黄金色の少女
俺は気づけば見知らぬ街の中にいた。
レンガや木造の建物の雰囲気がいかにも異世界や、ゲームの中をイメージさせる。道はアスファルトなんかで舗装されておらず、自然が豊かで家には煙突が立っている。
「ここがゲームの世界か……」
俺は思わずそう呟いてしまった。
そういえば、今自分の姿はどうなっているのかと視線を下してみると、そこにはもともと着ていた真っ黒なパーカーにジーンズはなく、黒いシャツにダメージの入ったズボンで、腰には大きめのベルトとそこに装着されたダガーがあった。
バリバリの初期装備だと思われるが、武器が付いてくるのはありがたい。これならこのままモンスター狩りで金が稼げる。
そう思い、俺は街を出た。
現在、RPGのメジャーモンスター、『ゴブリン』に悪戦苦闘している。何故苦戦しているのか。それは、ステータスである。今の俺のステータスが、現実世界で引きこもっていた時の身体能力となんら変わりないのだ。先ほどスライムを倒しレベルが一つ上がったため、多少ステータスが上がっているはずなのだが、それでも一向に倒せない。
このままでは日が暮れてしまうので、俺は全身の力を右腕に込めて振り下ろされるゴブリンのショートソードを払った。ゴブリンがよろめき、すかさず俺がダガーを突き刺すと、ゴブリンの頭上にあったHPバーがゴブリンもろとも砕け散った。
一息ついてステータスが表示されるカードを見ると、レベルがまた一つ上がっていた。現在はレベルが二、所持金が四千三百六十七チコル、ステータスパラメータは筋力と敏捷性が多少高めで魔力量と防御力が抑えられている。
全体的に言えばたいしてすごくもないステータスだが、すぐに身体能力が上昇するというのは非常に楽である。
そのままカードを眺めていると、獲得スキルが表示される欄に『片手剣』と『近接戦闘術』という文字が現れた。俺がその文字を人差し指でタップすると、少し長めの説明文がピッという機械的な効果音と共に開いた。
――『片手剣』レベル一、片手剣の扱いが良くなる。『近接戦闘術』レベル一、近接での戦闘術が身につく。
俺は全て読み終わると、あからさまな説明文を閉じてカードをしまった。
あの後も何度か戦闘を続け、ようやく街に帰ってきた。かなりあたたかくなった懐を持って食べ物を買い、宿を借りてベッドに寝そべる。宿のつくりはいたって単純で、部屋の端にベッドと小さな台座、入口の右隣には鏡と洗面台、そして中央には小さめの円卓と椅子二つが置いてあるだけだ。
再びステータスカードを見ると、いつの間にかレベルが五になっていた。ステータスもそこそこ上がり、前の自分とは比べ物にならないくらいの身体能力を持っているはずだ。明日中にはレベル十まであげよう。
そう決意して俺は深い眠りについた。
目が覚めると、俺は街を出る前に武器屋に寄って少し安い長剣を購入した。昨日の時点で初期装備のダガーが限界を迎えていたのだ。
……そのせいで所持金も限界を迎えそうなのだが。
現在はもう二体もゴブリンを倒し、レベルが六になっている。
街の外の森を探索しながらエンカウントしたモンスターを倒していく。この繰り返しを昨日から続けているが、なかなか効率がいいみたいだ。
新調した長剣もスキルの補正で難なく扱えている。一度街に戻って休憩しようかと思い、来た道を引き返し始めた――その時。
一人の女性がモンスターと戦闘しているところが見えた。綺麗な黄金色の髪をたなびかせ、宝石のような碧眼で相手のモンスターを見つめる。相手はゴブリンなようだが、レベルが低いと奴との戦いも困難だ。
しかし、その女性は特にダメージを受けることなく長剣を振り回し、ゴブリンを倒した。俺の見積もりが間違っていたのだろうと思い、そのまま立ち去ろうとした。が、とてつもない地響きでバランスを崩し、その場に倒れ込む。
なにがあったのかと女性の方を振り向くが、同じく女性も倒れているだけでこの地響きの原因が女性でないことを悟る。
その代わり、定期的な地響きがその場を包んでいる。
……この地響きは、恐らくモンスターの足音だろう。
その考えを決定づける光景が、突如目の前に現れた。
全身緑色の巨体に縫い目の荒い腰巻、右手には大剣と言っていいほど巨大な刀。RPGのメジャーモンスター『ゴブリン』のお頭的存在。
「『ゴブリンロード』……ッ」
俺がそう呟く間にも、その大物は右手の刀を肩に担ぐように構えて女性に狙いを定める。
女性はと言うと、突然現れた中ボスモンスターへの恐怖で動けない様子だ。
状況を確認した俺は、意識せずとも駆け出していた。女性との間にある十五メートル程の距離を走り抜ける約二秒間がとてつもなく長く感じる。
奴が刀を振り下ろす前にたどり着いた俺は、未だに動かない女性を抱えてそのまま前方に跳ぶ。危機一髪で刀を避けたものの、地面に倒れ込んだ俺と俺の腕の中にいる女性は少しだけHPバーが減少する。
「大丈夫か!?」
その言葉に応答は無く、かわりにただただ荒い呼吸音が聞こえる。また、それと同時にゴブリンロードの刀がカチャッという音を立てた。
俺は背中にあった剣でギリギリ受けることができたが、横に薙ぎ払う形で振られた刀の勢いに逆らうことなく森の奥までふっとばされた。






