第4話 頭巾の男
キィーキィー
荷車の車軸が鳴っている。
集積所から戻った親方から唐突に出た話は、
「次の町で最後の試験だ。」
6才でファームに来て9年、もうすぐ成年になる。
3年前、12才の誕生日、いつもの様に執務室に来るように言われた。
エイミ様の執務室に入るとダイ様も居て、そのまま面談が始まった。
机の報告書を見ていたエイミは、顔を上げ机の前の椅子に座る様に促す。
「この3年は、一族になれるかの適性を見て来ました。
一部、あまり芳しくない報告もあるが、適正については『有』と認めましょう。
これが最後の確認となりますが、まだ一族に入りたいかね?」
「はい、お願い致します。」
「では、これからの仕事の説明をしましょう、今までは色々な仕事から経験を積んできてもらいました。 今後は、1名ないし2名の親方が君につきます。
親方は、行商の間に知識や技術を君に教える事になりますが、親方が受ける依頼を君がこなす事になります。
それを全て『秀』評価でこなす事が推薦状を貰う条件になります。」
「全て『秀』ですか・・・」
「例えば、貴族の秘密を探り出せ・・という依頼だったとしましょう。
それを外部に知られたら貴族の地位が危なくなる。
当然、防犯対策は十分に行っています。
そこに君が忍び込むのです、小規模な依頼なら単身で行う事になります。
大規模な依頼ならパーティーを組んで行います。
君が行動の一つでも疎かにしたら、依頼が達成できないだけでなく全員が危険になるのです。
部屋に入り机の引き出しの施錠を解除したら、警報がなった。
書類を素早く探し出し持ち出す?
引き出しは放置して逃走する?
戦闘覚悟でドア裏に潜む?
この場合、開錠前にワナの確認を怠ったのが原因です。
その後の判断も事前にどれだけ情報を持っているかで対応が分かれます。
こんな状態でも依頼は、失敗かまだ続行できるのかその場で判断する事になるのです。
依頼失敗の中でもっとも悪い結果が、捕縛され情報を引き出されることです。
そのため、『龍の一族』には鉄則があります。
依頼は満足し達成されたか。
身元を明す物を残していないか。
躊躇せず自決する覚悟はあるか。
今後、これを肝に銘じてほしい。」
「自決ですか?」
「最も悪い結果にならない様に、捕縛されたら自決を覚悟してもらう。
自決が遅れ情報が洩れたら君の命はこちらで奪う事になる。」
「黙っていれば?」
「そうですね・・例としてですが、拘束されて爪を剥がされる、
その後、指を一本一本切り落とされるか潰される。
そして、指と爪はくっつけられて回復魔法を掛けられる。
毎日、手と足を情報を聞き出すまで続けられる。
安楽死など与えてくれない。
君は、一生耐えられるか?」
「無理・・です。」
「もし捕縛され脱出できないなら、自由に動ける間に自決してくれ。」
「わかりました。」
「どうかね、まだ、(一族になるか)間に合うが?」
「はい。覚悟はあります、一族になりたいです。」
今回の親方は、夫婦の行商人。しかもそれぞれが別の一族に入っていた。
旦那(親方)は、”ドラゴンの一族”。奥様(師匠)は、”龍の一族”。
1年程師匠が教えてくれたが、
「もう、あなたに教える事は無いわ。」
それ以降は、師匠が受けた依頼をこなして来た。
もちろん、いつもそばには師匠が居てサポートしてくれた。
訓練は、親方に変わっていた。
そのため、実戦形式での武器を使った模擬戦。
平地はもとより森林の中・高低差・石だらけの河原・川の中・夜間・崖を背に・片側が崖・ありとあらゆる場所での訓練(稽古)は、ナイフ・小刀・ショートソード・両刃剣・片刃剣など主に携帯が楽な武器を使って行われる。
最近は、不意打ちへの対応を試されている。
いつ襲われるかわからない状態で、襲われた対応訓練だという。
御者の席に、親方と座っている。
師匠は、荷台に座ってる、静かなので寝ているのだろうか。
いつもの雑談から、依頼を失敗して拷問される話になった。
「確かに退屈しのぎにそれをやる貴族もいるが、耐性や無効になるスキルもあるからな。本当に情報が欲しいなら、拷問より効果的な方法がいくつもある。興味があるならそっちの親方へ紹介状を書いてやるよ。俺は、修得できなかったがな。」
「そうなんですか。そうですね、お願いします。」
「ところでおまえ。昨日の稽古で腕を打たれて平気な顔をしていたな、終わったら痛いと大騒ぎしていたが?」
「そうなんですよ。昨日から変なんです。稽古の時だけ、打たれても痛くないのです。その代わり終わったらすごく痛くなります。」
「さっきも言ったが痛みに対するスキルがある。『痛覚耐性』や『痛覚無効』と呼ばれるスキルだが、これは引退スキルと言われ気嫌われている。
自分の限界が分からない為、無理をして手足を失う者が多いのだ。
