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第四十話

「仕方ないね、明日は薬草を摘もうか」


「薬草?」


「そう、庭にたくさん植えてあるんだ。一応、これでも薬を売っているから」


 驚いた。確かに言われてみれば少しハーブのにおいがする気がする。ただ僕がもともと住んでいた世界の歯科医院や総合病院にべっとりと充満している人工的な薬品とは違ってさらっとした香りだった。すがすがしい朝を思い起こさせるものだった。それが庭に生えている。ここ最近のジメジメと沈んだ気持ちを切り替えるためにもいい機会かもしれない。やろう! と言ってアカさんに微笑む。僕をがんじがらめにしている暗いドロドロした気持ちが噴き出さないように。



 翌朝、雨は上がっていた。朝ごはんを食べて、アカさんと外に出ると、なるほど、遠くのほうに川ができていた。透き通るような水色が穏やかに流れていた。たまに見えるパステルカラーの小さいものは多分小魚たちだろう。その景色をもう二度と見れなくなる気がして心に焼き付けるようにじっと見つめた。


「朝露が滴っているね」


不意にアカさんの声がして驚き、振り向くと川と反対の方向、つまり僕の後ろに生えている薬草を見ていた。わが子を見るような柔らかいまなざしで。胸のあたりがきゅっと詰まったようになる。


「どうしたんだい? そんなに見つめて」


「い、いや何でもないよ!」


 わずかに感じたさみしさを振り切る。過去のものだ。今に集中しなければ。


 薬草は爽快な匂いを惜しみなく放っていた。おずおずと一枚の葉を鼻に近づける。元の世界の匂いで言えばミントだろうか。それに近しい強烈でしつこくない匂いが鼻腔に充満する。この薬草の名前が気になり聞いてみる。するとアカさんはにこりと笑って教えてくれた。


「さわやかな香りが特徴のこれはメンテというんだ」


 ミントに酷似した名前であり、且つ特性も似ているため驚いた。他人の空似という言葉が何の前触れもなく脳裏に出てくる。続けてアカさんはメンテの効能を説明してくれた。


「メンテにはいくつか効能があって主なものでは殺菌や抗炎症、解熱作用があるんだ」


「なるほど」


 僕に薬草の説明をしているアカさんはとても楽しそうだった。そのおかげか僕もニコニコしながら話を聞くことができた。元の世界とは違って。元の世界では、薬草が嫌いだった。いじめられた後、必ずと言っていいほど嗅いできた匂いだからだ。毎回、保健室の先生が困ったように迎えてくれた。これからは十分気を付けてね、と言いながら。


「そうだ。せっかくだから摘んでみるかい?」


「え、いいんですか?」


 驚いてそう聞くと、大きく頷いてアカさんはいいよと言った。恐る恐る薬草に触る。触った部分から美しく無遠慮に香りが立ち込める。香りの香水を存分に浴びながら僕は柔らかな葉を摘んでアカさんが用意していた籠に入れた。時折ポタリと葉から雫が滴り落ちて、腕を濡らす。隣にいたアカさんは、いつの間にかしゃがんで葉を摘み始めていた。


「ん?」


今声を上げたのは僕だ。目線の端で今、何かが動いた気がする。隣で不思議そうに僕を見ているアカさんには気づかないふりをして、先ほどの違和感を拭うべく、注意深く辺りを見回す。


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