プロローグ 賢人の弟子
今日はたくさん食べよう。たくさん収穫しよう。小麦色の景色。澄んだ空と朝日が気持ちいい。私はお気に入りの青色のバンダナを巻き、近所に住んでいるマドンさんに挨拶をした。
「おはようございます、マドンさん。いい天気ですね。」
ゆったりとした服を身に着けたマドンさんこちらに気が付き、手を振った。
「おはよう、アンカー。いい天気だね。今日の収穫は大変だよ。うれしいことにね。ところで、師匠のほうはどうだい。最近顔を出さないけれども。」
「最近、調子がいいらしく小言が多いです。」
私が苦笑しながら話すと、マドンさんが快活に笑った。
「ははは。そりゃ何よりだ。元気かどうかわからなかったんだよ。よかった。あんたもしっかり勉強なさい。あの人は変人だけど頭はいいよ。小言もあなたのために言っているんだろうさ。何人か弟子はいたけれども、一番かわいがっているのはアンカーだよ。頑張りな。」
マドンさんは師匠と私の二人暮らしの面倒を見てくれている。師匠と二人で訓練している日は料理を持ってきてくれたり、掃除を手伝ってもらったりしている。生活力のない師匠に説教をできる珍しい人だ。
「大変ですけど、頑張ります。それから、今日の収穫頑張りましょう。」
「そうさね。実ってくれて助かるよ。今日終わったら、師匠と食べに来るかい。」
「いえ、明日にしましょう。今日は師匠に魔法を教わります。」
「そうかい。分かったよ。料理は持って行かないから自分たちで何とかしてね。じゃあ、行くよ。」
マドンさんは畑に歩きだした。
私の師匠は偏屈だ。この間も火の魔法への魔力の通し方が一定ではないと指摘された。魔力量が変化したところで、火が揺らぐだけだから、大したことないって思ってる。指導があまりにも細かいため、この村では弟子が私しかいない。詳しいことは知らないが、昔はたくさんの弟子がいて、今は各方面で活躍しているらしい。ただ、私は兄弟子には一人も会ったことはない。師匠には感謝しているが、指導ばかりだったらすぐに弟子をやめていたと思う。
この間収穫した小麦でパンを作ろう。師匠も喜んでくれるはず。師匠は白いパンが好み。最近食が細くなってきているから、私も少し相伴にあずかれるだろう。それとも食欲が戻って、たくさん食べてくれるだろうか。
そんなことを考えながら私は一息入れた後、マドンさんと一緒に畑へ向かった。
少し前までは時には賢人として、時には軍人として活躍した私の師匠は、今は体力の衰えからか家をあまり出なくなった。名前はコーダ・カオル。珍しい名前だ。私が8歳のころから弟子として剣と魔法と座学を教わった。生活力のない師匠に対して、私は家事と近所付き合いの大切さを教えた。変な関係ではあるが、7年続いた関係だ。私は居心地の良さを感じていた。