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第三十七話

 何やら美味しそうな匂いが漂ってきたため、ゆっくりと目を開ける。柔らかな光が顔を照らし、次第に意識が覚醒すると同時に頭の中に何やら重たいものが入れられているような鈍い不快感が僕を襲った。


「ウッ……」


「お! 目が覚めたのかい」


 思わず漏れ出た呻き声が聞こえたのか、閉じた目を開くと、見たことのない女の人が顔を覗き込んでいた。驚いて後退るとその人はクラッカーの弾ける音みたいに笑った。眩しさそのものだった。


「驚かせてすまないね。私の名前はアカさ。よろしく!」


「こ、こちらこそ!」


 差し出された手を慌てて握る。とても優しかった。


「あ、えっと、僕の名前はショウです!」


「ショウ……いい名前じゃないか」


「あ、ありがとうございます!」


 緊張からか声が大きくなってしまった。室内にキーンと残響が残る。それを聞きながらアカさんは笑って言った。


「はは、そんなに緊張しなくてもいいんだよ」


「す、すみません」


「そして、敬語を外して話そうか。少し距離感があってどうも性に合わなくてね……」


「わ、わかりまし……じゃなくて、わかった!」


「うん、そっちの方がショウらしいよ」


 そう言い残し、アカさんはどこかへ行ってしまった。驚いて乱雑になった毛布をそっと畳みながらこの場所のことを考える。あの時僕は、彼女と一緒に首を刎ねられ、処刑されたはずだ。それなのに、今僕の首は繋がっていてピンピンしている。頭痛は少し気になるが、それ以外は何の問題もない。


「うーん……」


「そろそろ料理が出来上がるから、テーブルに座りな」


「は、はーい!」


 気がつくと、先ほどまで漂っていた芳しい匂いが更に強くなっていた。懐かしさも感じるそれは眠っていた記憶を少し呼び覚ました。元の世界で僕はどうやら真面目だったらしい。それ故、クラスメイトからいじめを受けていた。


「大丈夫かい? 怖い顔して」


 ハッとして前を向くと、アカさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。大丈夫! と無理矢理作った笑顔を向ける。うまく笑えているか不安だ。


「それならいいけど……具合が悪かったらいいなよ? 起きたばかりで心配だよ」


「少し怖いことを思い出してしまっただけだよ。ありがとう」


「とりあえず、これでも食べて元気出しな!」


 そう言ってアカさんは器に入った何物かを持ってきた。ふわふわと漂う刺激的な匂いが食欲を唆る。食べていいか聞くと、遠慮なく食べてくれと言われたため、スプーンで熱々のそれを掬い少し覚ましてから口に放り込む。ふわりと芳醇な匂いが口腔内で広がる。一度目を覚ました猛獣がすぐには眠らないのと同様に、僕の食欲もまた止まらず、気づけば三杯もおかわりしていた。そんな僕を見てアカさんは終始笑っていた。


「あ、ごめんなさい! 食べ過ぎですね……」


「いやいや、そんなことはないよ。食べ過ぎぐらいがショウには丁度いい」


 もっと食べな! などと言われて、お礼を言いながら僕はパンを食んでいる。これもアカさんの手作りだそう。もちもちとした食感でとても美味しい。何より素材の味が生きているところが一番気に入った。素朴な味ながら深みがある。

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