避難先へ
強く、強く……痛いくらいに、強く抱きしめられる。
だが、ヤークワードにとってはその痛さよりも、羞恥の感情の方が大きかった。なにせ、ノアリたちの前なのだ。
小さい頃ならば、こうして母親に抱きしめられてもなんとも思わなかったろうが……この年になっては、気恥ずかしい。
しかもヤークワードには、転生前の記憶もあるのだ。
「あ、あの、母上……」
心配してくれるのは嬉しいが、いつまでこの状態が続くかと思うと気が気でない。
ほら、ノアリなんかニマニマし始めた。
「兄上、本当に良かった……」
「キャーシュ……」
羞恥に震えるヤークワードに、ホッとしたように声をかけてくるのは愛しの弟、キャーシュだ。
母と父が、転生前とはいえ幼馴染と旅の仲間であったヤークワードにとって、キャーシュこそが真に気を許せる身内なのだ。
「父上があんなことになって、兄上にまでなにかあったら、どうしようかと……」
「……キャーシュ……」
涙ぐむ弟の姿に、ヤークワードは続く言葉が見つからない。
結界はどうあれ、ヤークワードはいずれガラドを殺すつもりだったのだ。それはつまり、キャーシュから父親を奪うということでもある。
それをわかっていながら、やめようとはしなかった。だからだろう、ヤークワードはキャーシュに、なんと言えばいいのかわからないのだ。
「家族の団らんのところ悪いが、あまりここに長居するのもよくない」
そこへ、バッサリと声が割り込む。それは、この状況をうまく脱せないヤークワードにとって、ありがたい言葉だった。
声の主エルフは、一歩前へ。それから、周囲を少し見回す。
「それもそうですね。移動したほうがいいでしょう」
そんなエルフに同意するように、ロイはうなずく。
結界の外に弾き出されてしまったため、ここに来てなにもできなかったが……なにもできないならできないなりに、やれることを探していた。
ノアリたちが、結界の中で戦っている間も、彼女らを待ち退路を確保しておいた。今なら、誰に見つかるより前に逃げられる。
「母上」
「えぇ、そうね……行きましょう」
聞きたいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう。しかし、それよりも優先すべきことがある。
ロイとアンジーが先導し、一同は静かに、だが迅速に駆け走る。夜であるとはいえ、まだ人は多い。
結界の外に出たおかげか、先ほどまで正門側で鳴り響いていた戦闘の音は、今はもうまったく聞こえない。そこにいる王が、エルフは気にならないのだろうか。
「なんだ」
「あ、いや……」
見続けられていたことを察したエルフが、ヤークワードを見る。つい、目で追ってしまっていた。
ノアリたちもそうだが、それ以上にヤークワードはエルフとどう接したらいいかわからない。ヤネッサを助けてくれたというし、そもそも彼がいなければ脱出もできなかっただろうが……
「私の使命は、お前を無事に逃がすことだ」
「!」
「私ごときが王の心配をするなど、おこがましい」
考えていたことが読まれたのか、ヤークワードの疑問にエルフは答えた。
それは信頼……であろうか。少なくとも対等な者に対するそれではなく、絶対的な存在に対するものではあるが。
「そうか」
ともあれ、彼が気にしていないのなら、ヤークワードも気にするべきではないだろう。今は、先導するアンジーたちに着いていくのみ。
それから、予め調査してくれていたおかげか、誰とも出くわすことなくヤークワードたちは、彼の実家へとたどり着いた。
「あれ、ここで倒れていた人たちは……」
「あぁ、彼らには移動してもらいました」
敷地内を見て首を傾げるノアリに、アンジーがさらっと答える。
なにがあったというのだろう……気にはなったが、ヤークワードは深くは聞かなかった。
「では、私はこれで失礼する」
家にたどり着き、とりあえずここを避難場所へ……といったところで、エルフが口を開く。
彼の使命は、ヤークワードを奪還すること。それが果たされた今、これ以上仲良しこよしでいるつもりはなかった。
「そうか……どうせなら、王って人に会ってお礼言いたかったけど」
「時期が来れば、必然と会うこととなる」
エルフはもちろん、彼にヤークワード奪還を命じ、自身も正門でクロード教師らの足止めをしてくれていた王。それに、改めてお礼を言いたい。
だが、エルフが時が来れば会うことになると告げる。これ以上引き下がっても答えは変わらなさそうだし、ヤークワードも渋々うなずく。
「じゃあ、とりあえずあんたにだけでも。ありがとうな」
「礼など言われる必要性は……」
「ありがとうね!」
「……」
助けてくれたことへの礼、それを受け取るまいとするエルフ。そのヤークワードの礼に、被せるように明るい声が響いた。
それは、ヤネッサのもの。ニコニコと笑顔を浮かべながら、彼女もエルフに礼を告げていた。
「……ん」
それを受け、エルフは、小さくうなずいて礼を受け取った。自分とはえらい違いだと、ヤークワードは少し拗ねた。
直後、エルフはどこかへと飛び去っていく。王の下に行ったのだろうか、それを確かめる術はもはやなく……
「さ、入りましょう」
エルフを見送る一同に、ミーロがそう告げた。