脳内では情報の混濁が起こっている。
「どうしたんだい?」
手洗い場に来て、いつものように落ち着いた口調でアカさんは質問を口にした。ただいつもと違って、今日はカミャードも一緒らしい。
自分を落ち着かせるために深く深呼吸をして、今さっき起こったこと、もとい水の消滅について聞いた。説明の途中少し早口になってしまったが、アカさんは終始無言で聞いていた。




