第三十九話
突然言われたことに頭がパンクしそうになる。いやいやそんなバカげたことはないでしょうと否定をしようと口を開いたがまるで言葉が出てこない。心臓がものすごい速さでドクドクと脈打っているのを感じる。呼吸も浅くなっていく。時折、ヒューヒューとのどからかすれたような声が漏れるのもそのせいだろう。無理矢理口角を上げて微笑んで見せる。
「仕方ない、これを受け入れましょう」
そう言うとアカさんはほっとしたように話を続けた。何事も起こらなかったように。まるで先ほど口に出した衝撃の事実がなかったかのように。
アカさんの話によれば僕がここに召喚される前にいた世界は、大体中世あたりに存在していたらしくエリ・アナという女性が王妃の座についていたがある時を境にその名は歴史上から姿を消したらしい。多分僕と出会ったころだろう。王妃という身分を隠していたから。命がけだったのだと思う。そんな大事な人を無くしてしまったということに先ほどの痛みがまた胸のあたりで重苦しい音を立て始めた。思わず涙が溢れ出しそうになるがぐっとその気持ちを抑えて目の前のアカさんが話す内容に集中した。
「そういえばこの近くに図書館があるんだよ。明日でも天気が良かったら行ってみないかい?」
「いいですね! 行きましょうか!」
「あと、ショウ」
「はい、なんでしょう?」
「敬語、抜いていいんだよ? なんだか堅苦しくてねえ……」
「あっ!」
口を押えてアカさんのほうを向くとクツクツと笑われた。とたんに頬から耳までジンワリと熱くなる。そういえば最初に言われていたことを思い出した。あの時も確か緊張感があってと話されたはずだ。
「ごめんなさい!」
「全然いいんだよ。私のほうこそ押し付ける感じでごめんね」
ふと窓の外を見ると雨が降っていた。かすかにサァーと降っていて一粒一粒がはっきりしていない霧のような雨だった。僕の視線に気づいたのかアカさんも窓の外を見てぽつりとこぼすようにつぶやいた。
「雨が降っているね」
「そうです……じゃなくて、そうだね」
「明日は図書館に行けないね……」
「どうして?」
「図書館の本がすべて濡れてしまうからさ」
思わずええ! と声を上げる。全く想像できない。ありえないとは思うが、現時点でもっとあり得ないことが起こっているため、もしかしたらあり得るのかもしれない。本が濡れるということは天井に穴が開いているということだろうか。たまらずアカさんに真相を聞いてみる。
「どうして、本が濡れるの?」
「雨が降ってできた川に埋もれてしまうからさ。あの辺りはここら辺でも有名な水はけの悪い土地だからね」
へぇー、と何とも間抜けた声が出る。ただ川ができるということは少し気になったので聞いてみると、雨が降った翌日だけ川ができているらしい。どこに続くかは誰も知らないそれは、図書館のあたりにだけでき色とりどりの魚が遊んで旅をしているのだと言われた。噂によれば片割れの自分を探しているそうで、なんだかロマンチックだなと感じた。その魚たちに僕は僕自身を重ねていたのかもしれない。元の世界の体はどうなっているんだろうか。そもそも時間が進んでいるのだろうか。などと考え始めるも、それはすぐに停止する。なぜならアカさんが話しかけてきたからだ。




