どんな結末が待っているとしても
その問いは、当然必要な確認作業だった。
これまでは、捕らえられていたヤークワードを助け出すことに意識を割いていて、他のことに意識を向ける余裕なんてなかった。
こうして、ようやくヤークワードの安否以外の話をできるのは、ある程度落ち着いた証拠だ。
「……」
問いを投げかけたノアリは……いや、ノアリだけではない。
ミーロが、キャーシュが、アンジーが、ヤネッサが、ロイが、ミライヤが、リィが、アンジェリーナが、リエナが……問いを投げかけられた、ヤークワードの答えを待っている。
その視線を、一身に受けつつも……小さく深呼吸をしたヤークワードは、答えた。
「わからないんだ……」
みんなの視線が向けられているのはわかる、けれどどんな目をしているのか、見るのが怖い……だからヤークワードは、顔を伏せたまま、答えた。
どう答えるべきか、迷った。だが、ノアリたちは真面目に、この問題に問を掛けているのだ。
ならば、ヤークワード自身も下手に誤魔化すなどではなく、真面目に答えるべきだと……そう、判断した。
その内容が、たとえ真面目だと思われないようなものでも。
「わからない……って」
案の定、困惑の声が上がる。声の主はアンジェリーナ……顔を上げれば、彼女は困ったように眉を下げている。
他のみんなも、似たような様子だ。それでも、ヤークワードの答えにふざけているのか、と食って掛からないあたり、まだみんなの優しさが垣間見える。
「なにをおかしなことを、って思うかもしれない。けど、本当に……わからないんだ。ガラ……父上に連れられて、歩いている最中に気を失って……気がついたら……」
その場にいたのは、この場ではヤークワードだけだ。そして、当のヤークワードが、当時の記憶を残していない。
「……ヤークが嘘をついていないのは、まあわかるわ」
困惑する雰囲気の中、声を漏らすノアリ。彼とは長い付き合いだ、嘘をついているかどうかの判断くらいつく。
だが、それはそれで困った問題だ。やった、やってないの二択ならばまだ話は簡単だったが……わからない。これでは、非常に判断に困ってしまう。
彼なら、やっていてもおかしくはないと思う……それを踏まえて、やっているはずがないと、ノアリたちは判断した。
「でも、じゃあ、誰があの人を……」
「……」
ヤークワードでなければ、ガラド殺しの真犯人は別にいることになる。それを捕まえれば、ヤークワードの冤罪も晴れるだろう。
だが、手掛かりがなさすぎる。考えたくはないが、騎士学園の誰かがヤークワードに濡れ衣を、ということもありえなくはないのだ。
ミーロが知っている範囲では、ガラドは人に恨みを買うようなことはしていない。むしろ人々から慕われているくらいだ。もし、恨みを持つ人間がいるとするならそれは……
「ライヤ……」
「どうかしました、ミーロ様」
「え、あぁ、なんでもないわ」
不意に、口を突いて出てしまった。誰にも聞こえてはいなかったが、ミーロは笑ってごまかす。
勇者パーティーとして、魔王を倒したあの日。彼女たちは、仲間のひとりに、恨まれても仕方のないことをした。その時のことを、なぜ今思い出したのかはわからないが……
「真実がどんな形でも……ううん、いずれにしても、ヤークがこのままここに滞在するのは、危険だと思うわ」
「そう、ですね」
すでに国中にヤークワードが殺人の容疑で連行されたことが発表され、もしかしたら逃げたことも伝わっているかもしれない。
となれば、実家に身を寄せるのは危険だろう。自分から、ここにいますと言っているようなものだ。
問題が沈静化するまで、身を隠した方がいい……
「……」
今後について話し合うみんなを見つめながら、ヤークワードは迷っていた。まだ、話していないことが……話さなければならないことが、あるからだ。
それは、己の正体……知らされた、重大な情報。自分が、魔王の生まれ変わりであるかもしれないという、疑念。
こんな話、バカバカしいと一蹴される話だ……だが、自ら転生の身を味わったヤークワードとしては、それをバカバカしいと切り捨てることが出来ない。思い当たる節だって、なくはない。
……しかし、もしこの話をして。みんなに、どう思われるだろう。ノアリもミライヤも、もしかしたらアンジーやヤネッサだって、ヤークワードの中の魔力には気づいているだろう。
それでも、まさか魔王の生まれ変わりなんて思うまい。第一、なにをどこからどう説明すればいいのか。魔王の生まれ変わりであること? それとも、自分は実は転生者だったこと?
「……ヤーク様?」
これは、校長ゼルジアルから聞いた話だ。そんな話、信じることなんてないと言われるかもしれないし……そうではないかも、しれない。
それでも……決して、無視できない問題だ。魔王がどういう存在か、ヤークワードはよく知っている。そして、その生まれ変わりが自分であるというのなら……
ヤークワードだけではない、ミーロも、魔王の恐ろしさはよく知っている。彼女に、判断を委ねるのは酷だろうか……だとしても。
「みんな……あの……」
この秘密を抱えたまま、またみんなに迷惑をかけることは、できない。そう判断し、ヤークワードは口を開く。
正体を知ったみんなが、どういう反応をするかわからない。距離を置かれるかもしれない。気にするなと笑い飛ばす……ことはさすがにないだろうが。
みんなから嫌われるのは、怖い。それでも……
どんな結末が、待っているとしても……ここまでしてくれたみんなに、なにも打ち明けないのは、嫌だ。
「俺は……」
みんなが聞き入る中、ついに口を開き、ヤークワードはその先を続けようとして……
ズゥン……!
「きゃああああああ!?」
……突然の地響きが、その場を襲った。