それに反して『痛覚遮断』というスキルがある。こちらは、自分の意思で痛覚を有効にしたり遮断するスキルなのだが・・おまえのは、これの様だ。
タイミング良く使えば良いスキルになるだろうが、それにはコントロール出来ないと無理だ。今後は意識して使うと良いだろう。」
「あんた、後ろから変なものが付いて来るよ。」
「ああ。そのようだな、おまえは分かるか?」
「前に3人、後ろに1人・・馬に乗っていてつかず離れずついて来ますね、動きからこちらがボスのようです。」
「それで、おまえならどうする?」
「前に行きますので、後ろはお願いします。」
「いいだろう、荷馬車はどうする?」
「止まった方がいいでしょう。おそらく、後ろも止まると思います。
失敗ならそのまま戻れば良いですし、うまく行くなら加わるでしょう。」
「なら、あの木の横で止まろう。良く周りが見える。」
見通しの良い場所に停まる。
後方に見える豆粒が止まる、こちらの動きに合わせているのが分かる。
誰もいない道に左右の林から野盗が現れる。
意外だったのは、3人目が一緒に現れた事だ。
こちらは、御者と隣に座る少女が1人。
あきらかに侮っているのだろう。
荷馬車から降り前へ歩き出す。
お互い顔を見合わせている、その驚いた顔が滑稽だ。
指さし品定めする下品た顔に変わり、お互いの距離が詰まる。
こちらは、鞘に収まったままの小刀。
対して、手前の2人は先ほどまで持っていた弓を背にしまい、
今は槍を持ちショートソードを腰に収めている。
奥の男は、弓と矢を持っているが、射るそぶりは見えない。
そのため、数歩後ろで見ているといった立ち位置になっていた。
「おい、小娘だぞ。どうする?」
「出て来たって事は、護衛じゃねえのか?」
「この小娘がか?」
「そうだろう・・・しかしよう、こいつ可愛い顔しているじゃねえか。」
「売ったら金貨何枚になるかな。」
「そうだな、目の下の痣が玉に瑕だがな。」
「まて、目の下の痣?」
フードを目深に、しかも頭全体を頭巾で覆っているので顔の分からない男が近づいて来た。荒い目で出来た頭巾から鋭い視線を感じる。
弓を背に背負い直し、腰より片刃剣を抜き放ち娘の顔に向けた。
「思い出したぞ、この女を生け捕りにしろ。9年前だ、あいつがしでかした事で旦那の奴隷になったのだぞ。お前らも聞いているだろう、旦那がどんな事になったのか。」
「おおい、本当か。」
「あいつの手足の一本や二本、ちぎれていたっていいぜ。生きてさえいれば、旦那から何年も遊べる金貨が貰える。俺はいらないから、お前達で分けろ。俺は、奴隷から解放してもらえるだけでいい。」
「おい、聞いたか。」
「山分けだぜ。」
娘を囲う為、移動を始める。
身構えているが、所詮小娘。冒険者らしいが左右から襲えば、ひとたまりも無いだろう。
まだ移動の途中、娘が懐に飛び込んで来た。
「なに!」
槍で小刀を受け、力任せに振り回す。
娘の小刀が空を舞う。
小刀を見上げる男は、何かに驚いている。
娘は、槍に押し出され地面を派手に転げまわる。
隣にいた頭巾の男の足元へ。
男達には、こんな事になるとは想定に無かった。
それでも頭巾の男は、片刃剣を振り上げる。
娘は、ぶつかる寸前に起き上がる。
頭が腹にぶつかると、頭巾が僅かに浮き上がり隙間から顔が見えた。
簡易の防具に鎖帷子がある。
本来は、鉄などの金属を用いるのだがあまりに重いと犬猿される。
そこで、硬化させた魔素を組んだ鎖帷子が開発された。
羽根の様に軽くなったが、それでも動きにくい事には変わりがない。
男の鎖帷子は、ズボンと上着に分けられる。
ズボンには、ずり下ろすのが面倒な為 小便用のスリットが開いている。
安物の鎖帷子には、重ね合わせが無い。
娘は、腰の後ろに手を回し 股間を目掛けて突き入れる。
素早く後ろの腰に戻すと、倒れた男から離れ先ほどの男へと向かう。
まだ目が泳いている男に目もくれず、小刀を拾うと林へと走り去っていった。
「おい、逃げたぞ。」
「あ・・あぁ。」
「追いかけるぞ、ついて来い。」
「アニィは?」
仰向けに寝ている頭巾を指さす。
「頭でも打って、のびたんだろう。しばらくすれば起きるだろう。」
「じゃ、依頼の荷馬車はどうする?」
「小娘が逃げたんだ、戻るまでいるだろう。逃げてもあの方が居るから大丈夫だ。それより、小娘をおうぞ、金づるを捕まえてから荷馬車だ。今日は、うまい酒が飲めるぞ。」
男達が林の中に入っていく。
ガサッガサッ・・
草をかき分け進んでいると。
ッ・・・バサッ
後方で滑ったのか倒れる音。
「おい、どう・・」
バサッ
何人も抱え込まないと一回りも出来そうも無い木の裏から声がする。
「師匠にお願いしてください。前に座ってほしいと。」
「おまえはどうする?」
「あの頭巾の後をつけます。」
「では、集積所に行っているからな。」