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第十一話

 小部屋には便器だけでなく、洗面台もあり、歯ブラシも二人分スタンドに立っていた。あいにく歯磨き粉はなかったが、文句は言えない。それを言う資格は僕にない。鏡を見ると、嫌いなものが目に写り、思わず顔を背ける。彫刻刀を持ったばかりの小学生があべこべに掘った下手な版画のほうがまだマシだと思わせる不細工な顔がそこにあったからだ。何千回も何万回も自分の顔は見ているはずなのに、慣れているはずにもかかわらず目線を逸らした。答えはわかっている。美しい彼女の隣を歩くのにふさわしくない、その一点だと。

 極力鏡を見ないように口をゆすぎ、顔を洗う。不細工だからといって何もしないわけにはいかない。せめて見栄えくらいは良くしなければ、と感じ、寝癖のついた前髪を水に濡らし手ぐしで梳かしておく。この世界に来たときからずっと着ているスーツは、案外丈夫なのか昨晩、寝たときに少しシワがついたくらいだが、中に着ているワイシャツと下着には汗と睡眠中に出た皮脂が染み込み、ツンと鼻につく悪臭を放っている。ワイシャツだけ脱いでおこうかとも考えたが今日中に服屋が見つかるかどうかもわからないこの状況ですることではない愚かな行為だと判断し、仕方なく着たまま小部屋から出た。先程外に出たときは暖かく感じたため、スーツは汚れを防ぐためにも脱いでおいた。音を聞いて彼女がベッドの上からこちらを向く。


「終わったの?」


「うん」


「じゃあ次使うから、適当に待ってて」


 わかったとうなずき、戸の向こうへ消える彼女を黙って見ていると閉める直前、きれいな薄桃の髪を泳がせながらこちらを振り返り、ニイッといたずらな笑みを浮かべ、覗かないでねと言われた。一瞬空気が止まり、我に返った僕が驚いている間に、扉が閉まった。花の蜜をいい感じにブレンドしたようないい香りとフワッと優しい空気がパタンという音と共に鼻をくすぐる。

 ベッドの上に座って彼女を待っておこう。起きて少ししか経ってないのか、触ってみるとほんの少しの温もりを感じた。ふと、ランプシェイドを見ると丸みのある葉の先端から徐々に穏やかな黄色が、赤みの強い橙色へと変わっていた。なにかの知らせだろうか。嫌な予感がして思わず頭を振る。テントの外で待ち構えていた魔物にいきなり殺されたり、彼女が突然消えたりなどといった世にも恐ろしい想像を脳内で繰り広げながら目線をあちらこちらへと忙しく泳がせる。思い浮かべたことが絶対ないだろうという確証はどこにも存在しないから尚更、不安が僕の中で墨のように底のない暗闇となって濃くなっていく。変則的な僕の様子とは対象的に、読むことのできない文字盤は相変わらずカチカチと規則正しい無機質な音を静かに響かせていた。

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