皆殺しにしてでも
ヤークワード救出は、無事成功した。だが、この学園を出て、無事に逃げ切らなければ完全に成功したとは言えない。
この場から去ることを決めても、魔物を倒しても、まだ障害はある。
「キミたち、止まりなさい」
「……」
行き先を塞ぐように、教師たちが立ち上がる。
魔物の攻撃から逃れた者も確かにおり、それらがヤークワードたちを逃がすはずもない。
彼はガラド殺しの容疑者であり、彼女らはそれを助けに来たというのだから……
「よし、終わり!」
一触即発の事態、しかしそこへ、その場に似つかわしくない明るい声が響いた。
思わず、一同が同じ方向を向く。
「ふぅー」
そこには、満足げな顔で、額の汗を拭う仕草をしているヤネッサがいた。
彼女は、自分に集まる視線に気づき、首を傾げた。
「どしたの?」
「いや、ヤネッサこそ……って、そうか」
先ほどまでヤネッサは、怪我人の手当をしていた。それが、終わったということだろう。
状況としては、彼らはヤークワードを奪い去ろうとする敵だ。だが、ヤネッサにとってそれで、彼らを見捨てる理由にはならない。
放っていたら、死んでいたのだから。
「とりあえず、応急処置はしたから死にはしないよ」
「……それでも、我々は……」
「お前たちにヤークワードを取り返す理由があるのか? それは、お前たちを殺そうとしたアレの指示だったのだろう」
「……それは」
ここにいる教師全員が、ヤークワードの正体を知っているわけではない。彼が魔王だと知っているのは、校長か他に一部いる程度だろう。
だからこそ、表向きの理由は……
「しかし、彼にはガラド・フォン・ライオス氏殺害の容疑がかけられている!」
国中に、こう報じたのだ。ゆえに、ヤークワードはガラド殺しの件で捕まったことになった。
ヤークワード自身、自分がガラドを殺したという記憶はない。だが、自身の正体が魔王と聞かされては……自分の意識がなくても、魔王としての人格が手を出した可能性は、否定できない。
あの時ゼルジアルは、誰がガラドを殺したのか答えをくれなかった。ヤークワードに濡れ衣を着せるために彼が、とも考えたが……
いくらなんでも、そんなことはしないだろう。だったら……
「俺は……」
「どうでもいいことだ」
なにを言えばいいのかもわからないままに、口を開く……だが、そこに被せるように、エルフが口を開いた。
その場の全員を、一周見回して……
「自分には、どうでもいいことだ」
「なっ……どうでも、いいだと!」
「自分の役割は、ヤークワードを無事脱出させること。そのためなら……」
この場の全員を殺してでも押し通る……言葉にせずとも、そう続いたことは全員が分かった。
それは、本気だ。本気で、ヤークワードを脱出させるためなら皆殺しにしてもいいと思っている。
その迫力に、教師たちは動けなくなる。
「……セイメイは、なんでそこまで……」
ひとり、小さく呟いたノアリの言葉は、誰にも聞こえることはなかった。
あのエルフがヤークワードを助けようとするのは、王の指示だという。そして、その王とはエルフ族の王であるシン・セイメイ。
彼は今も、学園の入り口で教師クロードを足止めしている。
どうしてそこまでして、ヤークワードの救出に協力してくれるのだろう。
「ガラド氏は、この国の……いや世界の英雄だ! それを殺害などと、許されるわけが……」
「どうでもいいと言った」
次の瞬間、吠えるように叫んでいた教師が、その場にぱたりと倒れた。
それは、魔法……いや魔術であろうか。どちらにせよ、それを行ったであろうエルフの目は、冷たい。
「ちょ、ちょっと!」
「安心しろ、殺してはいない」
倒れた教師に外傷はない、だがなにが起こったのか。
まさか殺してはいないだろうか、とヤネッサは心配するが、どうやらただ気絶させただけのようだ。
「さて……」
「ひっ」
「他に異論のある者は、かかってくるがいい」
今、集まっている教師の中に、エルフに対抗できる者はいないだろう。
集まった教師の半分は魔物にやられてしまい、今気を失っている。他の者は、シン・セイメイ対処のために入り口に行っている。他にも、問題に追われている者もいる。
この場は、なにもできない。
「……まあ、悩む必要もないのだがな」
「? ……か、体が……!?」
しかし、だ。そもそも己の身の振り方など、考えるだけ無駄なことだ。
いつの間にか教師たちは、その場から動けなくなっていた。その場に、足を地面に縫い付けられたかのよう。
「行くぞ」
「え、あ、お、おう」
教師たちだけでなく、ヤークワードたちも困惑する中で、エルフはなんでもないことのように告げた。そして、堂々と歩いていくのだ。
それについていく中で、ヤネッサだけがわかった。これは金縛りだ……だが、この人数を、一瞬のうちになど。とんでもない技量だ。
強い力を秘めているのはわかっていたが、もしかしたらアンジーよりも……
「ご、ごめんなさい! でも、ヤーク様はきっとやってませんから! 信じてください!」
去っていく一同、それをただ見送るしかない教師たち。そこに、ペコペコと頭を下げながら、ミライヤが言う。
彼は絶対にやっていない、だから今回の逮捕監禁に正義などない。
必ずヤークワードの無実を証明する。彼女たちだけがそう思っていたのでは意味がない、国中にそれを知らしめないと。
そうでなければ、今後、この国に彼の居場所などないのだから。




