第三十四話
不意にドタっと鈍い音が牢獄内に鳴り響いた。僕ではない。彼女に違いない。手探りしながらなんとか助け起こすと、いつも通りありがとう。と言われた……否、言われそうだった。なんの魔法を使ったのか突如、手首をギュッと掴まれ彼女がいるだろう方向に倒れ込んでしまった。柔らかなモノが当たって、耳に火がついたように熱く感じる。
「ご、ごめん」
謝罪の言葉をあたかも嘲笑うかのように、鼻血がポタリと重たく落ちた。その音を聞いてか、彼女の掴む力が強くなっていった。
「ど、どうしたの? 何か……あった?」
「どうしたのじゃない!」
声を荒げて彼女が怒り始めた。僕が怪我をしたのを皮切りに次々と普段言わないような暴力的語句を塗した説教が始まった。
「キュ……」
カミャードは小さく鳴いてまた、リュックの中いわば安全圏に逃れたようだ。
「……そう言うことだから、今度から無茶しないで! 痛いなら言って! わかったかしら!」
「は、はい……」
やっとのことで終わった後、怒りで体力を消耗したのか彼女のお腹が盛大な音で空腹を通知した。一瞬刻が止まる。しかし、五秒と経たないうちに自然と笑いが起こり牢の中は依然として暗かったが僕らのいるところだけ明るく感じた。
「フフフ……久々に笑ったわ」
「休むことがほとんどなかったからね……」
「キュッキュッ!」
カミャードがようやく中から出てきたのか布が擦れる音がした。それと同時に彼女の姿が鮮明になった。光に目を眩ませながら見渡すとカミャードが発光しているのに気づいた。
「カミャード?」
「キュキュ!」
「あら? この光は……カミャード?」
「キュー!」
「……そう。ありがとう」
「キュ!」
誇らしいのか体を揺らしながらカミャードは返事をした。話しやすいようにカミャードを中に挟んで僕と彼女が向かい合う形になった。
「そういえば、僕らを捕まえたあの男は異世界からきた人なの?」
あの登場からずっと気になっていたことを聞く。ムートゥンさんの言っていたことも引っかかる。彼女は暗い顔で頷いた。
「……ショウと同じようにあの男も異世界から来たの。結構前の話だけれど」
「そうなんだ……。男の名前ってわかる?」
「確か……コスギケイじゃなかったかしら」
一つ考えた仮説が正解し、妙に納得した。コスギケイ……二十年ぐらい前に母校で行方不明になった男だ。今では、一つの都市伝説となっておりトイレの花子さん同様、午前九時きっかりに屋上で特定の言葉を呟くと誰もいなかったはずの屋上に人影が現れるなどといった一つの学校の怪談にもなっている人物。それが、今異世界で悪さをしている……。
「どうしたの? 百面相をして」
「え? あ! ちょっと考え事があって……」
「キュ?」
「もしかして……また嫌なことがあったの?」
「いや、違うよ。だから心配しなくて大丈夫!」
笑いで誤魔化しながら言うと、そう……と彼女は言い無言でカミャードを撫で始めた。




