気になる動向
騎士学園の校長となり、ゼルジアル・フランケルトは、日々業務に追われていた。
忙しくはあるが、やりがいはある。少なくとも、ただ怠惰に余生を過ごしていた頃より、全然マシだ。
数日、数ヶ月、数年……時が経つにつれ生徒も増えていく。騎士学園には入学の規定年齢はなく、ある程度であれば誰でも入学試験を受けられる。
これまでは、ゲルド王国には王城の兵士や、冒険者くらいしか戦力と呼べる者はいなかった。それは、同時にこの国が平和であることを意味していた。
だが、これからはどうなるかわからない。子供のうちから武を鍛え、来る災厄に備える。それが、国を守ることに伝わるのだ。
『ふぅ……』
騎士学園設立から……そしてゼルジアル・フランケルトが校長の座についてから、実に9年もの月日が経っていた。
この日、また新たな学生が入学することとなる……正確にはその試験であるが……毎年この日が、実は彼にとって楽しみだったりする。
一応、入学試験を見学するのが恒例の楽しみだ。内緒で、気になった会場を回るのだ。
『さて、今回は……』
入学受験者、その名が書いてある名簿をざっと見つめる。ふと、彼の目が止まったのは、その中に気になった名前を見つけたからだ。
……ヤークワード・フォン・ライオス。『勇者』の息子であり、生徒であるロイが剣を教えていたという、人物。
その名を見つけ、これは見に行かねばならないと心に決め……時間を作るために、仕事をそそくさと進めていった。
『……あれが、勇者の息子か』
いつよりもキリキリと作業をこなし、仕事を終わらせた彼はすぐに、ヤークワード・フォン・ライオスの試験会場へと向かった。
実技試験では、実際に剣を使っての試合。入学者同士が戦うことになるが、重要なのは勝ち負けではなく、諸々を含めたものが審査対象になる。
体の動かし方、剣のキレ、今後の成長性……もちろん、勝ち負けも対象にはなるが、さほど重要ではないのは確かだ。
ゼルジアル・フランケルト自らがそういった審査をすることは少ない。今回のはあくまで純粋な興味だ。
会場に立つ、対峙した試験者のうちのひとりを、見る。
『……ふむ』
見たところ、彼が持っているのは学園で貸し出している、ごく普通の剣。対して、彼と対峙するガルドロ・ナーヴルズは、自身の剣を持っている。
試験では、自分で剣を持ってくるのもいいし、学園のものを借りてもいい。ほとんどの生徒、というか貴族は、自前のを持っているものだが……
『ナーヴルズ家は名家、だがライオス家はそれ以上のはずだが』
自前の剣を持っているガルドロはわかるが、ヤークワードは貸し出しの剣。ロイに教えてもらっていたなら、自前の剣くらい持っていそうなものだが。
さて、その腕前はどれほどか……
『……ふむ』
結果的に言うならば、試合の結果はヤークワード・フォン・ライオスの圧勝だった。
ガルドロの攻めは荒々しく、どこか本来の調子を出せていないようにも見えて……剣筋が見えていたのだろうヤークワードはそれをかわしていき、武器を弾き……
ただ、試合が決した後に斬り掛かったのだけは、いただけなかったが。
『ま、期待株といったところですか』
他にも、ノアリ・カタピル、シュベルト・フラ・ゲルド、アンジェリーナ・レイ、リエナ……中々に、今後の成長が楽しみな人材が集まっている。
それに……だ。ゼルジアルは手元の紙に視線を落とす。
この騎士学園に貴族も平民も階級による差別関係はない……としているが、どうしても平民は貴族に比べて気後れしてしまうきらいがある。
だが、このミライヤとリィという生徒は、平民でありながら入学試験で騎士を破った数少ない生徒だ。
『なかなか、面白いですね』
結果の合否に勝敗は大きく左右されない……とはいえ、この2人の実力や姿勢は、目を見張るものがあった。
今まで見てきた平民の心構えとは、違うものを感じるのだ。
……その後、ゼルジアルは校長という立場故に直接彼らと対面することはなかったが、彼らの動向には注意していた。
学園で、ひとりの生徒を巡って起こった『魔導書』事件。それを解決したのが、友人であったヤークワードという。
それに、何年か前に国中で起こった『呪病』事件にもヤークワードが関与……というか表向きではガラドが解決したことになっているが、本当はヤークワードが大きく関わっているらしい。
『大きな事件の中心には、彼がいる……か』
それは、偶然……であろうか。それとも、考えすぎなだけだろうか。
どうやら学園内でのヤークワードは、貴族という立場であるが平民にも隔てなく接し、王族であるシュベルトとも仲良く交流しているらしい。
なかなか、コミュニケーション能力の高い人物と言えるだろう。
『勇者』の息子であり、教え子の教え子……彼の動向はいちいち驚かされる。見ていて、飽きないものだ。
……そして、それからまた時間は過ぎて。彼らがすっかかり学園に馴染んだ、その時だった。
ゲルド王国国王ゲオハルト・フラ・ゲルドから、衝撃の告白があったのは。




