究極の選択と決断
セイメイが持つその剣の名は、国宝『断切剣』。因果を切り、また因果を断つ剣。
これに斬られたものは、その因果を断ち切られる……その存在は生まれてこなかったものとなり、また生まれてこなかったのだから存在していた記憶すらも、皆の頭の中から消える……
「……これに、俺が斬られろ、ってことか」
目先に向けられた切っ先を見ながら、理解したようにヤークワードが言う。
しかしそれを理解した者など……納得できた者など、ヤークワードひとりだ。
「な、なんでそうなるのよ! 意味わかんない!」
ノアリが。
「そ、そうです! 因果とかなんとか……意味、わからないです!」
ミライヤが。
「そんなもの、使うことないよ!」
「突然現れて、私たちを動揺させるつもりですか」
「確かに、聞いていた国宝と同じものですが……使わせるわけに、いきませんわ」
「はい、もちろんです」
「だ、だってそんなの、おかしい、です」
「あ、兄上に変なことは、させません」
「えぇ、どんな魂胆かは知りませんが、ヤークになにかすると言うのなら……」
皆が、口々に真っ向から反対する。
口で説明を聞いただけだ、その効果の程はわからなくても……因果を断ち切るなどと、そんな物騒なものをヤークワードに使わせるわけにはいかない。
そんな彼女らの思いが嬉しく、しかしどうしようもなく……ヤークワードにとっては、つらい。
「カカッ、しかしなぁ、こやつを斬らねば世界が滅ぶぞ?」
「!?」
「こやつの魂には魔王の魂が混じっておる。そして、この剣は因果を断ち切るとはいえ、実際に斬ることができるのは物体のあるものだけじゃ。つまり……」
「魔王の魂だけを切ることはできない。だから、魔王の魂がくっついてる俺を、俺の魂を……因果を、切る」
「カカッ、そういうことじゃ」
そういうこと、と言われても納得など、できるはずもない。
そもそも彼が魔王だなどと、まだ完全に受け入れられていないというのに。
「俺が生まれなければ……ヤークワードが生まれなければ、魔王も復活はしない……」
「さあ、選べ?
己を切り消滅する変わりに世界の、大切な者の安寧を願うか?
我が身かわいさに魔王の復活を許し世界を、大切な者を滅ぼすか?」
「あんた、このために……!」
剣を地面に突き立て、セイメイは選択を迫る。突きつけられる二択……その内容に、ノアリは激昂する。
疑問だった。なぜ、セイメイがヤークワードを救出する手助けをしてくれたのか。転生者のよしみとか、気まぐれとか、そんな"つまらない"理由ではない。
すべては、このときのため。ヤークワードに、この選択を迫るためだ。
「あんた、性格悪すぎるのよ!」
「カカカッ、人の悩み、迷い、それらにより生まれる絶望こそ、格別な悦よな!」
怒りを露にするノアリに、しかしセイメイは愉快だと笑うばかりだ。なにを言ってもきっと、通じることはないだろう。
自身の腕を竜のそれに変化させ、歩みを進めようとするノアリ。
「待て、ノアリ」
「ッ、とめないで、ロイ先生!」
それを止めたのは、ロイだ。おそらくは、彼も……いや誰も、思うところはあるはずだ。
だが、その怒りを押し殺し、冷静に……
「今、セイメイというエルフと戦ってもなにもならない。さらに、事態が悪化するだけだ」
「っ……」
冷静に、諭すようにノアリの肩に手を置く。何度と聞いた、柔らかい声。それが、ノアリの頭をほんの少し冷静にさせる。
そうだ、今セイメイに向かっていっても、事態は収集しないどころか悪化しかねない。
それに……以前戦ったときよりも弱体化していると本人も言って、先ほどまではクロードたちの足止めもしていた。それでいてなお、勝てる気はしないのだ。
「そうとも、今選択を迫られているのは竜人の娘、主ではない」
「……っ」
正直、ぶん殴ってやりたいが……今は、我慢だ。
セイメイの選択は最悪だが、それが選択肢であることも事実。とはいえ、ノアリたちの答えなど、決まっている。
「ヤークが死んで、私たちだけ助かる? 冗談じゃないわ!」
それは、一同の思いだ。強くうなずき、なにが起きようとも迎え撃つ覚悟。
それほどまでに、この命を思ってくれるのかと……ヤークワードは、泣きそうになった。嬉しくて、そして同時に悲しくて。
彼女らは、魔王がどれほどの脅威か知らない。もしミーロが意識があったならば、他のみんなほど即決はできなかったかもしれない。
以前の勇者パーティーで、なんとか倒せた相手。しかも、国宝を使って……今回は、それがない。
「ややこしいことを……余が、そいつを殺せば済む話だ」
「いやいや、ここはひとつ、魔王の魂を宿す者としての選択を見届けてみては、いかがかな」
もはや人外なる者からすれば、このやり取りは不毛なもの……もしくは悦たる要素を求めるだけの空間だ。
ノアリたちは、たとえ魔王が復活しても戦うと……そう言ってくれている。その気持ちだけは、素直に嬉しい。だが、それだけだ。
ヤークワードの心は……もう、決まっていた。
「みんな……ありがとう。でも、ごめん」
「ヤーク!」
結局この命は、最初から魔王の手のひらだったのだ。
自身の正体を知り、復讐も果たせず……せめて、残ったみんなに、幸せになってもらいたい。
だから……
「ヤーク様……!」
バリバリッ……と、雷の走る音が届く。どんなに距離が離れていても、雷の如く速度ならば一瞬で距離を詰めることができる。
地面へ突き立てられた剣へと手を伸ばすヤークワードを止めようと、ミライヤが動いて……
「ダメじゃよ、せっかくの本人の意思を尊重せねばな」
「くっ……」
セイメイに、押し止められた。
その直後……ついに、ヤークワードは剣の柄を、手に握りしめた。