助けに来た理由はひとつ
部屋にポツンとひとり、残されたヤークワードは……椅子に拘束されたまま、うつむき、黙っていた。
部屋にはただ、静寂が流れていた。
「……」
先ほどの、校長とのやり取りが嫌でも思い出される。
ヤークワード・フォン・ライオスという人間の正体……いや、人間ですらないのかもしれないが……それが、ライヤの転生体というだけでなく。
魔王の、生まれ変わりかもしれないという。
その心当たりはいくつかあり、ヤークワード自身、不思議に思っていた謎が簡単に解けていくのが、わかった。
「……俺が、魔王……」
もちろん、本人にそんな意識なんてない……が。それと、事実とはまた別の話。
ヤークワードがここに捕まっているのも、表向きはガラド・フォン・ライオスの殺害。だが実際には、魔王を捕らえるという裏向きの理由があった。
いったい、いつから……誰が、どれだけ知っていたのか。騎士学園の教師たち。王族。ガラドやミーロ。
……ノアリや、ミライヤも。
「俺は……」
自分の中に魔王がいるのだというのなら、このまま死んでしまったほうが、いいのかもしれない。すでに、ガラドを殺すという目的も失った。
それに、ガラドを殺したのが、魔王の意識に乗っ取られた自分だとしたら……
コンコン
いつ、キャーシュ、ノアリやミライヤ、ヤネッサ……大切な人たちに手を向けてしまうか、わからない。
それなら、いっそ……
コンコン
ここで、おとなしく殺されてしまったほうが、みんなのために……
コンコン
「なんだよ、うるさいな!」
人が思い切り落ち込んでいるときに、先ほどからコンコンとなにかを叩くような音が響く。
音のした方向、後ろへと振り返る。縛られているので、首だけだ。
そこには、窓があるだけ。窓の外には、薄暗くなっている空が……今の今まで気づかなかったが、空が見えるということはここは地下ではなく、上階のどこかか。
見えるのは、空と、窓を叩く人影だけ。別段、変わったものは……
「って、リィ!?」
そこに、いないはずのものを見逃してしまいそうになり、ヤークワードは目を見開いた。窓の外に、確かに人がいたのだ。
しかもそれは、ヤークワードのよく知っている人物。
騎士学園にたった2人の平民、ということでミライヤと仲良くなり、彼女を通じてヤークワードも友達になった女の子。
リィが、そこにいた。
「え、なにやって……どうして、ここに。いや、その前に、どうなって……」
目の前にリィがいる。その現実に、ヤークワードは頭がついていかない。
窓の外を見るに、ここは一階……ではない。地面は見えないし、少なくとも3階よりは上に思える。
なのに、なぜ窓の外に、当たり前のようにリィがいるのだ?
「……よい、しょ」
「は、え……?」
驚くことは、それに留まらない。なにをどうやってか、リィは窓を開けて入ってきたのだ。
窓は当然閉まっていたが、鍵が空いていた……とは考えにくい。いくらヤークワードは拘束され動けないとはいえ、校長が監視していた以上、鍵は閉めていたはず。
なのに、どうやって?
「やっと見つけました、ヤークワード様!」
「リィ……だよな? どうやって……なんで、ここに……」
目の前にいるのは、確かにリィ。ミライヤと並んで、言っちゃなんだがあまり自信のなかった子だ。周りが貴族だらけの環境が環境だし仕方ないが。
しかし、今目の前にいる少女は、どこか自信に満ち溢れているようにも、見える。
「どうやって……は、追々。なんで、と聞かれたら、ヤークワード様を助けにです!」
「たす……ひとりで?」
「ここにいるのは私だけですが、外ではミライヤやノアリ様たちも来てます。私が来ていることは知らないでしょうけど」
リィは、自分を助けに来たという……それだけではない、ノアリやミライヤたちも……?
なんで、どうして……こんな自分なんかを、助けに来るんだ?
「今は、見張りもいないはずです! さっきちょっと適当な部屋を爆破しておきましたから、ミライヤたちの侵入も含めて騒ぎになっているはずです。まあ、あのエルフの王様まで出てきたのは予想外でしたが、嬉しい誤算というやつです。とにかく早く……」
「……んで」
「え?」
口早に話すリィは、ヤークワードの拘束を解いていく。魔力を封じるものとはいえ、魔力を持たないリィにとってはただの縄だ。
縛られている者が解くのは難しいが、外からならばたやすい。今ならば、すぐに抜け出せる。
早く逃げ出そう……そう言うリィに対し、ヤークワードは力なく、うつむく。
「なんで、来たんだ……」
「なんで、って……」
その言葉を、今度はリィが理解できない。勝手にこんなところまで来たことを、怒られるかもとは思っていた。
自分のために、危険を犯してまで……それを怒られるとは、思っていた。だが、なんで来たのか……それを聞かれるのは、予想外だった。
だが、なんでと聞かれると、その答えはひとつだ。
「それは、みんなヤークワード様が大切だからです。ノアリ様も、ミライヤも、みんな……」
「……大切」
大切だと言われ、少し前までなら、照れくさく思いながらも喜んでいただろう。
……今は、その言葉を、とても素直に受け止められない。