脱出したその先に
一同は扉を開け、ついに外へ出る。
ここから敷地外に出るための裏門まで、まだ距離がある。とはいえ、誰も周囲にはいない。
それもそのはず。なぜなら……
「……すごい、音ね」
先ほどから、学園内にいても感じていた衝撃……それが、外に出たことでよりいっそうに感じられる。
なにかが爆発したような音に、ズシンと胸の奥まで届く音。言うなれば争いの音が、響いていた。
「王が、戦っておられる」
「私たちが見たときは、相手はクロード先生だったけど……きっと、他にも教師が増えてるわよね」
「クロード先生? それらを、ひとりで足止めしてるっていうのかよ」
なにかとてつもないことが起こっている予感はあるが、ヤークワードたちは先へ進む。なにより、王とやらの部下であるはずのエルフが、なんの心配もしていないのだ。
その強さを信頼して、ということだろうか。
「このまま、外に出て……そうしたら、結界の外にも出るわよね。その後は……」
「まず、アンジーさんたちと合流しましょう。それから……」
「リィ、後でしっかり話を聞かせてね」
「う、うん」
裏門へ向かう中で、それぞれが口々に話す。それを聞きつつ、ヤークワードは考える。
ノアリたちの話だと、この学園には結界が張ってあるという。そしてその結界を張ったのが、今戦っている王。結界により、本来は共に侵入するはずのアンジーたちは結界の外に弾き出されてしまった。
おかげで、多数の教師も弾き出すことができたとはいえ……
「結界は、外からは干渉できない……だったな」
「そうだ」
外からでは、結界があることはわかっても、結界の中に入ることはできない。
無論、結界を破るための相応の力があれば別ではあるが……
「王の結界を破れる者などいない」
と、エルフは力強く言う。実際、今もアンジーが結界を破って入ってこないのは、そういうことなのだろう。
結界は外側からの力には強い。が、内から出るのは簡単だ。
結界から出たあと、アンジーたちと合流し、それから……
「……」
その先のことを、考えようとして……ヤークワードは、首を振る。先ほど結論を出したばかりだ、今はとにかく助かることを考える。
そう、みんなと合流して、みんなにも真相を打ち明けて……それから、どうしたらいいのかを、考えて……
「お待ち下さい」
「……っ」
ざわっ……と、背筋をなにかが這いずり回るような、感覚があった。
それは、静かな一声……しかし、それはヤークワードの耳に、確かに響いた。
いや、彼の耳にだけではない。
「……何者だ」
警戒するエルフが、足を止め……一本の木を、にらみつける。
そこにあるのは、ただの、木……多少他の木より大きい、大木だ。せいぜい人がひとり隠れられるくらいの大きさしかない。
……人がひとり隠れられるくらいの。
「……お前、は」
木の向こう側に隠れていた、人物……いや、人ではない。
そこから出てきたのは……魔族だ。しかも、以前この国に宣戦布告をしてきた、あの魔族と同じ姿。
……同じ、声。
「な……なんで、あんたがここに……なんで、生きてるのよ!」
ヤークワードと同じく、激しい動揺を見せるのはノアリだ。なにせ、彼女も魔族と対峙し……実際に、刃を交えたからだ。
あのときは、結果的にノアリは竜族の血に呑まれ暴走してしまった。その後、ヤークワードとクルドの手により、倒されたと聞いていたが……
「ヤーク!」
「……あぁ、あいつはあのとき、確かに俺とクルドで……クルドのおかげで、倒せた」
あのときのことは、忘れることはできない。魔族と対峙し、そして竜族のクルドと協力し、打ち倒した。クルドがいなければ、無理だっただろう。
そう、確かにあのとき、クルドと協力し、魔族を……
「いや……」
そこで、思い出す。ヤークワードは、魔族の最期、消滅した瞬間までを見届けたわけではない。
魔族を倒し、その後の処理はクルドが引き受けてくれたため、ヤークワードはその足で騎士学園へと走った。だから、魔族の最期を見届けたわけでは、ない。
とはいえ、クルドは魔族の消滅を確認したと言った。まさか、クルドがその部分で嘘をついているとは思えないが……
「混乱しているようですねぇ。心配せずとも、貴方と竜族の彼の手で、私は一度死にましたとも」
「っ」
まるで、ヤークワードの心の中を探り当てたかのようなセリフ。それにも驚いたが、続くセリフの内容がさらに困惑を極めさせる。
その言い草からも、この魔族はあのときの……ヤークワードとクルドと対峙した魔族と同一だということがわかる。そして、自ら死んだ、とも言った。
その直前に、気になる一言を添えて。
「まさか……」
"一度"死んだ……バカバカしいと思うその単語に、しかしヤークワードは心当たりがあった。一度死に、新たな生を掴み取る……転生だ。
ヤークワードやシン・セイメイと同じように、魔族も転生したというのだろうか。ヤークワードと同じように、一度死に……今こうして、別の存在となって蘇った。
あのときと同じ姿をしている相手を、果たして同じ姿と言っていいかは疑問だが。
警戒を続ける一同に、しかし構わずに魔族は歩みを進め……そして……
「私と、共に来てもらいますよ」
その視線は、ヤークワードを捉えて……そう、言った。