騎士学園設立の話
騎士学園校長、ゼルジアル・フランケルト。今年で70になる彼は、紛うことなき人間族だ。
もう10年以上も前。妻には先に旅立たれ、子供にも恵まれなかった。残る余生をただ無為に過ごすだけだと思っていた。
そんな時だ。『勇者』ガラド・フォン・ライオスからひとつの提案があった。いや、それっは提案というにはもっと、押しの強いものだ。
『来る日に向けて、戦力を増やした方がいいでしょう』
魔王討伐へ出かけた勇者パーティー、ガラド率いる彼らが戻ってきて、ガラド自らの進言があったらしい。
詳しい話は、本人に会ったことがないからわからなかったが……どうにも、ガラドたちは旅の果てで、いつか最悪が再来する、と感じ、強く訴えたようだ。
それだけならば、ゼルジアル・フランケルトにはなんの関係もない話であった。
だが……
『ゼルジアル・フランケルト殿。ただいま建設中の学園、完成した暁には、あなたに校長を任せたい』
ある日のこと、王城からの遣いが、ゼルジアル・フランケルトの下を訪ねた。
学園を設立していることも、自分が指名されたことも、ゼルジアル・フランケルトにとっては寝耳に水だった。
『なぜ、私が……』
『あなたは以前、剣を教えていた経験があるようですね。その経験を、生かしてほしいとのことです』
どこで調べたのか……いや、王族であれば一個人の経歴を調べるなど、ささいなことだろう。
確かに、ゼルジアル・フランケルトはかつて、剣を教える道場を開いていた。なぜ剣かと聞かれると、もう50年以上も前、冒険者をやっていた頃の経験からだ。
素手か、武器か、武器ならばなにが一番しっくりくるのか……そうして悩んだ結果、剣が最も適していると感じた。
もちろん、これは個人の意見だ。強制するつもりはない……だが……
『その道場は、かなり評判がよかったようですね。輩出した者も、有名な方ばかり……たとえばそう、ロイ・ダウンテッド殿』
『はは、懐かしい名ですな』
『今では、剣の家庭教師をやっているとか……』
ゼルジアル・フランケルトの教えた生徒は、そのほとんどがそれなりに有名になっている。中でも、ロイは優秀な子だった。
その経歴を見込まれて、の話だ。
『ですが、こんなおいぼれに、そのような大役が務まるとは……』
『国王自ら、あなたに打診がありまして』
『国王から?』
そこまで聞いて、ゼルジアル・フランケルトは考える。どうせ、身寄りのない……後は、寂しい余生を過ごすだけだと思っていた。
だが、自分にできることがあるのなら。それも、国王自ら指名してくれたのだ。
『……わかりました。その役目、引き受けます』
……それから数ヵ月、ゼルジアル・フランケルトは初心に立ち返り、剣の勉強をした。
国王の期待に応えるために。自分を必要としてくれる者のために、なれるように。
『おぉ、これが……』
命名された名は、騎士学園。なんとも立派な外観に、ゼルジアル・フランケルトは感嘆の声を漏らした。
なんでも、入学に際し年齢等の規定はないらしい。実力を高めるための学園だ、そのへんは緩いのだろう。
集められたのは、ゼルジアル・フランケルトの知っている者もいれば、知らない者もいる。中には、かつての生徒もいた。
『……』
懐かしい顔に、会話は弾んでいく。
たくさんの教師たち。その中に、エルフ族の姿もあった。エルフ族は、かつて人間族に迫害され、今や散り散りに暮らしていると聞く。
しかし、勇者パーティーの中にエルフ族の少女がいたことで、人々のエルフ族への認識は変わった。
世界を救った勇者たち、その存在に人々の目は変わった。おかげで、今はこの国にもエルフ族が住み始めている。
『フランケルト先生』
『ん? おぉ……ロイか?』
その日、ゼルジアル・フランケルトは懐かしい顔に会った。最後にあったのはもっと子供の頃だったが……
すぐに、彼のことがわかった。
『お久しぶりです、先生』
『ロイ、元気そうだな』
『先生も、聞いていたよりも元気そうで、安心しました』
ロイは、ゼルジアル・フランケルトの現在の状況を聞いていた。妻がすでに亡くなっていることも。
当時ロイは、国外に出ていて……その後、住所も変わったかつての先生に、会うことができないでいた。
『もしや、キミもこの学園の生徒に?』
『いえ、私は先生に会えるかもと、来てみただけです』
『そうか、キミは今、家庭教師をしているのだったな』
『はい』
かつて、自分が教えていた生徒。それが成長し、また別の生徒を教えている。なかなかに感慨深いものがある。
現在も生徒にものを教えているのなら、なるほど学園の教師は出来ないだろう。
『今も、誰か教えているのかい?』
『えぇ。これが、なかなか気合いの入った子でして……実は、『勇者』様の家の子供なんですよ』
『ほぅ?』
それは、興味深い話だった。『勇者』に子供がいることは、知っていたが。
それに、この騎士学園の設立を進言したのが『勇者』。そしてその子供を、かつての生徒が教えているとは。なんとも不思議なめぐり合わせだ。
ロイの教えを受けている……ということは、いずれ、その子もこの騎士学園に入学することになるかもしれない。
教え子の、その教え子……その存在に、ゼルジアル・フランケルトの胸は、久しぶりに高鳴っていた。