アサルテ
アサルテは割り当てられた部屋に入って扉を閉めたところでやっと一息つく。
先ほどまで祝勝会という名の晩餐会が執り行われ、久々に着る礼服の動きづらさと貴族や王族たちに囲まれて色々と質問攻めに対して、久々に外交用の笑顔を振り撒巻いて回ってさすがに疲れていた。
無造作に礼服を脱ぎ捨て、下着姿でベッドへダイブする。ポフッという優しい音と身体を包み込む弾力が疲れた身体を抱きしめてくれる。
さすが王城のベット、質が良いものを使っていた。羽毛の掛け布団に埋もれながら、最後にベッドで寝た日を思い出そうとしたが思い出せなかった。
ゴロリと寝返りを打ち天井を見つめる。
長く苦しかった旅を思い出す。多くの人が死に傷ついた。戦女神の司祭として魔王討伐に志願して1年と半年、たったこれだけの期間で大業を成せるとは思わなかった。
勇者ケインと共に行動し始めた頃の彼の印象は、大事の前の小事を見捨てれない到底「勇者」の器とは思えぬ甘ちゃんな男に映った。
だが、何事にも向き合い、諦めない姿勢はまさに「勇者」であった。
「とても優しすぎる方ですしね」
そう囁く様に呟き、アサルテは独り微笑む。誰も彼も救おうとするケインに最初はイライラしていたがその心の広さ、優しさに触れてからは彼に心酔した。冷たい性格だと思っていた自分の心に温かさと愛おしさで満たされた。
アサルテは生涯共に歩むべき主を得たのだった。
そこからはケインの望みを叶えるためにアサルテは尽力した。
最初の1年は失敗に次ぐ失敗ばかりであった。襲われてる親子を救ったために村が滅び、強敵と対峙して力及ばず仲間を失いもした。悪徳商人に騙されて借金を負わされ、金策に走ったこともあった。
魔王討伐など夢のまた夢と思われていたが、残りの半年は恐ろしいほど順調であった。
そう、あの男と出会ってからだ。
アサルテは嫌な男のことを思い出して今度は顔を顰める。
ケインがその男を連れてきた時は正気を疑った。
「なんでもボクの思い通りにことが運ぶんだ。だからまかせてくれ」
そうにこやかに言った男の言う通り、その時抱えていた問題はあっという間に解決した。
ケインはたいそう喜び、その男を信用した。
だがアサルテからしてみれば準備していた最後の策が功を奏したにしかすぎなかった。だが奇跡的に成功した、というのは事実であり、その男の言う「ユイガドクソン」のおかげなのかもしれない。最初はそう思っていた。
だが、そこから先の順調さはアサルテたちの努力の賜物であった。その男は何もせず、ケインの用意した宿でゴロゴロ寝てばかり。
アサルテもシーもケイイチローという男を完全に「詐欺師」だと断定していた。
流石のケインも
「アサルテ、僕は王都へ帰ったらケイイチローに別れを告げるつもりだ。僕たちは彼の力で勝ったんじゃない。僕らの力で勝ったんだ」
崩れゆく魔王城を眺めながらやや疲労とケガで一人で立てずにアサルテの肩を借りていたケインは決心したように話してくれた。
これで憂いはない。勇者ケインはこの国の英雄となるのだ。この先も彼と共に歩めることをアサルテは嬉しくて体の奥底から暖かくなった。
そんな暖かい気分のままアサルテの精神はゆっくりと眠りの世界へ誘われる。
落ちていく意識の最後に思い浮かぶ愛する男性の名を呟き
「ケイ……イチロー……さま……」
アサルテは静かに眠りについた。